今回は酒井さん
酒井 順子(さかい・じゅんこ) 
酒井さん
エッセイスト。郵便局で仕分けがしてみたい、と思っていました。
文豪の手紙 こもる実感

 エッセーを書くのは温泉の脱衣場で裸になるようなものだけれど、手紙を書くのは誰か一人の前で裸になるような感じ。…であるが故に手紙を書くのは緊張するのだけれど、他人の手紙を読むのは、面白いものです。


 文豪はまた手紙の名手であって、その名も<1>『三島由紀夫レター教室』(ちくま文庫・561円)は、五人の人物がやりとりする手紙だけで構成される小説。「処女でないことを打ちあける手紙」「借金の申し込み」「妊娠を知らせる手紙」…。と、書きにくいことが流麗な文章で記される様は、読者にとってまさに「教室」です。同時に、手紙だけで進んでいくストーリーはスリリングかつニヤニヤ笑いが止まらず、三島の「軽み」が楽しめる一冊。


 三島は実生活でも筆まめであったようです。<2>『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』(新潮文庫・529円)は、三島が大学生の時に始まり、三島の死の直前まで続く、二人の貴重なやりとりの記録。若き日の三島の筆には、尊敬する師に手紙を書く喜びが溢(あふ)れます。やがて二人は文学と日本のことについて、対等に言葉を投げ合う仲に。互いにとって、またとなく得難い相手であるという実感が、文面から伝わります。


 川端のノーベル賞受賞前後の手紙もあれば、三島が次第に死へと近づくにつれ緊張感が高まる手紙も。日本文学史に残る往復書簡なのですが、卑近なことを付け加えるなら三島は、「いただきもの」に対するお礼の書き方が非常に上手(うま)い。本であれ菓子であれ、貰(もら)い物を褒めつつ喜ぶ様を記す筆致に、うっとりと読み惚(ほ)れます。


 「やりとり」をするのが手紙であるわけですが、やりとりを前提としない手紙があって、それが遺書です。激動の昭和史の中で、歴史をつくっていった人々が遺(のこ)した遺書や最後の言葉を集めたのが、<3>梯(かけはし)久美子『昭和の遺書-55人の魂の記録』(文春新書・788円)。


 二・二六事件にかかわった人々、第二次世界大戦で散った人々、三島由紀夫を含め戦後に死んだ人々、そして最後は昭和天皇。…人が最後に遺す言葉には、その人の生き方と価値観とが滲(にじ)み出るのであり、それらの言葉を時系列に読むことによって、昭和という激烈な時代のあり方が響いてきます。そして彼らに言葉を返すとしたら、果たして我々は何を書くのだろうか、と思いは巡るのでした。

『三島由紀夫レター教室』
『三島由紀夫レター教室』
三島由紀夫
(ちくま文庫・516円)
『川端康成・三島由紀夫往復書簡』
『川端康成・三島由紀夫
往復書簡』
川端康成・三島由紀夫
(新潮文庫・529円)
『昭和の遺書-55人の魂の記録』
『昭和の遺書-
55人の魂の記録』
梯(かけはし)久美子
(文春新書・788円)