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東京ほっとコラム



祖父の後ろ姿

2013/02 ショッピング、お店(23区エリア / 大田区)

「美味い釜飯食おう。」
おじいちゃん子の私は誘いを断る理由なんてなかった。
待合せたのはJR蒲田駅。改札口を出ると見慣れた恰幅の良い老人がカランと石鹸を持って嬉しそうに私を待っている。
持物に違和感を抱きつつも後を着いて行くとゆ~シティー蒲田という温泉銭湯に辿り着いた。
「釜飯は嘘だったのか?」なんて湯船に浸かり乍ら考えつつ深呼吸すると、真黒のお湯から微かに甘いモール臭がして安心した。
休憩所に行くとそこはカラオケのある宴会スペース。
祖父と同年代の人達がちょっとお洒落をして気持ち良さそうに演歌を唄っている。
気付けば自分もサワー片手にマイクを持っていた。
「やっぱり孫もうまいんだねぇ。」なんてお世辞を間に受け乍ら釜飯でお腹を満たした。
人情と料理にホッとして下町の温泉もいいもんだなぁと千鳥足で帰った21の夜。

ある日祖父はあっけなく死んだ。

そして私は縁あって今この町に住んでいる。

(東京都 山田藍)


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雑踏を抜けて、梅園へ

2013/02 レジャー・観光、名所(23区エリア / 大田区)

都営浅草線の西馬込駅から歩くこと約10分。
往来激しい第二京浜の角を曲がると景色が一変し、小高い丘が見えてくる。
池上梅園である。
間もなく梅の時期。
今年も、白梅や紅梅で彩られ、芳香を楽しむことができるだろう。
松竹梅の最後が「梅」。
昨年放送された蒲田が舞台のNHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」では、その名に劣等感を持っていた末っ子「梅子」の命名の由来を父親がこう披露した。
冬の寒さの中でも緑を保つ松、雪の重さに負けずに真っ直ぐ伸びる竹、寒さの中で花を咲かせる梅は、中国で「歳寒の三友」と言われる清廉潔白な生き方のたとえで、松竹梅に上下はないと。
小さく控えめで、桜のような華やかさはないけれど、梅の花を見ると、冷たい風に吹かれながらも心が温かくなる。
開花情報を参考に、目に、心に、ひと足早い春を感じに出掛けたい。

(東京都 林佐江子)


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拝啓 大田区民殿

2012/09 場所、風景(23区エリア / 大田区)

野球好きな大田区民によって造られたという大田スタジアム。浜松町からモノレールでわずか10分の流通センター。そこから徒歩15分強の…遠いって?いえいえ、そんなことはありません。
ジェットコースターさながらのモノレールは、ねずみ王国さながらのアトラクションを彷彿とさせ、駅からの道中は23区では珍しい広い空が、縮こまった心を空同様広くしてくれます。川沿いを行けば、海の香りが漂い、大田区民のOの字を象った照明灯が見えれば、もうすぐそこ。

竣工1995年と、まだ若手の同球場は収容人数3000の小規模ながら、社会人・大学野球・高校野球を始め、プロの2軍でも使用。空港に近いことから飛行機の往来も眺められる、端麗な人工芝と客席が眩しい、本当に心地よい球場です。もっと多くの方に知っていただきたい。そして訪れるたびに大田区民殿に深謝。

(東京都 平井芙美)


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龍子の龍

2012/03 レジャー・観光、名所(23区エリア / 大田区)

 つい最近、思いがけない発見をした。自宅から歩いて15分ほどの、大田区池上本門寺。その大堂の天井画の龍、実は未完成なのだ。馬込に住んでいた、故川端龍子がその作者。制作半ばで病気のため亡くなられたという。奥村土牛が龍の目に筆をいれて開眼供養したそうだ。龍子記念館を訪ね、学芸員の案内で龍子のアトリエ、自宅を見学した際その話を聞いた。本門寺はもうかぞえきれないほどお参りしているのに、それまで一度も気ずかなかった。
 本門寺の裏手の一本道を直進して貴船坂を登り降りして南馬込方向に20分歩くと龍子に会える。龍子記念館は龍子の自作自演の美術館。今は大田区が管理している。ダイナミックで荒削りの、のびのびした彼の絵はまったく年をとらない。
 心は萎えて元気がない時、本門寺をこえて龍子に会いに行く。彼の傑作がわたしを黙って励ましてくれる。

(東京都 林 幸子)


2012/05/16掲載


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勝と西郷と洗足池

2011/05 場所、風景(23区エリア / 大田区)

大田区に千束という地名があり、洗足という池がある。日蓮上人が足を洗って、千束池が洗足池になったとか。
洗足池は桜がいいというので、桜見物に出かけた。
ぐるり池をめぐって、ソメイヨシノと枝垂れを楽しみ、出会ったのが、勝海舟の墓である。勝海舟といえば、幕臣として、討幕軍の総帥西郷隆盛と、高輪の薩摩屋敷で談判し、江戸を戦火から救ったことで名高い。その勝の別邸がかつてここにあり、今は、墓所だけが残っている。
その近くに、西郷隆盛の留魂碑がある。西南戦争で亡くなった西郷をしのんで勝が建立したもので、西郷の一文が「人生の浮沈は晦明に似たり」とある。人生の浮き沈みなんて昼と夜のようなものだ、ということだろう。
一万円札の福沢諭吉は、西郷に思いを寄せ、幕臣から明治政府に仕えた勝を批判した。幕末から明治にかけての歴史に生きた人々の断面が、桜散る洗足池のほとりにあった。

(東京都 野上卓)


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