今回は栗原さん
栗原 裕一郎(くりはら・ゆういちろう) 
栗原さん
評論家。必要もあって最近はアイドルよりアニソンを聴く機会が多い。花澤香菜さんお勧めです
リアルなアイドル小説

 現在を代表する風俗であるのに、アイドルの登場する小説というのは意外と少ない。とりわけ、アイドルそのものを正面から主題に据えた作品となると数えるほどしかないのだ。そんななか、朝井リョウが<1>『武道館』(文芸春秋・1,404円)を発表した。アイドルグループ「NEXT YOU」に所属する高校生・愛子が主人公。愛子らは武道館を目標に活動しているが、さまざまな障害に直面する。おまけに愛子は幼なじみの大地と恋人になってしまい…という筋書きは、まあ、ありきたりだ。

 読みどころは、メンバーたちの関係や内面、ネットで飛び交う誹謗(ひぼう)中傷、ヲタクたちの生態など、アイドルという現象を取り巻く事々を、実にこまやかに描出していることにある。エピソードにはすべて現実の参照元があるのではないか、そう思わせるほどリアルである。


 朝井はアイドルを犠牲的職業であると捉えている。矛盾すら含んで膨張するファンの強欲を、自分を損ねるのも顧みず笑顔で叶(かな)えてしまうからだ。人間らしいままでアイドルはアイドルたりえるか、その条件は、というのがこの小説の問いだ。

 一方、<2>桐野夏生『奴隷小説』(文芸春秋・1,296円)は、現代アイドルをもっと端的に、一種の奴隷状態にある存在と見ている。

時代も場所も異なる七篇を収めており、うち一篇「神様男」のモチーフがアイドルなのだ。「神様男」とは身の程知らずなアイドルヲタクのこと。「夢の奴隷」である底辺アイドルは、そんな安い自称の神様にさえ救いを見てしまう。

 ところで、最初のアイドル小説って何だろうと考えて、<3>五木寛之『怨歌(えんか)の誕生』(双葉文庫・637円)を思い出した。藤圭子に関係する初期短篇をまとめた作品集だ。藤がデビューした1969年にはまだ現在に通じるアイドルは確立されていなかったけれど、日本中を暗い熱狂に巻き込んだデビュー時17歳(本当は18歳だった)の彼女の存在感はまさしくアイドルだった。藤をモデルにした小説という誤解がいまだに残っているが、事実は逆で、五木の「艶歌(えんか)」や「涙の河をふり返れ」に登場する架空の少女歌手のイメージを現実化するようにして、藤圭子は誕生したのである。

 『武道館』の帯にはつんく♂がコメントを寄せていて、こうある。
「著者はアイドルを生み出す側にチャレンジした。それも文学の世界で…」
だが、アイドル小説はその最初から、アイドルを本当に生み出してしまったものだったのだ。

『武道館』
『武道館』
朝井リョウ
(文芸春秋・1,404円)
『奴隷小説』
『奴隷小説』
桐野夏生
(文芸春秋・1,296円)
『怨歌(えんか)の誕生』
『怨歌(えんか)の誕生』
五木寛之
(双葉文庫・637円)