2016年
(平成28年)
06月08日
(水曜日)


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 吉祥寺駅の北口広場には、ひっきりなしにバスが入ってくる。南口は小田急バスが目につくけれど、こちら北口の勢力を二分するのは青い西武バスと赤い関東バス。武蔵野地域を代表する私営バスだ。
 今回僕らが乗るのは、西武バスの新座栄行き。駅を出た目の前に乗り場がある。終点の新座栄は都境を越えた埼玉県新座市の領域だが、すぐ手前は練馬区大泉学園町。今回はそんな23区西北端のあたりを徘徊しようと考えている。
 バスはハモニカ横丁やパルコを右に見て吉祥寺通りに出ると、やがて練馬区に入る。立野町の停留所でサッカー素材と思しきスカイブルーのサマーブレザーを着こなした、上品な老婦人が乗ってきた。僕の前に座っている老紳士も、シャレた帽子に何やら英字を記したカンバッチを付けている。NOMORE ACTION MORE HOPE…と読みとれる。

 車内にお年寄りが多いのはいつも同じだが、タイプは下町の方とかなり違う。

吉祥寺駅の北口は西武バスと関東バスの乗り場で、反対側の南口は小田急バスの乗り場になっています。
今回北口の西武バス吉61、62系統のバス停からスタート!この連載で、初めての晴天撮影です。
吉祥寺といえば「ハモニカ横町」。午前中ということもあり、ほとんどお店が閉まっているので、残念ながら今回は素通りです。
バスの中で乗客の雰囲気を観察する泉さんとなかむらさん。「これまでと、ちょっと車内の雰囲気が違う?」って、初めての晴天ロケで社内が明るいことが要因のひとつかも……。
幻の『学園都市』大泉学園を探索。23区内唯一の牧場も!

 武蔵関の駅横の狭い商店通りを北上、突きあたった富士街道をちょっと石神井の方へ進む。小関とか西村とか、昔の字(あざ)らしき名の停留所が続くこのあたり、ほんの20年か前は広い畑が目についたはずだが、あっという間に宅地に変わってしまった。石神井学園前の交差点を左折すると、この道はずっと大泉学園の方まで延びている。
 交差点に表示された石神井学園というのは実在するが、大泉学園って学校は存在しない。尤も、大泉学園緑小学校やら大泉学園中学やら、公立の小中学校が町名の大泉学園を名乗ってはいるが、そもそも大泉学園とは堤康次郎の箱根土地会社(株)が大正の終わりに計画した学園都市のことで、武蔵野鉄道(後の西武池袋線)に駅を置いて住宅街を開発分譲したが、核となる学園誘致に失敗し、駅と町名にだけ名は残った。
 とはいえ、学園都市のイメージがあったせいで、駅の北口からは北上する道伝いに美しい桜並木が植えられている。そんな並木道が始まる学園橋の停留所で途中下車、白子川を渡って「したみち通り」という旧道を少し行くと、23区内唯一の牧場がある。その名は小泉牧場。イチョウの木立ちの向こうに白黒まだらの乳牛の姿が見える、いまどきの東京では珍しい場所だ。


この道のさきに、まさか牧場があるとは思いもしないでしょう?でも、本当にあるんです。 23区内に、こんな牧場があるなんて!しかも元々の地主さんというわけではなく、牧場のために土地を購入されて始めたのだとか。

 ちなみにこの牧場、ここの牛から搾った牛乳で作ったアイスクリーム(製造元は日野の牧場)を味わうことができる。牧場の入り口に置かれた、オープンエア気分のテーブル席に腰掛けて、コチンと凍結したアイスがちょっとやわらかくなるのを待ちながら場主にお話を伺う。
 大泉で小泉牧場ってのはシャレのようだが、この場主の名が小泉さんであり、先代が岩手から出てきて昭和10年に開場したというから、地名との因縁もない。
 現在ここにいる牛は仔牛も含めて50頭余り。仔牛というと、シロートはせいぜい2、3歳児くらいを思い浮かべがちだが、乳牛で仔牛と呼ばれるのは生後2か月までで、メスは20か月(1歳半)くらいで最初の出産をし、つまりここからミルク(乳)を生産できるようになる。入り口に近い小屋に生まれてまだ1、2週間の仔牛が4、5頭並んでいたが、いや実に可愛らしい。そして、ゆるくなったこのアイス、ジェラード風の食感で実にうまい。とりわけ本日はこのバス取材では珍しく晴れて暑いので、アイスの冷やっこい感触がありがたい。

絞り立てのミルクで作られたアイス。購入時はカチカチなので、5分ほど置いて溶かしてから食べると美味しいです。 食事中の仔牛をパチり。まさに「ウメぇ~」という感じで必死にむさぼる姿は愛くるしい。

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名水百選「妙音沢」を訪ねると、出迎えてくれたのは……。

 一つ先の北園でバスに再乗車。関越自動車道の架橋をくぐると周囲はマス目状にきちんと区画された、当初からの大泉学園分譲地に入る。大泉風致地区、都民農園、天沼マーケット前、都民農園セコニック……と続く、独特な名前の停留所の並びも僕がバスに興味をもった半世紀ほど前から変わっていない。
 この辺の散策が今回の一つのハイライトでもあるのだが、とりあえず終点の新座栄まで行ってみよう。
 大泉学園の住宅街の領域を越えた、黒目川際の崖地の一角に新座栄の停留所はある。少し先に「妙音沢(みょうおんざわ)/平成の名水百選」の表示があって、道案内に従っていくと、クヌギやコナラの繁る雑木林の崖下にたわわな湧水地があった。妙音とは水の湧く音を表わしたのだろう。
 なかむら画伯の「きゃっ」という声に振り返ると、道端をスーッとヤマカガシらしきヘビの子どもが滑走して落葉の溜りのなかへ消えた。この感じの雑木林ならば、真夏にはドキッと胸が高なる大物の昆虫に出会えるかもしれない。
 湧水が注ぎこむ黒目川の横道を歩いて、先のバス通りに戻ってきた。都民農園セコニックの所まで来ると、商店街に入る。目にとまったソバ屋で、とろろそば、冷したぬきそば……暑い日なので各人冷やもののそば(スタッフの若者だけはカツカレーを爆食いしていた)を腹に入れ、向かいのスーパー「いなげや」の建物に目を向ける。

 いなげやとジーンズのライトオンなどを収容したこの建物の隅っこに「SEKONIC」の文字が見える。 これこそがバス停のセコニックの正体。カメラの露出計製造を本領にしたメーカーで、ひと昔前までここに大きな工場があったのだ(いまも、本社オフィスがある)。
 しかし、いまは目につく物件ではないから、初めて来た人は何ぞや?と思うだろう。実はほんのちょっと前まで、「都民農園セコニック」の行先を掲示したバスが吉祥寺によく入っていたので、この謎めいた地へ向かうバスに乗ろうというプランを立てていたのだが、先頃ほとんどが先の新座栄まで行く路線に変わってしまった。


今回はいろいろと付近を探索しているので、次の目的地の方向とバスの時間を細かくチェックしながら移動をする取材班。
毎回のお約束となった?終着点でのバスが転回する勇姿。今回は「新座栄」です。 妙音沢へと下っていく取材班。以前、渓谷を訪れたときと違って、天気がいいと気分も爽やかですね。
妙音沢へ向かう途中に出会った小さな蛇。ヤマカガシ?それともアオダイショウの幼蛇かしら? 割った薪を束ねて重ねることで、水の通り道だけを確保した沢。豊富な水量というほどでもなかったですが、涼しげな空気が気持ちいいです。
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バス停の名前としてだけ残る、地域の思い出たち。

 さて、その一つ手前の「天沼マーケット(前)」というのも、どこにあるのかよくわからない。バス通りを往ったり来たりしても見あたらないので、歩いてきた古住人風の老人に尋ねると、横道にあるという。栄四条通り(ここはまだ新座市栄の領域)と名づけられた商店筋に〈天沼マーケット新館〉と記した建物を発見。しかし、唯一の商店らしき肉屋はシャッターを閉ざし、建物の半分は住民の休憩所のような施設になっている。なかにいた人に伺うと、昔は商店が集合した、にぎやかなマーケットだったらしい。

 セコニックにしろ、天沼マーケットにしろ、その実体は薄れても、一旦定着した地名は大切に残す、というのが西武のやり方なのかもしれない。学園のない大泉学園とも通ずるものがある。そしてもう一つ、セコニックの上に付く都民農園、これも存在しないのだ。

 ただの「都民農園」のバス停からちょっと西へ行った大泉公園にその経緯が記された碑が立っている。当初の学園都市構想では、宅地の一角に東京都民(当時・市民)向けの広大なレジャー農園を置くプランがあり、戦前開設されていた時期もあったが、戦後の農地解放で切り売りされ、大方が宅地化されてしまった。この小さな公園が農園の名残りらしい。

 しかし、きちんとマス目に区画された住宅街、練馬区大泉学園町の区域ばかりでなく、一部が新座市栄に渡っているのは、農地時代の地主さんの関係なのだろうか…。
 さて、最後に少し東方の長久保バス停の先にある大泉中央公園に立ち寄っていこう。先の大泉公園と違って、こちら中央公園の方は自衛隊の朝霞駐屯地に隣接して広大な緑地が続いている。ただし、今回の目当ては公園の外。成増駅南口行きの西武バスが通る、公園脇の道端に都区内ではレアな〈動物注意〉のタヌキ絵の交通標識が立っている。
 さすが、練馬のさいはて。都民農園は消えたが、牛もいれば、タヌキも出るのだ。
初夏に近い日差しの中、歩き続けると涼しげな食べ物に食指が動きますよね。ランチは唯一の若者を除いて全員がソバでした。

大手スーパー「いなげや」の入るビルの裏手に、セコニックの本社があります。でも、こじんまりとして目立たない場所に… 手前のレンガの道は練馬区は大泉。奥のアスファルト部分から新座市に突入。この辺りが境界線のようです。
看板だけが残る「天沼マーケット」の文字。しかも“新館”とあるので、全盛期はなかなかの規模だったと思われます。 「動物注意」の標識を発見。地域によってシカだったりクマだったりしますが、ここではタヌキが出没する模様。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。