2016年
(平成28年)
04月13日
(水曜日)


ホンモノの東京新聞はこちらから


 前回は狭い領域をクネクネと巡回するコミュニティーバスに乗ったので、こんどはちょっと長い距離をゆく路線バスに乗ろうと思う。
 復原されたドーム屋根のレンガ駅舎もすっかり目になじんできた東京駅の丸の内南口。はとバス乗り場の隣りあたりから、等々力(操車場)行のバスが出ている。この路線、ひと頃まで都バスも走っていたのだが、いまは東急バス一社。昭和の40年代くらいまでは、東京駅の前にも西武バスや関東バス…私バスがけっこう入りこんでいたものだが、いつしか都バスばかりになってしまった。そういう意味でもこの等々力行の東急バス、レアな路線といえる。また、東京駅から世田谷端の(はじ)っこの等々力までずっと乗って¥220の均一料金、ってのも安い!
 イラスト担当のなかむら画伯とともに、後方の座席に腰掛けて、お客さんの様子を俯瞰しながら外景を眺める。
途中下車するポイントは決めているのだが、長いルートなのでしばらく車窓

景色を解説していこう。
 皇居側のお堀端の道に出たバスは、クラシックな日比谷公会堂の見える内幸町交差点を右折、本紙(東京新聞)の拠点がある中日新聞社ビルの前を通って、桜田通りを直進していく。虎ノ門ヒルズ、愛宕山の脇をぬけて、東京タワーの麓へ。タワーは足元のあたりが垣間見えるだけだが、車窓越しにちょっとした東京名所を観光できる路線ともいえる。
 赤羽橋を過ぎると、わが母校・慶応大学。そう、通学していた当時からこのバスは走っていて、地方から出てきたばかりの男が等々力をトウトウリキと読んでいたのを思い出す。正門の先に、もはや全国的に有名な「ラーメン二郎」(三田本店)があるけれど、僕の現役時代はもう少し手前の交差点の角だった。あの頃は〈豚ダブル〉なんてヘビーなメニューをさくっとオーダーしていたものだが、いまや車窓越しに黄色い看板を見るだけでオナカいっぱいになってしまう。

出発は東京駅の丸の内口。KITTEの向かい側からスタートです。 東京駅から唯一出ている東急バス。以前は都バスも乗り入れていた路線ですが、現在は東急バス単体で運営しています。
都心の山の手方面をズンズン進む先に見える風景
 東京タワーの所で観光客風グループが降り、慶大前では学生客が乗り降りし、他のバスと同じくお年寄りが優勢とはいえ、区間によって客層の趣が変わるのも、長距離バスの妙味である。白金台のプラチナストリートの入り口を過ぎて、目黒の駅前。権之助坂を下って、バスはいよいよ東急のテリトリーに入る。
 そして、今回の途中下車ポイント、元競馬場前にやってきた。元競馬場前――もはや、モト冬樹のような感じで目黒通りのポピュラーな地名として定着した感があるけれど、実際この近くに現在の府中の前身である競馬場があったのだ。その軌跡を辿るのが今回の一つの目的なのだが、バス停のちょいと手前に「目黒寄生虫館」という知る人ぞ知る東京裏名所がある。まずはここをちらっと見学していこう。
 寄生虫研究の第一人者・亀谷(かめがい)了(さとる)博士が昭和28年に開いた “小さな虫のミュージアム”、僕はもう何度か訪ねているけれど、けっこう若い女性が多い。それと、カップル。バンクロフト糸状虫というリンパに溜って男の〇〇タマをバカデカク肥大させてしまう寄生虫の展示や全長9メートル近
い日本海裂頭条虫(サナダムシのこと)を模した原寸大のヒモ…などに目を向けている。デートの会話のツカミにもいいのだろう。
 出発のときから空模様を心配していたが、寄生虫の館を出る頃から雨が降ってきた。そして(写真を見てのとおり)、肌寒い。寄生虫館の並び、多摩大学目黒付属校の横道に入っていくと、一つ目の交差点の所から左斜めにクニョンと曲折していく一通路が口を開けている。これこそが往年の競馬場の外縁の道。奥へ進んでいくと、道幅の狭さも手伝って、トラックの円周感が伝わってくる。パカッパカッと馬のヒヅメ音を呟きたくなってくる。
 ここに競馬場があったのは明治40年から昭和8年まで。以後、東京競馬の本拠は府中に移るわけだが、GⅡレースに「目黒記念」なんてのがあるのはそのせいだ。 何かウマにまつわる物件はないものか…きょろきょろ目配せしながら歩いていたら、馬ではないが、猪熊という表札を立派な石門に残した占いお屋敷があった。外縁の道を半周したあたりの公園には、競馬場時代から…と由緒書きを施した桜の老木が植えられていた。

 元競馬場前の停留所で次のバスを待つ。目黒通りの対面の側には木造2階建の古い家が4、5軒集まっていて、アンティークの家具屋なんかになっている。かつて競馬場門前の商店だった所もあるのかもしれない。 一部マニアの間では有名な「目黒寄生虫館」へ立ち寄る一行。 展示されている内容は、なかなかにショッキングなもの。泉さんの表情から想像してください。(展示内容は自主規制で…)

競馬場時代のコーナーがあったあたりは、ゆるやかなカーブが続いていて、その面影を残しています。
競馬場時代のころからある桜の老木。確かに競馬って「桜花賞」とうG1レースがあるくらい、桜とは馴染みが深いものだったりします。
「目黒競馬場跡」を記念したモニュメント。
2016年
(平成28年)
04月13日
(水曜日)

まずは昼食で鋭気を養うべし?!
 バスに再乗車すると、車窓の景色は鷹番のあたりからアンティーク家具店に変わって、車のディーラーがどっと増えてきた。ちなみに鷹番の地名は江戸幕府の鷹狩りの番人小屋から付いたもので、あの“目黒のサンマ”の話も徳川家光が碑文谷あたりの原に鷹狩へ向かう道中のエピソード、といわれている。
目的の等々力渓谷へ行くには手前の「等々力」で降車する方が近いものの、やっぱり操車場での方向転換はバス旅のロマンですよね。
 自由が丘マダム御用達の高級スーパー「ザ・ガーデン」が見える八雲三丁目を過ぎて、等々力の領域に入った。大井町線を渡る陸橋の手前で、バスは目黒通りを外れて駅の方へと入っていく。終点の等々力操車所まで行ってバスを降りた。今回のハイライトはもちろん等々力渓谷の散策。渓谷へ行くには一つ前の等々力(駅前)の方が近いけれど、バスマニアとしてはやはり終点における、バスの方向転換の場面などを目に留めておきたい。
 駅前の方へと引き返し、お昼時なのでメシ屋を探す。結局、踏切を渡った右手、渓谷への入り口にある古民家づくりの中華料理屋「ざいもく家」に入った。ここ、昔来たときは和食屋だったような気もするが、窓越しに広がる庭と芽吹き小屋の景色は趣がある。 昼食をいただいた「ざいもく家」さんの外観。小さいながら素敵な庭園があって、なかなかの趣きです。
お店の外観は日本家屋なのですが、メニューは中華なんです。 昼食後は、いざ渓谷へ突入。雨脚が強まってきてしまったのがちょっと残念。  
都心から乗り継ぎなしでこられる“等々力渓谷”
 雨が小止みになるのを見計らって渓谷へ向かった。ゴルフ橋(昔、道奥にゴルフ場があったらしい)と名づけられた赤い橋の傍らから下の川岸に降りる階段がある。雨が降ったせいもあって水は濁っているけれど、深い崖地に雑木が鬱蒼と繁った、なかなか本格的な渓谷である。都心でも王子の石神井川にこういう地形の場所はあるけれど、向こうの方がもう少し整備されている。水流のすぐ脇に足元のわるい小径が続く、こちらの方がスリリングで面白い。しかし、当初のプランでは春めいた川べりの道をピクニック気分で歩く…という想定だったのだが、本日はともかく寒い。川面でカルガモのつがいが身を寄せ合うように丸まっている。
 ちなみにこの渓谷を流れる川は谷沢川といって、地図を見ると用賀の首都高のたもとあたりが水源。これといった池があるわけでもなく、まあ世田谷によくある小さな沢の一つだろう。そんな細流がこういう渓谷をつくりあげている、というのも興味深い。
 渓谷ぞいの道はやがて環八通りの下をくぐってさらに続く。しかし、悪天ゆえほとんど人とすれ違わない。小さな祠のある一角に入りこんだとき、30代くらいの男2人組と出くわした。
女性の組だとどーってことないのだが、この種の場所で見る若い男性ペアってのは、どことなく(新宿)二丁目のカップルを想像させる。
 渓谷一番の見所は、進行方向左岸の崖地にある不動の滝。岩場に二つ三つ
象(かた)どられた龍口から水が流れ落ちている。ちょぼちょぼっと、大した水量とはいえないが、雨降りだから、いつもよりは湧き出している方なのかもしれない。そして、そもそも等々力の地名は、渓谷に滝から流れ落ちた水が轟く…という形容がもとらしい。つまり、このあたりが等々力の源といってもいい。
 滝の脇の階段道を上ると等々力不動尊が祀られている。僕はもうまもなく還暦を迎えるが、ここまで危っかしい川べりの道を、すっ転がることもなく無事歩くことができた。今後の安全も願って、最後にお不動様に手を合わせた。
あいにくの雨模様も、渓谷の中だと思ったより趣きのある風景です。「なかなか清々しいよね」
雨で増水した渓流は、すでにどちゃ濁り状態。渓流にかけられた橋も水没寸前!。
目的の「不動の滝」に到着。龍口から流れ落ちる水をみていると、なんとなく心が落ち着くような気がしないでもない。)
最後は渓谷を抜けた先にある等々力不動尊にお参りを。
泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。