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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

坂井修一さん
(さかい・しゅういち)

歌人・東大教授。教育ほど大切なものはない。世の中を物欲だけでパンクさせてしまわないためにも。
坂井修一

子供の成長、見守る社会

 学校はそろそろ夏休み。今回は、中学・高校を舞台とした物語をあげてみよう。中高生だけのためではなく、あらゆる年代の人々といっしょに、われわれの社会の基本を考え直すために。
 <1>エーリヒ・ケストナー『新訳 飛ぶ教室』(那須田淳・木本栄訳、角川つばさ文庫・648円)。舞台はドイツ・キルヒベルクのギムナジウム(寄宿学校)。主人公は、日本でいえば中学二年の生徒たち。ここには、育児放棄もあれば、はげしいケンカもある。上級生の横暴や行き過ぎたイタズラ、とんでもない度胸試しもある。そんな凹凸の大きな彼らをふところ深く見守り、ルールを尊重しながらも、最後は人間味を優先させる先生。明暗混交の中に、ホンモノの香りがする一冊だ。
 <2>吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫・972円)。旧制中学一年生のコペル君を主人公とする物語。人間社会に目覚める場面から、貧富の差を知り、英雄とは何かを考え、暴力に屈する過ちを犯し、そこから立ち直る経験をする。コペル君の成長とともに、人間らしい社会を作ることの価値と困難を、素朴に、的確に、親しみやすい文章で知らせてくれる。
 <1><2>は、どちらも1930年代、ドイツと日本が全体主義の国となり、破滅的な戦争に向かう時代に書かれた。上級生に対する服従とか、貧者のありさまとか、今と全然違うと思われるかもしれないが、これらの本で描かれていることがらは、地球上のあらゆる場所で無限に繰り返されている、人類永遠の課題だ。
 <3>さだまさし『アントキノイノチ』(幻冬舎文庫・648円)。これは現代の日本が舞台。仮面優等生の松井の攻撃に耐えきれず、事件を起こした末に自殺した山木。松井の●(うそ)と偽善に苦しめられ、ついには彼を殺そうと決意する主人公の永島。彼はすんでのところで殺人を思いとどまるが、鬱(うつ)病で高校を中退してしまう。そして、もっとひどい目にあっても明るく前向きな「おふくろ屋」のゆきちゃん。
 鬱病から立ち直るとき、永島がついた職業は、遺品整理業だった。死者を「天国に送る」労働によって、彼が取り戻したものは何で、新しく得たものは何だったのか。永島、松井、ゆきちゃんは、どういう未来に向かっているのか。このお話、映画化もされたが、ゆきちゃんの素性とラストが違っている。私は、映画よりもフトコロが深く、ちょっぴり甘やかな原作のほうが好きだ。
  • 『新訳 飛ぶ教室』
    エーリヒ・ケストナー
    (那須田淳・木本栄訳、角川つばさ文庫・648円)

  • 『君たちはどう生きるか』
    吉野源三郎
    (岩波文庫・972円)

  • 『アントキノイノチ』
    さだまさし
    (幻冬舎文庫・648円)