今回は栗原さん
栗原 裕一郎(くりはら・ゆういちろう) 
栗原さん
評論家。やっと始まった音楽配信サービスを比較中。『オルフェオ』の未聴曲もこれで聴きました。
音楽に潜む秘密を描く

 花田清輝に『ものみな歌でおわる』という戯曲があるが、そのタイトルをパラフレーズしたような作品が出た。<1>リチャード・パワーズ『オルフェオ』(木原善彦訳、新潮社・3,132円)。物語は、老音楽家が、自宅で遺伝子組み換えをしている場面から始まる。主人公ピーター・エルズは、日曜遺伝子工学で、彼の音楽を塩基配列に変換し細菌に埋め込もうとしているのだ。その行為をバイオテロと誤解されたエルズは追われる身となる。逃亡の物語と並行して語られる彼の人生の物語は、零落した前衛音楽家の目を通して見た二十世紀の音楽のクロニクルでもある。モダニズムの隘路(あいろ)で自壊した前衛・実験音楽への、そして産業化により生み出され死蔵された無数の音楽たちへのレクイエム。 「ほとんどの曲は誰にも聴かれることなく消えていくことになる。しかしそれもまた美しい事実だ」 エルズが遺伝子に刻み込んだ音楽は、菌とともに至る所に存在し、うまくすれば人類が滅びた後も存在し続けるだろう。だがそれは、誰も聴くことのできない「時の終わりのための音楽」なのだ。 翻訳家の柴田元幸が責任編集を務める文芸誌<2>『モンキー』vol・6(スイッチ・パブリッシング・1,080円)の特集は「音楽の聞こえる話」。内外の作家による「音楽」をモチーフとした短編を集めたものだが、小沢健二の「赤い山から銀貨が出てくる」(挿画は松本大洋)が面白かった。

小沢が旅行で滞在したボリビアのポトシから話は始まる。標高4000メートルに位置するポトシは、スペイン統治時代、世界一の銀産出地で、先住インディオたちを奴隷にした強制労働地であった。ポトシから大量の銀が流入して欧州には価格革命が起こった。銀貨という万能の輸出品を得た欧州は貿易に乗り出す。グローバリゼーションの初期形態である。
 ここまでは、まあ、教科書的な内容だ。ところが小沢は不意に「ヨーロッパの楽器は、なぜあんなに精巧なのだろう?」という問いを差し挟む。そして、西洋音楽の甘美な発展の背後に、「破滅と破壊」が「黒歴史」として潜められていることをさりげなく暴くのである。

 最後に、「音楽」を主題ではなく手法にしてしまった変わり種を。<3>滝口悠生(ゆうしょう)『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(新潮社・1,512円)。
ジミヘンといえばフィードバックだが、この奏法(あるいは現象)は、アンプから出た音をギターのピックアップが再度拾うこと、つまり自分が出した音をギターが取り込み、また吐き出して取り込んで…という循環回路が形成されることで実現される。この小説は、その回路に「ギターの音」の代わりに「記憶」を放り込んでみたら…という試みだ。

『オルフェオ』
『オルフェオ』
リチャード・パワーズ
木原善彦訳
(新潮社・3,132円)
『モンキー』
『モンキー』
柴田元幸 責任編集
(スイッチ・パブリッシング・1,080円)
『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』
『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』
滝口悠生
(新潮社・1,512円)