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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

藤沢周さん
(ふじさわ・しゅう)

作家。もう師走か、と思うのと、まだ師走か、と思うのとどちらが良かろう。
藤沢周

息苦しさを穿つ思考

 「月みれば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど」…。
 大江千里(おおえのちさと)の歌など想(おも)い、魂の黄昏(たそがれ)におちいるアラ還。気色悪い話ではあるが、仕方がないのだ、この季節。さすがに、「我が身ひとつ」とは思わぬが、ちょっと昔、もののあはれに沈んでいて、当時小学生だった息子に「一生思春期」と言われ、しばらく立ち直れなかったことがあったなあ。

 ふと、侘(わ)び寂(さ)びた気分で見やれば、〔1〕若林正恭(まさやす)『ナナメの夕暮れ』(文芸春秋・1,296円)。おう!お笑いコンビ、オードリーの才気、キューバへの紀行エッセイ『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞(ようさい)の野良犬』で斎藤茂太賞受賞の若林さんではないか!
 タイトルににんまりして、読み進めたら、「我が身ひとつ」ともいえる自意識にさいなまれていた若さから、「おじさん」になった今の心情を、ディープに綴(つづ)っていて感動。尖(とが)りに尖ったギャグのゲリラ兵のような男が、大人へと陽転していく、その緻密な自己観察は、エッセイというより、もう第一級の文学。沁(し)みる。うなる。涙が出る。文芸や表現の原点がここに!

 若林さんは現代日本の新自由主義から離れてみたくて、キューバへと小旅行をしたが、この効率性、生産性、拝金主義の貧しきネオリベラリズムの状況を、文芸批評の立場から鋭く問うたのが、〔2〕岡和田晃(おかわだあきら)『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』(寿郎社・2,160円)。
 SNSなどで「極右」や「スピリチュアル」な言説が、いつのまにか同調圧力となり差別を生んでいく構造を、個々の文学作品から剔抉(てっけつ)し、この時代において真に考えるとは何かを提起。息苦しい現代の知的風土を穿(うが)つ批評の力が、ここにある。必読。

 財力やら権力やら持たぬ身にとっては、巧言だらけのネオリベ国家の政策など、千々に悲しけれ。台風、豪雨、地震などの自然の猛威にやられたら、ひとたまりもない。と、ここでとてつもない傑作漫画、〔3〕黒鉄(くろがね)ヒロシ『Ten PenTea 天変地異』(PHP研究所・1,944円)。
 うわぁ、すごいタッチ!すごい発想! 卑弥呼(ひみこ)、不死山(ふじさん)、本能寺。天正の大地震に、伏見地震。桜田門外、「雨ニモマケズ」…。日本史の謎を天変地異から解き明かし、さらにはラストの「妙法」で、一休禅師と良寛が宇宙哲学の真理を語るのである。

 これ、店頭で頁(ページ)を開いたら、もう最後まで読まずにいられない。やめられない。秘蔵したくなる、コペルニクス的転回の奇書中の奇書。(作家)
  • 『ナナメの夕暮れ』
    若林正恭(まさやす)
    (文芸春秋・1,296円)

  • 『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』
    岡和田晃
    (おかわだあきら)
    (寿郎社・2,160円)

  • 『Ten PenTea 天変地異』
    黒鉄(くろがね)ヒロシ
    (PHP研究所・1,944円)