2016年
(平成28年)
08月10日
(水曜日)


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 夏ということで、ハイキング気分で奥多摩の方へ行ってみよう、と思いたった。もう20年近く前、奥多摩の駅前からバスに乗って日原の鍾乳洞へ行った。趣味の昆虫採集をしながら、鍾乳洞に入って、洞内の冷気と外の猛暑のギャップを体感したことが忘れられない。
 あの鍾乳洞行きのバスに乗ってみよう、と7月下旬に旅のプランを組んだ。例年ほぼ梅雨明けしている頃なのだが、ことしの梅雨はぐずついて当日も朝からどんよりと曇っている。そして、鍾乳洞で涼をとるまでもなく、すずしい。とりわけ山間部は雨に見舞われる、という予報なので、虫採りは断念した。捕虫網の替わりに、ダウンロードしたばかりの「ポケモンGO」で、奥多摩のモンスターを採集してやろうとiPadをカバンに入れた。え、ゲームするのに何故かさばるiPad?と思われるかもしれないが、僕はいまだガラケー派。スマホを持っていないのだ。
 中央線、青梅線と乗りついで、終点の奥多摩駅に到着した。洋風の山小屋センスの駅舎は戦中の昭和19年の築で、僕が子供の頃は氷川駅といった。今回乗る路線を含めて、駅前に出入りしているバスはすべて西東京バスだが、僕がバスに興味をもちはじめた幼稚園児の頃は、新宿から青梅街道を延々走って氷川まで行く都バスがあったのだ。
今回は出発点が「奥多摩駅」と、都心からは離れた場所。担当編集者が立川で乗り換えを間違えて、大遅刻をしたことは内緒の話。

 駅前には氷川時代からがんばっているような、古い佇まいの食堂や土産物屋が割とよく残っている。そんな一角に伊勢丹の「伊」マークを掲げたスーパーマーケットを見つけたが、帰りがけにでも立ち寄ってみよう。駅横の大衆食堂で“東京エックス入り”と、青梅のブランド豚の使用を謳った肉うどんを注文、できあがるのを待つ。スマホにポケゴー(以降こう略す)を仕込んだ編集担当のT君やイラストのなかむらるみ嬢は、「わっ、この辺、モンスターいっぱいいる」「やっぱ山だからかな…」などと狂喜しながら狩りを楽しんでいるが、僕のiPadはワイファイの電波が弱いのか、〈GPSの信号をさがしています〉なんて表示が出て、一向に機能しない。そして、昼食を終えて外に出ると、案の定、雨が本降りになってきた。いつものお約束のビニール傘を手に、12時30分発のバスに乗りこんだ。フロントの方向幕は「日原」の地名も入れず、ただ「鍾乳洞」。鍾乳洞といえばココ、といわんばかりの自信が感じられる。

青梅ではまだもっていた天候も、奥多摩についてみると見事に雨模様。この連載は、相変わらず雨天撮影率が異常に高めです…
深い緑と渓流のせせらぎに包まれた奥多摩

 日原川の橋を渡った先の丁字路で、奥多摩湖の方へ行くバスは左に行くが、このバスは右へ進む。やがて、川向うの崖地に昔のSF映画のセットを思わせるような巨大工場が姿を現した。奥多摩工業という、このあたりの石灰採掘やセメント加工を代表する会社で、戦前に起業した当初は奥多摩電気鉄道といった。つまり、そもそも石灰岩運搬の目的で延伸された青梅線の源ともいえる鉄道会社だったのだ。
地図を見ると、このバスルート際の山ん中を、日原の方から採掘された石灰岩を運ぶ曳鉄線(トロッコ)が描かれている。

 ところでバスの車中に目を向けると、だいたいいつもはお年寄りが主体だけれど、今回はさすがに若い。大学生くらいの男女、子連れの若いパパ、そして外国人グループ。男女入りまじった欧米系の6人組、インテリなのか、オタクなのか、6人中4人が度の強そうなメガネをかけている。
 右の窓から石灰岩工場が遠ざかっていく頃から、道は九十九(つづら)折(お)りの山道になった。この連載初めての本格的な山岳バスである。道は所々拡幅工事が進んでいるものの狭隘な区間は長い。運転手の横にもう一人、制服の男が付いているが、彼はすれ違いが困難な場所でバスを誘導したり、道端の様子をチェックしたり、昔の車掌のような役割をするのだろう。
バスの車窓からみえる景色は一面の緑。霧がかった山間はなんとも神秘的な雰囲気を纏います。

 杉林の切れ間の渓谷際にマスやヤマメの看板を掲げた釣り場が見える。岩松尾根のバス停を過ぎると長いトンネルに入って、ぬけると日原の集落。結局、20名ほどの乗客全員、終点の鍾乳洞でバスを降りた。
 見下ろすと吸いこまれそうな深い谷川に架かる小川谷橋というのを渡って、鍾乳洞へアプローチしていく道程はよくおぼえている。前に来たとき、この橋詰でコオニヤンマというオニヤンマをスリムにしたようなトンボを捕まえたはずだが、涼しい雨降りの本日はセミすら鳴いていない。
今回の珍しい交通標識シリーズは、「落石注意」の看板。鍾乳洞への道中、そこらかしこに発見できます。 お馴染みのバスの転回シーン。今回の終着点は1車線の山道なので、いつもと違った迫力というか緊張感が満点。

2016年
(平成28年)
08月10日
(水曜日)

幻想的な空間が広がる日原鍾乳洞を探検!

 「落石注意」の警告の崖道をバス停から10分ほど歩くと、日原鍾乳洞の本体に差しかかる。階段を下った川の向こうに洞穴が口を開けている。
 気圧の関係で、なかから冷気が外に吹き出しているが、肌で感じたとき「しまった、甘く見ていた」と思った。涼しいとはいえ、外の気温は25度くらいだったから、まぁ半袖でイケるだろうとアロハ調のシャツ1枚で来たら、この冷気はイメージよりかなり低い。傍らの解説板に「年中摂氏十一度内外…」とある。こういう日は、案外洞穴の方があったかいんじゃないかな…なんて、いいかげんなことをいっていた僕は後悔した。幸い、備えのシャツを何枚か用意してきたT君からウインドブレーカーを借りて、洞内に入ることができた。
 ジャイアント馬場あたりは頭をこすりそうな背の低い通路(いまだこういう喩(たと)えとなると馬場の名が浮かぶ)がしばらく続く。香炉岩、蓮草岩、鳩胸…と、周囲の岩にはけっこう細かくニックネームが付けられて、やがて開けたスペースに出た。

いざ鍾乳洞へ突入!中の気温は10℃前後と気温差が半端ないです。入る前から冷気が漏れ出しています。

秋芳洞や富士の風穴、氷穴…他所の鍾乳洞や溶岩洞穴とイメージがごっちゃになっていたところもあったが、この日原はなかなか奥行きがある。そして、水琴窟があったり、弘法大師学問所と名づけられた一角があったり、洞内スポットも面白い。最奥部(実際はもっと奥に続いているが一般客は入れない)の広々とした空間には、恐山を思わせる“さいの河原”が設けられ、石段を上った高い所に“縁結び観音”が祀られている。観音像のまわりには、女の子の人形を付けた東京大神宮のおみくじがどっさり置かれていたけれど、そういったパワースポットや縁結び散歩のコースに組みこまれているのかもしれない。バスの車中で一緒だったメガネの外国人合ハイグループと何度か鉢合わせしたが、彼らはこういう観音や仏像のある日本式鍾乳洞にファンタスティック感をおぼえるのだろうか…。
 洞内の通路は8の字を描くように、旧洞と新洞の方へ行くルートに枝分かれする箇所がある。行きは旧洞を通ってきたので、帰路は新洞を廻るルートをとったら、こちらは急な階段を上らされたと思ったら、逆に深い谷へ下っていく区間があったり、なかなかハードな道筋だった。竜王の間、金剛杖、おとぎの間、女神の間…傍らの岩場や窪みに付けられたニックネームもどことなくテーマパーク調で、ふと「カリブの海賊」がどこかに潜んでいそうな想像が浮かぶ。
 息を切らせて、ようやく出口に差しかかると、むわっとした外気にふれた瞬間、編集のT君のメガネが真っ白に曇った。あの外国人グループのメガネも一斉に白くなったのだ…と思うと微笑ましい。
 帰路のバスの時刻まで少し余裕があるので、鍾乳洞入り口の脇にひっそりとある一石山神社に立ち寄った。寂れた境内とその背景に見える岩肌をごっそり削られた石灰鉱山のコントラストが目に染みる。そして、こんな山奥の鄙(ひな)びた神社まで、ポケゴーのポケストップ(小道具がゲットできる)に指定されている。

鍾乳洞内でもっとも開けたエリアはライトアップされていて、冷んやりとした空気とあいまって幻想的な空間に。
2016年
(平成28年)
08月10日
(水曜日)

古い温泉街を思わせる、どこか懐かしい雰囲気の駅前を探索!

 奥多摩の駅前に着いて、相変わらず雨がやむ気配はないが、少しあたりを散策していこう。例の伊勢丹マークのスーパーは、品揃えこそ普通の町のスーパーだったが、店員さんに伺ったところ「社長が伊勢丹の株をいっぱい持ってんのよ」と、言っていた。まぁ実際、もっと何らかの関係があるのだろうが、かつて新宿↔氷川間のバスが走っていたように、新宿との地理的なつながりが連想される。

 「三河屋」という古い料理旅館の看板が出た八百屋の脇道を下って、日原川の小さな吊り橋を渡り、川べりの草深い散歩道を通ってまた町道の一角に出てくると、駅裏の方までけっこう小さな旅館が点在している。温泉や料理をウリモノにした観光客相手の所もあるのだろうが、石灰採掘やセメント加工で栄えた頃からの商人宿も存在するに違いない。  鍾乳洞といい、青梅線といい、石灰岩とともにある地域なのだ。

奥多摩は水がキレイで、渓流釣りのスポットとしても知られます。放流したニジマスを釣って、その場でBBQができるマス釣りも人気です。! とっても風情のある八百屋さんを通過。
渓谷らしく吊り橋を発見。比較的新しいようなので、それほど恐怖感は湧きません。ならば渡らないわけにはいきませんよね。 帰りの道中、ポケゴーに夢中な泉さんとなかむら画伯。都会に比べるとポケモンの数は少なめでしたけど、それなりにゲットできたようです。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。