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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

山崎ナオコーラさん
(やまざき・なおこーら)

作家。リアルな登山や旅行は2歳児との暮らしの中ではなかなか行けず、遠出はもっぱら本の中でだけ。
山崎ナオコーラ

人付き合いに疲れたら

  「看護や介護の職業に就いている人は、仕事中の人付き合いが大変だから、登山や釣りなど、自然に触れる趣味に休日を使う人が多い」という話を聞いたことがある。
 私は作家で、人付き合いは少ない方だが、ネットで動物の動画を探したり、『ナショナルジオグラフィック』の購読を始めたり、この頃やけに自然が見たい。なぜだろうと考えるに、子どもが2歳になり、世話というより人付き合いになったからではないか。よく「育児は孤独」と言われるが、もともと孤独が好きだった私は赤ん坊と家に篭(こも)るのが苦ではなかった。今も子どもは可愛(かわい)く、つらくはないのだが、コミュニケーションが多くなり、孤独欲が満たされず、意識が自然へと向かう。
 それで、若い頃に買ったものの書棚に放置していた<1>ヘミングウェイ『老人と海』(福田恆存(つねあり)訳、新潮文庫・464円)を手に取ってみた。ものすごく面白い。魚とだけ向かい合う主人公に寄り添ううち、読者にも孤独が訪れる。昔の思い出を海の上に浮かばせたり、手伝いの少年の不在を感じたり……、岸から遠く離れ、時間や人とも距離ができる。
 書店員をしている夫に、「他に『老人と海』みたいな本は知らないか? 人間関係の話ではないもの。遠い国が舞台の動物の小説がいい」と相談したところ、「それなら、ジャック・ロンドンだろう」と<2>ジャック・ロンドン『犬物語』(柴田元幸訳、スイッチ・パブリッシング・2,268円)を買ってきてくれた。犬にまつわる短編集で、中でも「野生の呼び声」は出色だ。狼(おおかみ)に似た犬が主人公で、死ぬか生きるかというヒリヒリした道の中を、北へ向かう。厳しい物語なのだが、読み進むうちになぜか心が癒やされる。
 「他にもないか?」と夫に頼んだら、今度は、<3>服部文祥(ぶんしょう)『息子と狩猟に』(新潮社・1,728円)を買ってきた。おいおい、舞台が日本で、子どもも出てくるなら、リアルを思い出してしまうではないか。だが、杞憂(きゆう)だった。殺人が主題の「息子と狩猟に」と、食人が主題の「K2」、どちらも山が舞台の小説だ。動物と人間は違うのか、同じなのか。極限状態の中で考える主人公たちと思考を共にするうち、自分の今の暮らしを俯瞰(ふかん)できるようになり、気持ちが改まる。疲れが遠のく。
 3冊とも、マッチョな世界観と硬派な文体の小説で、自分とかけ離れていた。人付き合いに悩んだり疲れたりしたときに助けてくれるのは、自分に似た話でも、人付き合いのヒントでもなく、遠い世界なのかもしれない。
  • 『老人と海』
    ヘミングウェイ
    (福田恆存(つねあり)訳)
    (新潮文庫・464円)

  • 『犬物語』
    ジャック・ロンドン
    (柴田元幸訳)
    (スイッチ・パブリッシング・2,268円)

  • 『息子と狩猟に』
    服部文祥(ぶんしょう)
    (新潮社・1,728円)