2016年
(平成28年)
09月14日
(水曜日)


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 前回の山は雨に降られたので、そのリベンジで海へ行ってやろうと思いたった。8月下旬、逗子から葉山行きのバス旅行の日は珍しく晴天に恵まれた…と、スッキリ書き出したいところだが、実は当初旅程を組んだ日はまたしても悪天。ま、多少の雨くらいはもう馴れているけれど、ただの雨ではなく台風が旅先の三浦半島あたりを直撃しようとしていた。天候に屈するのはシャクだけど、列車やバスが止まってしまっては話にならない。

今回のスタート地点は「逗子駅」。天気にも恵まれ、スタッフ一同ほっと安堵の溜息が漏れます。

 そんな経緯があって変更した旅行日は、久しぶりに濃密な青空が朝から広がっていた。ウキウキ気分で予定より1本早い湘南新宿ラインに乗って逗子駅へ着いた僕は、駅の周辺を少し散歩した。駅前から鎌倉方向へ行くなぎさ通りの一角に、若い頃に何度か立ち寄ったチャヤ(日影茶屋)の喫茶店があったはずだ。珈琲と名物のスワンシュー(白鳥型のシュークリーム)でも味わおうと探したが、心あたりの場所はスタバに変わって、店内にチャヤのケーキ売り場だけが残されていた。
 逗子から葉山方面へ行くバス(京急)には、昔から“山回り”と“海(海岸)回り”の路線がある。長者ヶ崎の方へ行くには、直線的なコースを往く山回りが早いけれど、ルートとして面白いのは後者。海岸づたいの狭隘(きょうあい)な道をくねくね進んでいくのがバス好きにはたまらない。所々に由緒ある古集落の名を留めた停留所があるのも魅力的だ。

泉さん思い出の「日影茶屋」は、スターバックスへと姿を変えていたものの、並立してケーキ売り場だけは残っていました。
いつの時代も真夏の海は若者たちのパラダイス?!

〈海岸回り 葉山一色〉と行先を掲げた、お目当てのバスがやってきた。晩夏の平日とはいえ、久方ぶりの晴天なので、一目で“海水浴”とわかる軽装の若者が多い。僕がヘビロテで葉山へやってきたのも、彼らと同じ年頃の大学生の時代だった。
 その時代は大して気にとめることもなかったけれど、田越橋を渡って海岸へ向かう横道に入ったあたりから、趣きのあるバス停が続く。六代御前まえ――ってのは、平家最後の嫡男の墓(近くにある)を意味するようだが、御前の「前」とカブるので、後の「前」はかな書きにしたのだろう。海際の崖脇に「切通し下」というのがあって、その次の「鐙摺」で途中下車する。
 あぶずり、と読む難字のバス停。鐙(あぶみ)とは馬の鞍(くら)の脇に垂らす器具のことだが、コレはただの鐙ではなく、あの源頼朝が乗っていた馬に由来するものらしい。この近くの小山を頼朝が乗馬して登っているとき、道が狭くて馬の鐙が何かに摺(こす)れた…なんていう一説がある。鐙摺には、冒頭でふれた日影茶屋(1661年創業の料亭)の本拠があるが、建物(主に1923年築)を見下ろす、道向かいの標高25メートル程の小山が鐙摺の源(旗立山)という。駐車場の隅っこの草深い階段から山道を登ってみたが、クモの巣まみれになってリタイヤした。

鐙摺のバス停を降りて、すぐに広がるのがこの景色。取材日は30℃を超える真夏日だけに、余計に羨ましい光景。 海岸沿いらしい洒落たレストランを通過。

 鐙摺港に面した白亜のレストラン「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の先あたりからは、東京中日スポーツをはじめとするスポーツ新聞御用達の釣り舟屋や食堂が並び、旗立山の裏方にかけて、素朴な神社や古い酒屋がぽつんとある漁村集落らしい町並みが仄かに残っている。
 鐙摺港の奥に広がる葉山マリーナは、東京オリンピックのセーリング競技の会場として設けられた施設。この前の停留所からまたバスに乗ると、やがて元町の商店街に差しかかる。最近のカフェなどもぽつぽつと見受けられるが、湾曲した道筋にサンダルや浮き輪を並べた昔ながらの海の店がまだがんばっているのがうれしい。

冒頭でふれた日影茶屋の本拠。風格と気品を感じさせる建物は、その歴史を物語っています。 旗立山に果敢にチャレンジするも、もはや探検隊レベルの道無き道をゆくことに…。あえなくここでリタイヤです。 昼食は海の幸のミックスフライ定食。ビールが写っているのは内緒です(笑) 昼食後に通りすぎた葉山マリーナは、いかにも“海の男”が似合う風景。

2016年
(平成28年)
09月14日
(水曜日)

学生時代を過ごした40年前にタイムスリップ ?!

 森戸海岸でバスを降りて山側の路地へ入っていくと、三角屋根のアトリエ調や年季の入った木造洋館…戦前からの別荘地らしい建物が目にとまる。こういうクラシックな洋館探しをするのも葉山散歩の醍醐味といえる。
 森戸の海際には森戸神社という立派な神社が置かれているが、松並木の参道の一角にサーフショップが店を開けているあたり、いかにも湘南らしい。

 漁港のある真名瀬(しんなせ)の先の芝崎から再乗車したが、相変わらず車中は夏着の若い男女グループでムンムンしている。右手に葉山御用邸の重厚な塀が続く、山側の道との合流点に葉山の終点がある。下山橋の脇にバスの折返し場があるけれど、このあたりの雰囲気はおよそ40年前の大学時代とほとんど変わっていない。森戸神社の境内。雲ひとつない青空をバックにした写真は、悪天候での撮影が多い東京深聞にとって貴重なショット。 ゆるやかなカーブが続く道をゆく、ダイナミックなバスの姿を激写する二人。

 大学で入っていたサークルは、この先の長者ヶ崎海岸の一隅でキャンプストアーと称する模擬店を夏の間、運営する。店内には簡素なステージがあって、例年新人歌手のキャンペーンが仕込まれたりするのだが、僕がそういう催物の係を任されていた大学3年の夏、デビューしたばかりの大場久美子がやってきた。若いマネージャーと2、3人の取り巻きをつれてバスに乗ってきた彼女を、この折返し場の所で出迎えたことが忘れられない。そして、すぐ向こうの横道に見える「山海亭」という小さな食堂の佇まいも当時のままだ。
 いまは「葉山海岸通り」の表示が出ている国道134号をちょっと行くと、石垣の間の階段を上った所に学生時代、寝泊まりしていた合宿所があった。荒れ果てた神社の境内に置かれた町の古い公民館を借りていたのだが、行ってみるとこの建物もそのまま残されていた。開いた玄関戸から、そっと奥を覗き見ると、なんと短パン姿の若者が1、2人、汚ならしいフトンの上に寝転がっている。気味がわるかったので声はかけなかったけれど、後輩の学生に違いない。しかし、この合宿所の建物、40年前に既にオンボロだったのに、よくもっている…。

リアル「家政婦は見た」を発見!バスを待つ間、あまりの日差しの強さに日陰へ避難するなかむら画伯。 泉さんが大学時代に泊まりこんだ合宿所。40年前と変わらぬ姿で、今も現役なもよう。
2016年
(平成28年)
09月14日
(水曜日)

海の家で飲むラムネは、まさに至福の一杯!

 葉山公園へ行く横道に入っていくと、やがて雑草が繁った海岸の入り口に出くわす。キャンプストアーは、まだ開かれていた。とはいえ晩夏の平日、お客は僕ら4人だけ。ジンジャエールを注文してウエートレスの仕事をする女子部員に、サークルのOBであることを告げて「1977年、39年前の夏…」というと、ポカンとしている。もう、その古さもはっきりしない世代なのだ。
 沖に向かって堤防が突き出し、右手の方角に逗子から鎌倉、江の島へと向かう海岸線が望める…この景色もなつかしい。そちらを背景に記念写真を撮ろうとしたとき、昔、同じような午後の時間に大場久美子ちゃんと海を背に撮ったスナップが、逆光で黒ずんでしまったことを思い出した。

雑草が茂った道をゆくと、その先に広がる一面の海。思わず「海だー!」と叫びたくなる一瞬です。
かつて泉さんが働いていたという慶応大のキャンプストアーを発見。 キャンプストアーでしばし休憩する取材班一同。ジョッキで飲むラムネがこの上なく美味しいということを知りました。
イエズス孝女会修道院の大正モダンな洋館を訪ねる

 青春時代の思い出の海景色があまり変わっていなくてホッとした。ここで紀行を終えてしまうのは、ちょっとセンチメンタルなので、最後にもう1箇所訪ねてみよう。御用邸の前の停留所で、こんどは山側の方へ行く逗子駅行きのバスを待つ。旧役場前、葉山大道の丁字路を過ぎて、向原のバス停で降車。葉山散歩の醍醐味は古い洋館探し…と書いたけれど、この通りに門を開けた「あけの星幼稚園」の奥に「イエズス孝女会修道院」の素敵な洋館が保存されている。
 修道院の事務所を訪ねると、修道院らしい独得の雰囲気を漂わせた老女が現れて、「院長がさっき出掛けちゃったのよ、どうしようかしら…」と少々迷いながらも、鍵をもってきて奥のクラシックな建物へと案内してくれた。

イエズス孝女会修道院の洋館内部へGo! 突然の訪問にも快く案内していただいたことに感謝です。 修道院の洋館内部。現在は老朽化が進んでいることもあり、普段は開放していないそう。

 幼稚園の裏手に建つ白塗りの壁と渋い赤屋根が印象的な木造洋館は、そもそも大正3年(1914年)に東伏見宮の別荘として建設されたもので、戦後、イエズス孝女会の修道院として使われるようになった。一時期、取り壊しが決まっていたこともあって、正面のポーチを覆い隠すように幼稚園が建てられてしまったのが景観的には残念だが、横からの眺めも充分美しい。館内も、2階に東伏見宮が利用していた畳間が残されていたり、応接室にマントルピースの名残りがあったり、和洋折衷のセンスが見てとれる。
 こういう環境にいると、ふと長野あたりの遠方の避暑地を訪れたような錯覚をおぼえる。すーっと吹きぬけてきた風が、心なしか涼やかに感じられた。

洋館は天井も高く、とにかくオシャレな雰囲気。和洋折衷な作りはインテリア雑誌の世界に入り込んだようです。 最後は洋館をバックに記念撮影で締め!お疲れ様でした。
※修道院の見学は事前に問い合せをお願いいたします。イエズス孝女会修道院 046-875-0459


イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。