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  • 2014年
    (平成26年)
    10月22日
    (水曜日)

    松尾貴史無責任編集東京深聞
    荒川区編
    ホンモノの東京新聞はこちらから

    勝って来るぞと板橋区!編集長、板橋区へ遠征?!

    板橋区の田園調布こと「ときわ台」に降り立つ、松尾編集長。 板橋区の田園調布こと「ときわ台」に降り立つ、松尾編集長。

     
     板橋区という地名を初めて聞いたのが、大学生の頃だった。音のコントのユニット(というのが適当かどうかは分からないが)として活動していたスネークマン・ショーのラストアルバムがリリースされた時の販売促進の一環で、アルバムの主題にもなっていた戦争反対にちなんで、「黒い羽運動」という、反戦運動を模した署名活動が演出されていて、その署名の送り先が「東京都板橋区清水町◎ー◎ー◎ 愛の小林敬二」という宛先だった。後年、そう呼ばれるようになるバイラルマーケティングの走りだったのではないだろうか。指定された人数分の署名を送れば、募金すればもらえる赤い羽のような作りの、色が黒い羽が署名の人数分送られて来るというキャンペーンだった。当時は、販売促進のための手法としては斬新だったのかも知れない。後から知った事なのだが、その住所には事務局などは存在せず、単にレコード会社の社員の自宅だったそうだ。
     つまり、である。三十数年前の事を掘り起こさなければ私の人生の中で「板橋区」が出て来ないと言う、どこかの県会議員が言う所の「縁もゆかりもない」ところなのだ。その後の記憶としては、二十数年前、何かの落語会の打ち上げで、放送作家の高田文夫さんが「勝って来るぞと板橋区(勇ましく)」と軍歌をもじった駄洒落を言っていたのを覚えている事ぐらいか。

     田園調布を思わせるような、セレブなオープンカフェもある。 田園調布を思わせるような、セレブなオープンカフェもある。

      つまり、狭い東京二十三区であるにも関わらず、それほど馴染みのない区のひとつである板橋区が今回の徘徊の現場だ。馴染みがないだけに、彷徨く場所の選定にも苦慮したが、であればイメージがし易いであろう、「板橋のナントカ」と呼ばれているものに着目しようと考えた。「アジアのシンドラー」「日本のタージマハール」「東京の鶴橋」のような感じで、何か「板橋のナントカ」ナントカ見つからないかと探したら、見つかったのはここ、ときわ台だった。 何を隠そう、ここは「板橋の田園調布」と呼ばれているのだ。誰に呼ばれているのかは知らないが、駅前あたりの道から裏へ一本入ると豪邸がちらほら林立しているというのだ。ちらほらでは林立と言えるのか不安ではあるが、さっそく歩いてみた。歩いてみたのだが、いかんせん私自身が、田園調布自体にも縁がない。さあ、ここは似ているのだろうか。ときわ台の駅そのものはこぢんまりしているが、にもかかわらずマクドナルドとモスバーガーの両方があるというのが、一味違うところなのだろうか。品数の控えめなTSUTAYAも何かを語っているような気がする。

     

    駅前ロータリーに鎮座する謎の像。全体的に大雑把過ぎな気が…駅前ロータリーに鎮座する謎の像。全体的に大雑把過ぎな気が… 駅前には札幌にも負けないほど立派な時計台!低いけど…。 駅前には札幌にも負けないほど立派な時計台!低いけど…。

    いざ実食。部類のカレー好きな編集長にとって、ワクワク最高潮の瞬間。 いざ実食。部類のカレー好きな編集長にとって、ワクワク最高潮の瞬間。

    〈日本人好みの〉本格インドカレー?!とりあえず「突撃!」

     
     集合前に周辺をうろうろしていた事もあり、すぐに街の全貌が分かった。なるほど、田園調布というのはこういうところなのかと納得した。正解かどうかは分からないが、納得はしたのだ。朝の6時に起きてから正午まで何も口に入れていなかったので、早速昼食をとることにし、すでに見つけてしまっていたカレー屋に入った。いや、私一人だけで店を発見した時に何か心のブレーキが入ったのだが、しきりに店内へ年配の女性従業員が熱心に促すので、その時点では少しばかり抵抗して見せたのだが、結局「わかりました、後で連れときますから」と言ってしまったのだった。「カレーには目がない松尾のくせに」と意外に思われるかもしれないが、店先に掲げられている「5つ星ホテルで修行したインド人シェフが作る〈日本人好みの〉本格インドカレー」というキャッチフレーズに、なぜか尻込みをしてしまったからだった。   おまけに、「テレビで紹介された」旨を、幟に印刷してはためかせているのだから、選択肢が多ければまず足を踏み入れない要素が満載なのだが、「まあ話の種に……」ということで覚悟を決めたのだった。

    心のブレーキをあえて無視してトライした、“日本人向け”本格インドカレーのお店。心のブレーキをあえて無視してトライした、“日本人向け”本格インドカレーのお店。
     
     
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    私が選んだランチのセットはカレーが2種類選べるシステムなのだが、メニューに載っているカレーの種類に番号が振られているので、1番と2番で、と注文しようとしたらぴしゃりと怒られた。「はい、ちゃんと名前で言ってくださいねー」は、はい、ごめんなさい。だったら番号をつけなければいいのになあ。
     カレーの出てくるタイミングと、ライスとナンのタイミングのズレがまた、本格インドなのだろうか。「すごく辛い」という設定を注文したのだが、他所で言う「中辛」の雰囲気、そして普通の辛さを注文した担当のT君のは、よそで言う甘口の感じだったとか。
      他の者はチャイをアイスで頼んだが、私だけホットで注文したら、一番最初に食べ終えた私に出てきたのが全員がアイスチャイを飲み干してしばらく経った後だった。しかし、おばちゃんは何度も「ホットチャイ早くして」と厨房に催促してくれていたのだけれど、中の「五つ星ホテルで修行した」であろうシェフは何やらご機嫌が斜めのようで、私にはわからない言葉で強く言い返していた。ようやく出てきたチャイには砂糖がたっぷり入っていたので、残してしまってすみません。

     

     

    「ん?…」味を確かめるためなのか、視線と動作が一瞬止まっていたような… 「ん?…」味を確かめるためなのか、視線と動作が一瞬止まっていたような…
    懐かしい昭和の風景を伝えるイラスト展は、表彰ものの戦果!

     

     

    日本書道美術館の看板を見て。たぶん大筆のパフォーマンスを真似しております。
    日本書道美術館の看板を見て。たぶん大筆のパフォーマンスを真似しております。 取材の許可申請中に、ロビーを物色する編集長。残念ながら現在は、何も展示していないんですって。
    取材の許可申請中に、ロビーを物色する編集長。残念ながら現在は、何も展示していないんですって。
    「私の記憶画・書き残したい昭和」の展示会を発見。なかなか面白ろそうと、急遽立ち寄ることに。
    「私の記憶画・書き残したい昭和」の展示会を発見。なかなか面白ろそうと、急遽立ち寄ることに。
    お茶まで御馳走になる取材班。長居し過ぎて、この後伺うはずだった「いたばしボローニャ絵本館」に行く時間がなくなってしまったことは内緒。
    お茶まで御馳走になる取材班。長居し過ぎて、この後伺うはずだった「いたばしボローニャ絵本館」に行く時間がなくなってしまったことは内緒。
     ときわ台に来ていることをSNSに書いていたからなのだが、落語家の鈴々舎馬桜師匠が「隣の駅のキッチン亀、オススメです」と情報をくださっていたことに、腹が「本格何とか」で満たされた後に(!)気づいてしまった。痛恨の不注意、くわばらくわばら。
     食事後、駅前のちょっと不可思議な彫刻に悩みながら、ロータリーの茂みの中にある、すこぶる分かりにくい案内板を見つけた。

    ヨイトマケが「よいっ!と巻け」の意味であることは知ってましたが、縦に引くのをはじめて知りました。なるほど?。
    ヨイトマケが「よいっ!と巻け」の意味であることは知ってましたが、縦に引くのをはじめて知りました。なるほど?。

      「日本書道美術館」という施設があるのではないか!さっそく直行することにした。勇ましく正面のエントランスに踏み入ったのだが、しばらくは何も展示をしていないのだとか。残念だ、とぞろぞろ外に出ると、そのすぐ脇の所にあるギャラリーの存在に気がついた。そこでは何やら展覧会が開催されているようだ。門扉のそばに、イーゼルで展示の趣旨が紹介されている。「描き残したい昭和」という個展で、新見睦さんという方の作品展らしい。
    作者の新見さんとともに作品を拝見。細かい解説つきで、とってもわかりやすかったです。
    作者の新見さんとともに作品を拝見。細かい解説つきで、とってもわかりやすかったです。


     
     個人のお宅を改造して、ギャラリーとして公開されているような感じだろうか。こういうお宅を拝見すると、「田園調布呼ばわり」されてしまう理由も分からなくはないが、とてもアットホームな感じのする親しみ易さも兼ね備えているので、お高くとまった感じは全くしない。そのスペースに、昭和から平成にかけての、ノスタルジー溢れる情景が、素朴なタッチで描き綴られている。

      日常のほのぼのとした風景が描かれているのだが、一部には戦争の恐ろしさ、迷惑さ、馬鹿らしさを表現したメッセージ性の強い作品もあり、全てを含んだ昭和という時代に感慨を寄せる機会となった。ヨイトマケの様子や、ふんどしの巻き方、この記事を皆さんが読まれる頃には展覧会は終了しているだろうけれども、画集は二巻出版されているので、ご覧になる機会はあるかも知れない。

     
    壁一面に昭和のなつかしい風景を描いたイラストが展示。200枚以上を書き溜めてあるそうです。
    壁一面に昭和のなつかしい風景を描いたイラストが展示。200枚以上を書き溜めてあるそうです。
     

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    10月22日
    (水曜日)

    S&Bノスパイス展示室に伺いました!ここは一般開放されていないのですが、かなり楽しいスポットです!
    S&Bノスパイス展示室に伺いました!ここは一般開放されていないのですが、かなり楽しいスポットです!

    入り口にはS&B創設者ご夫婦の銅像が鎮座しております。日本のカレーの神様です!
    入り口にはS&B創設者ご夫婦の銅像が鎮座しております。日本のカレーの神様です!

      カレー好きのパラダイスがここに。カレー文化の過去・現在・未来!!
       中板橋に移動して、日本で最初に全ての行程を自社で行ったカレー粉を製造したS&Bの工場跡にある、スパイス展示館を観覧させて頂いた。ご存知でしたか、「ヱスビー」の名前の由来が、「太陽の高さまで羽ばたきたい」という思いから付けた「ヒドリ」という商標の英訳、「Sun & Bird」からだという事を。これからは、スーパーなどでスパイス売り場の前に立った時、心の中で「ヒドリ、ヒドリ、ヒドリ」と三回唱える事にしよう。
     「ヱスビーガーリックカー」なる不思議なPR車や、なぜこういうデザインにしたのか理解しにくい国会議事堂風の工場の建物の写真などを拝見、そしていよいよブツが並んでいる場所へ。もちろん、スパイスの展示である。自分がオリジナルのブレンドでスパイスを調合してカレー屋をやっている割りには、知らない事が多かった事を思い知らされた。
    スパイスは熱で香りが損なわれてしまうため、磨り下ろさずにたたき潰すんだとか。
    スパイスは熱で香りが損なわれてしまうため、磨り下ろさずにたたき潰すんだとか。

    刻要望No.1の人気商品「モナカカレー」。モナカの中にカレー粉を入れたパッケージで、丸ごと鍋に入れると、溶けたモナカでトロミがつくという優れもの。
    復刻要望No.1の人気商品「モナカカレー」。モナカの中にカレー粉を入れたパッケージで、丸ごと鍋に入れると、溶けたモナカでトロミがつくという優れもの。

      この展示されている「サフラン」だけで、市場価格30万円以上!展示見本なのに、そんな分量、本当にいるのでしょうか?
    この展示されている「サフラン」だけで、市場価格30万円以上!展示見本なのに、そんな分量、本当にいるのでしょうか?
    2階のギャラリーには、世界のハーブが見本と共に展示されてます。
    2階のギャラリーには、世界のハーブが見本と共に展示されてます。

    スパイスの歴史は、冒険家の歴史とまるごと重なるのだそうです。歴史の教科書でみた人ばっかりですよ。大航海時代の幕開けですね。
    スパイスの歴史は、冒険家の歴史とまるごと重なるのだそうです。歴史の教科書でみた人ばっかりですよ。大航海時代の幕開けですね。
       
    日本でカレーが食べられるようになったのは、間接的ではあるけれども、バスコ・ダ・ガマとコロンブスとマルコ・ポーロとマゼランのスパイス四天王(これは私が勝手に呼んでいるだけだが)のお陰だったのだ。何という壮大な、海と陸を駆け抜けるドラマなのか。香辛料に歴史あり、更新料に礼金なし。

    全12種類のスパイスを、自分で配合できるという嬉しいサービス。ベースとなるカレー粉の目安となる分量が表記されています。
    全12種類のスパイスを、自分で配合できるという嬉しいサービス。ベースとなるカレー粉の目安となる分量が表記されています。


       締めくくりは自分で好きなようにカレー粉を調合する体験だった。ご存知のように、あるいはご存じないかも知れないが、「カレー」という物質や植物はこの世に存在しない。つまり、私たちが創造主となって、「カレー粉」というものを生み出すのだ。

      この場に12種類のスパイスを用意してくださっていたのだが、それらをいいバランスで合わせて行くと、魔法のようにカレー粉が出来てしまう。早速私も参加したが、やはり軽い気持ちでやっても良いカレー粉が出来てしまうのは愛情の成せる業だろうか。

    早速オリジナルブレンドにトライする編集長。クミンを多めにするのが松尾流レシピ。
    早速オリジナルブレンドにトライする編集長。クミンを多めにするのが松尾流レシピ。
      「どれどれ?くんくん。」配合の確認は、香りで判断!これがかなり楽しい作業なんです。
    「どれどれ?くんくん。」配合の確認は、香りで判断!これがかなり楽しい作業なんです。
      配合したオリジナルカレー粉は、パックして持ち帰りできました。1ヶ月以内に使用しないと、香りが飛んでしまうらしい。
    配合したオリジナルカレー粉は、パックして持ち帰りできました。1ヶ月以内に使用しないと、香りが飛んでしまうらしい。
     
     
  • 2014年
    (平成26年)
    10月22日
    (水曜日)

    元祖マンモス団地「高島平」の今。   団地のなかで何でも揃うのが、マンモス団地の魅力のひとつ!
    団地のなかで何でも揃うのが、マンモス団地の魅力のひとつ!

    
団地の下にある不動産屋にて、家賃の相場をチェック!かなりの広さでお手軽な金額。
    団地の下にある不動産屋にて、家賃の相場をチェック!かなりの広さでお手軽な金額。

    リノベーションを施して、すこぶるお洒落になっているが、こういう物件の家賃はそれなりに高いのだろうとすねてみせれば、何とこんな素敵な使用例を見せつけられて、耳打ちされたのが8万円台だった。何度も聞き返したので、ウォン立てでもなかった。縁もゆかりもない板橋区に、円を、いや縁を持ちたいと思って帰途についた秋の夕暮れ。ポケットの中のカレー粉の香りが嬉しいぞ。
    高島平に降り立つ編集長。なんでかテンション上がっているようです。
    高島平に降り立つ編集長。なんでかテンション上がっているようです。


     さて、あまり自分の趣味ばかり追求していては担当に叱られてしまうので、高島平のUR住宅の内覧をしてみた。いや、それも興味本位だろうと言われれば全く持ってその通りだが、ではこの欄でそれ以外の事をやった事があるかと言えば、ほとんどない事に驚いて頂けるだろう。誠に申し訳ない限りだ。

    団地のなかには保育園や高齢者用施設も併設されていて、内側は公園に。
    団地のなかには保育園や高齢者用施設も併設されていて、内側は公園に。
      駅前の歩道橋の先にみえるのが、マンモス団地の一部。本当に駅近!
    駅前の歩道橋の先にみえるのが、マンモス団地の一部。本当に駅近!

     この団地群は、駅に隣接する地域にあるので、交通の便はいい。おまけに、この中にショッピングセンターや、色々な医院、公共的な施設・設備、保育園などが揃っていて、ひとつの自治体として成立するような状態なのである。この高島平団地で、UR機構が保持するのは8400戸だそうだが、そのうちの15戸で、「無印良品」とのコラボレーションをしているそうだ。

    ペット不可の看板。「ルールですから」守りましょう!
    ペット不可の看板。「ルールですから」守りましょう!
     
    UR賃貸×MUJIのリノベーション物件の内見物件。コンセプトは「作りすぎず、壊しすぎない」で、シンプル・イズ・ベスト。
    UR賃貸×MUJIのリノベーション物件の内見物件。コンセプトは「作りすぎず、壊しすぎない」で、シンプル・イズ・ベスト。


    この天井に備え付けられた棚の高さからすると、IK○Aの製品はサイズが合わなさそう…とは編集長談。MUJI商品で揃えれば無問題です。
    この天井に備え付けられた棚の高さからすると、IK○Aの製品はサイズが合わなさそう…とは編集長談。MUJI商品で揃えれば無問題です。
    各階の廊下には転落防止鉄格子が。「出してくれー」と言わんばかりの編集長の表情。ちょっと不謹慎…
    各階の廊下には転落防止鉄格子が。「出してくれー」と言わんばかりの編集長の表情。ちょっと不謹慎…


    若者夫婦とかが喜びそうな、オシャレな作り。「これ家具は備え付けじゃないですよね?」「システムキッチンだけ付きますけど、家具は…」
    若者夫婦とかが喜びそうな、オシャレな作り。「これ家具は備え付けじゃないですよね?」「システムキッチンだけ付きますけど、家具は…」
    無印良品とコラボしてリノベーション物件を扱うUR賃貸へお邪魔しました。
    無印良品と
    コラボしてリノベーション物件を扱うUR賃貸へお邪魔しました。

    スポット情報

    ■ギャラリー服部・ときわ台
    東京都板橋区常盤台1-7-3
    03-5915-2210

    ■S&Bスパイス展示館(板橋スパイスセンター)
    東京都板橋区宮本町 38-8
    03-3558-5531
    ※スパイス展示館は一般非公開

    ■UR賃貸×MUJI
    http://www.ur-net.go.jp/muji/index.html


     
    松尾貴史   編集長松尾貴史

    1960年神戸市生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、研究室勤務のかたわら、ナレーターとしてデビュー。テレビ、ラジオ、映画、舞台、エッセイ、イラスト、カレー店など、分野にこだわらず活動。著書に「接客主義」「ネタになる統計データ」など。最新刊は「なぜ宇宙人は地球に来ない?笑う超常現象入門」を編み直した「超常現象・都市伝説」(PHP研究所)。

     

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