東京ほっとコラム



永田町のオアシス

2013/12 場所、風景(23区エリア / 千代田区)

『国会前庭庭園』。最近まで永田町に勤めていた私がよく利用していた庭園だ。
国会議事堂に向かう道路の左側が和式庭園で、右側が洋式庭園。面積は約55,000平方m。このかなり広大な庭園は国有地で、実は衆議院が管理している。
和式庭園は木や池があちらこちらに配置されている。洋式庭園は広々とした道路が整備され、花壇には四季折々の花が咲き、木々はバランスよく配置されている。まさに、都会の中のオアシス的存在なのに、あまり人もこない。その上、入場無料だ。
さて、私のお気に入りだったのは洋式庭園。皇居の見えるベンチに座って、弁当を食べたり、昼寝をしたりした。10年以上も通ったので顔見知りもできた。会話を交わすわけではないが、会えばお互いに頭を下げる。転勤や退職などでだろうか。顔見知りのメンツは何度も入れ替わった。私もいなくなったが、誰かの記憶に残っているのだろうか?
ベンチだけは気付いてくれていると思う。

(神奈川県 本間 一孝)


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イグナチオ教会の12

2013/11 場所、風景(23区エリア / 千代田区)

聖イグナチオ教会は、JR四ツ谷駅の目の前にあります。その大聖堂に入ると、外とは違う空気に包まれます。正面のキリスト像は来るものをやさしく迎えてくれます。
大きな楕円の壁には12本の柱と12枚のステンドグラスがあり、そこから来る光は神との語らいの場にふさわしい彩りを与えています。12という数字は、キリスト教では意味のある数字です。旧約聖書の始めに神が7日間で天地を創造したと書いてあります。そのため、7は聖なる数字と言われてきました。7を3と4に分解し、再び一つにすると12になります。12は、もう一つの聖なる数字なのです。
ユダがイエスを裏切ったので、12人だった使徒が11人になってしまいました。すると弟子たちは集まって、12人目を選びなおしています。つまり、使徒の数は12でなければならないのです。こんなことを意識しながらキリスト教の教会を訪ねてみるのも面白いのではないでしょうか。

(神奈川県 原田弘一)


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電脳街の人情

2013/06 レジャー・観光、名所(23区エリア / 千代田区)

大学2年生の時に、勢い余って始めた秋葉原のメイド喫茶でのアルバイト。
メイド喫茶の人間関係はドロドロ、なんてコントを見ていたせいか、バイトを始めてすぐの頃は想像以上に温かく下町気質なアキバのメイド文化に拍子抜けした記憶がある。例えば、他店のメイドと外ですれ違った時は「お疲れ様でーす。」と声を掛け合う。中央通りを注意して歩くと、違う制服のメイド同士が挨拶を交わしながらすれ違って行くのが分かる。同じアキバで働く仲間意識がそうさせるのか、時にはフィギュアショップや居酒屋の店員までもが労いの言葉を掛け合う光景は、考えてみれば少し不思議な感じである。
アキバ系、メイド喫茶。ここ何年かで急激に浸透したとは言え、まだ少し受け入れがたいかもしれない。けれど、そこには人々の純粋な「好き」があり、ドラマもあり、他の文化と寸分違わず確かに血が通っているのである。秋葉原という街が、改めて気付かせてくれた。

(千葉県 福地 可南子)


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青春の一頁

2012/06 生活、暮らし、趣味(23区エリア / 千代田区)

東京でOLをしていたころの話です。
何よりも楽しみだったのは、週末の神保町巡りでした。ビルひとつ分もある新書店に驚嘆し、軒を連ねる古書店に感動しました。一日いても飽きることはなく、二階建ての本屋さんしか見たことがなかった私には、神保町こそがもっとも東京らしい場所に感じたものです。
新古書店のほかにも、魅了してやまないものが神保町にはありました。それは、「岩波ホール」です。年に何度か、ほの暗い照明の下の座席に身を沈め、流行に左右されない作品を観ました。
難解で首をかしげながら映画館を出たこともありました。心を激しく揺さぶられ、上映期間内に再び足を運んだこともありました。
当時を振り返れば、ずいぶんと背伸びをして映画を観ていたように思えます。けれど、娯楽大作ではない映画は、私に未知の世界をたくさん教えてくれました。
東京に滞在していた時期は短いものでした。けれど、実り多い青春のひとときでした。

(宮城県 水野明日香)


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「寅さんは 旅に出たまま 帰らない」

2012/05 レジャー・観光、名所(23区エリア / 千代田区)

平成7年1月17日に発生したあの「阪神・淡路大震災」の被災地の現場がロケ地になったのが最終回だった「男はつらいよ」シリーズをずっと見てきた私は、昭和史を、この映画とともにだぶらせて生きてきたみたいです。
それほど、この映画が持つインパクトに強い思い入れがありましたが、いまもふと、シリーズのひとこまを想い出しては、あのころはよかったと懐かしんでいます。
ロマンスを教えてくれたシーン、生きて行く希望をもらったシーンなど、私にとって寅さんは、そしてあの映画は「夢をはぐくむおもちゃ箱」だったのです。
不世出の喜劇俳優ともいわれた寅さんを若かりしころ、たまたま都内で見かけたことがありました。すぐに分かる人懐こい風貌で、とっさに声をかけると、気軽に応じ握手もさせていただいた。
きさくで、フランクな人柄がいまも頭から離れません。上京の折はきまって柴又へ足を運びます。逢えないと知りつつも。

(奈良県 渡辺勇三)


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