南砂(みなみすな)
東京メトロ東西線南砂町駅下車
南砂 マップ
馬車運送で一時代

 運河に囲まれ木場も近い南砂あたりは大正時代ごろから馬車運送でにぎわった。「私が来た昭和30年ごろはまだ馬に蹄鉄(ていてつ)を打つ場所がありました」といなりやの石田則夫さんは話す。店の自慢は信州秋山郷のそば粉だ。故郷の味を数年前から孫の4代目が継いでいる。
町には馬頭観世音など戦災の供養碑が多い。花が供えられ地蔵尊には屋根がかかる。妙久寺には「はこべらや焦土の色の雀ども」の句碑も。俳人石田波郷は妻の家族を亡くした北砂に住み、焼け野原の情景を句に残した。
「あの朝、東京上空は黒い雲に覆われ、すすけた布が千葉にも舞ってきました」と寺で会った女性は話す。墓地には真っ黒に焦げた墓石も残る。空襲後の一時は数千もの遺体が仮埋葬されていた。
67年前の今日、下町全域は火の海と化した。東京大空襲・戦災資料センターでは数々の体験記録が空襲のむごさを伝えている。猛火で変形した日常品も、人家を狙い10万余の命を奪った焼夷弾の残骸も並ぶ。
町はずれの大石家は戦火を免れた。家は過去の震災や津波にも耐え洪水時も砂村ネギや浅草ノリを作る暮らしを救った。公園に移し区民有志が守り継ぐいろりの炎は温かい。(武居智子)

(電話)

★東京大空襲・戦災資料センター 03(5857)5631  ★旧大石家住宅=江東区・文化財係(3647)9819  ★江東図書館(3640)3151  ★いなりや(3648)2121  ★小川(3644)7362  ★能登屋(3644)4995

2012年3月10日(土曜日)掲載分

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