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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

藤沢周さん
(ふじさわ・しゅう)

作家。もう師走か、と思うのと、まだ師走か、と思うのとどちらが良かろう。
藤沢周

人の業とは 正義とは

 通常国会では、節分の豆まきはやらんのかいな。
 まあ、あそこは、季節は問わないか。鬼のお面をつける必要もなき「国会追儺(ついな)中継」の凄惨(せいさん)な光景を、リアルに想像してしまうわが心もまた、おぞまし。百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)の妄想に頭を振り、自らの邪念をお祓(はら)いする意味でも、ここは名著中の名著からまいりましょう。
 〔1〕馬場あき子『鬼の研究』(ちくま文庫・八二一円)。能をやる方々なら必読の書として有名だが、いや、もうこの古典の粋に裏打ちされた魂の哲学は、不朽。AI時代に読んでも唸(うな)るはず。
 『伊勢物語』『今昔(こんじゃく)物語』などの古典文学はもちろん、王朝時代から中世までの芸能、歴史を渉猟(しょうりょう)して、「鬼」の正体を探りながら、「鬼」にならざるをえなかった人間の宿業(しゅくごう)と悲しみを描き出すのである。
 その筆致は、時代と社会と人間の暗部にうごめく、情念と鬼哭(きこく)を鎮魂するかのよう。刊行されて四十八年も経(た)つというのに、読むたびに現代の闇に息を潜ませている鬼、つまりは、自らの心の中の鬼を想(おも)ってしまうのである。
 時代の底にある磁場は、また他の表象にもあらわれる。〔2〕斎藤美奈子『日本の同時代小説』(岩波新書・九五〇円)は、この五十年間の純文学、エンターテインメント、ノンフィクション、さらにはケータイ小説までを網羅して、「自分の生きている時代の性格」をあぶり出した。
 「政治の季節」が終焉(しゅうえん)した一九六〇年代から「震災以後」の現在まで、厖大(ぼうだい)な作品群を扱っているのに、これ、新書一冊。かつ軽妙。その驚嘆の手際に瞠目(どうもく)しつつ、時代の深層をじわじわと明らかにする分析に脱帽である。これからの文学のあり方を通して、生き方を問う書でもあるのだ。
 世界を翻弄(ほんろう)する彼(か)の国の心性は、いかなりや。浅き歴史ゆえにWASP(ワスプ)(アングロサクソン系でプロテスタントの白人)の遺伝子に拘泥するアメリカを、西部劇から解読した畏(おそ)るべき書、〔3〕吉田広明『西部劇論』(作品社・四九六八円)に、これまた驚天動地(きょうてんどうち)。ジンネマン監督の『真昼の決闘』から始まり、西部劇に引導を渡したクリント・イーストウッド監督の『許されざる者』まで六百七十作品を、緻密に解析したのである。
 正義とは何か。ガンマンの境位とは?暴力と伝説の不条理な増殖を焦点化し、西部劇の根拠自体を真摯(しんし)に問うたのがイーストウッドだとするが、著者の真摯さも然(しか)り。西部劇的ガンマンの臨界点をえぐり出した本書、映画を超えてアメリカの未知が見えてくる。 (作家)
  • 『鬼の研究』
    馬場(ばば)あき子
    (ちくま文庫・821円)

  • 『日本の同時代小説』
    斎藤美奈子
    (さいとう みなこ)
    (岩波新書・950円)

  • 『西部劇論』
    吉田広明(よしだ ひろあき)
    (作品社・4,968円)

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