2016年
(平成28年)
10月12日
(水曜日)


ホンモノの東京新聞はこちらから


 六本木や赤坂のあたりを歩いていると、時折「ちぃばす」というコミュニティーバスやその停留所に出くわす。表通りから外れた裏道に入っていくようなルートもあって、なかなか興味をそそる。調べてみると、港区全域にわたって10以上の路線が組まれているようだが、今回は〈麻布西ルート〉と〈麻布東ルート〉に乗って、麻布のディープ地帯に足を踏み入れようと思う。

 2路線とも循環式のルートなので、どこから乗車してもいいのだけれど、集合場所は麻布十番にした。ここから〈西ルート〉に乗るつもりだが、その前にちょっと十番の町を散策しておこう。 

 地下鉄が2路線中継するようになって、人通りもどっと増えた麻布十番商店街、そもそも十番の地名は元禄時代、いまの自然教育園の敷地に松平讃岐守の御殿を建てるため、古川ぞいに設けられた工事の人たちの飯場の号数に由来するという。そして、商店街西方の山の入り口には善福寺という東京屈指の古刹がある。

善福寺の周辺は近代化されたビル群。対称的な建物が混在しているのが都心らしい風景。

 町のおこりは古川の方に出た馬市という説も聞くが、当然この善福寺の門前町の性格もあるだろう。昭和30年代頃まで、寺の門前の旧網代町の一角に料亭や待合が集まる花街も存在した。

 平安時代の824年、弘法大師こと空海が高野山に見たてて麻布山に開いたとされる善福寺、当然始まりは真言宗だったが、鎌倉時代にふらりと訪れた親鸞が浄土真宗に改宗。境内にはその親鸞がついた杖が源…なんて伝説のある古木・逆さイチョウが植わっている。ちなみに、参道入り口の柳の木の下の井戸には、空海が杖を立てたところから水が湧き出た…なんて由来が記されていたから、両者に気を遣ったのだろう。

 逆さイチョウのすぐ目の前に越路吹雪の碑が置かれていたが、ここにわが母校・慶應義塾の福沢諭吉先生の墓もある。本堂の向こうに聳え立つ高級タワーマンション・元麻布ヒルズとのコントラストが印象的な景色を描き出しているが、これからバスに乗って、そちらの方へ向かうのだ。

樹齢750年といわれる善福寺の境内にある“逆さイチョウ”。

2016年
(平成28年)
10月12日
(水曜日)

8ルートあるので、思ったよりも気軽に乗れる“ちぃばす”

 大通り(最近、麻布通りと名づけられた)の一ノ橋際の停留所で、広尾方面へ行く麻布西ルートのバスを待つ。ところで、このすぐ近くに「日本切断研究所」というインパクト満点の看板を掲げた物件を見つけた(ショーケースに、切断された様々な物品が展示されている)。

 白地に可愛らしいイラストがちりばめられた「ちぃばす」は、二ノ橋の所を右折、仙台坂を上っていく。さっき善福寺の向こうに見えていた元麻布ヒルズを右手に、麻布グランドの横を通り過ぎると愛育クリニック。いわゆる産科の名門・愛育病院だ。オナカが目につく妊婦さんが乗り降りしていたが、マタニティースタイルもどことなくリッチに見える。

 有栖川公園の緑を左手に木下坂を下ると広尾の駅前。ここで運転手さんが男性から女性に交替したが、大きなオナカのお母さんに連れられた坊やが、降りていった初めの運転手さんの行き先を窓からずっと目で追っていたのが印象的だった。バス好きの男の子はこういうのが気になるのだ。

 バスは天現寺橋の交差点を左折して光林寺。この寺は、先の善福寺にアメリカ公使館が置かれていた幕末、ハリス公使の通訳をしていたヒュースケンという男が近くで薩摩藩士に刺殺され、葬られた墓所として知られる。その先の一方通行路の入り口に差しかかったとき、こんなアナウンスが流れた。「この先、大きく左に曲がり、急な坂を上ります」

走る姿も可愛い「ちぃばす」の勇姿。複数経路があるので、想像よりも頻繁に走っていました。

 うーん、バス好きは思わずワクワクする。バスは狭隘な新坂を上って、少し道幅が広がった所に僕らが降りる「本村小学校入口」の停留所が設置されていた。ぐるりと迂回してきたので、もうほんのちょっと先は、1度通過した仙台坂上のあたりだ。

 降車して、ちょっと新坂の方へ後戻りした所の立派な石塀の角を左に曲がる。武家屋敷のような塀に囲われたブロックには、現在フィンランド大使館と有栖川清水という料亭が建っているが、戦前は華族の鷹司家の邸宅、戦後は藤田観光の富士ホテル、麻布プリンスホテルなどに利用されてきたハイソな場所なのだ。

 歩いていくと、そのうち右手に区立の本村小学校、そして見落としそうな路地の口の電柱に〈つり堀 衆楽園 ここ入る→〉なんて看板が出ている。入っていくと、どんづまりに野天のつり堀・衆楽園がひっそりと門を開けている。

思わず目を引く「日本切断研究所」の看板。『あらゆる切断に挑戦する』の文字が頼もしい! ショーウィンドウに飾られるのは文字通り切断された諸々。硬い金属はもちろん、ガラスや陶器といった割れやすいものキレイに切断されている!
2016年
(平成28年)
10月12日
(水曜日)

都心の片隅で、ひっそり営む老舗の釣り堀登場!

 僕がこのレアなつり堀の存在を知ったのは90年代の頃、その後何度か立ち寄っているけれど、素朴な佇まいは変わっていない。周囲にもさほど高いビルはなく、坂上側に崖地を覗かせて、寺の墓地が広がっているのがいい。

 昭和の初めに開業したというこの店、昔は井伏鱒二みたいな老主人(2代目だったか?)が小屋にいて、「はじめは湧き水の池だった」なんて話を伺ったおぼえがあるけれど、昨年亡くなった…と、若い女店主(娘さんか、あるいはお孫さんか?)が教えてくれた。

 魚の主体はヘラブナ。1時間・600円から。僕は昆虫採りには自信があるが、釣りは全くの下戸で、これまでここで一度も釣りあげた試しはない。しかしまぁ、久方ぶりにちょっとトライしてみよう。
 ところでこのつり堀、環境はのどかでいいが、そういう場所ゆえヤブ蚊が多い。品書きにも掲げられた蚊取り線香を買って、池の一角に陣を備えた。

釣り堀の説明板にしっかり目を通す泉さんとなかむら画伯。

練りエサをこねこねして釣り針につけている二人。

ちょうど対岸で、僕らより前から七十くらいの老人が糸を垂れているけれど、どうも成果は芳しくないようだ。

  妙に緑っぽい色合いの練り餌を針にくっつけて、糸を放つ。しかし、魚は目に見える浅い所にけっこう群れていて、針が沈んでウキが水面に整う以前にパクっ と餌を食い逃げされてしまう。僕となかむら画伯は全くやられっ放しだったが、編集のT君はひと頃までつり関係のコーナーを担当していたらしく、馴れた感じ で指示を出す。
「もっと早く、ウキがビクッとくる瞬間にスッと手前に引く…」

 手本を見せようと、つりざおを手にしてまもなく、あっさりヘラブナを釣りあげた。彼の姿がこれほど頼もしく見えたことはこれまでにない。
 僕も1匹ぐらいゲットしたかったものだが、例のごとく空の雲行きもあやしくなってきたので、引きあげることにした。

餌をチェックしたら、やっぱり食べられていた…ヘラブナはなかなか難しい釣りなんです。 担当者のT氏が釣った小型のヘラブナ。「あたりを感じたとき、竿を上にあげるのでなく、後ろに引くといいですよ」
2016年
(平成28年)
10月12日
(水曜日)

ぐるりと回ってきたら素朴な商店街で一休み

 仙台坂上まで歩いて、来るときと反対方向のバスを待つ。このあたりは、衆楽園と反対側の一角(マンションの敷地内)にも、がま池という古い池が残されている。つまり、丘地の間に水の湧く窪地が入りくんだような地形、ということなのだ。

 六本木ヒルズのメインストリート、六本木けやき坂の停留所で麻布東ルートのバスに乗りかえる。すぐ目の前はヴィトンのブティック。バス停の前にスーッと 黒いベンツが横づけされると、ヴィトンから出てきた見るからにセレブな女が執事みたいな男にサポートされて、後部席に乗りこんでいった。

 乗車したバスは、六本木ヒルズ内の地下通路をぐるりと回ってからけやき坂を下り、少し先の急峻な鳥居坂を上る。麻布のちぃばすは、坂道の上り下りが一つ の名所といってもいいだろう。

けやき坂からみた六本木のランドマークである六本木ヒルズ。建設中は6丁目とかけて“ロクロク”なんて呼ばれ方をしていました。

ロアビルの所で外苑東通りに出て、飯倉片町から首都高ぞいの坂を下って、一ノ橋手前で東麻布の方へ入っていく。

 麻布いーすと通り、と通りの名前を付けたバス停で降車した。この辺はかつて森元町といわれた飯倉台地下の古い町で、島崎藤村の昭和初期の随筆「飯倉附 近」などにも描かれている。自動車部品の町工場、そば屋、八百屋、クリーニング屋…ちょっと先に東京タワーが見えるあたり、あの「ALWAYS 三丁目の夕日」の舞台をふと彷彿させる。素朴な商店街に見つけた「にしむら」という喫茶店で一服。老夫が切り盛りする店だが、鎌倉山のチーズケーキをわざ わざ入れているあたりシャレている。

 バスはこの先、東京タワーから増上寺を迂回して、六本木の方へ進んでいくようだが、今回のバス乗りはここで打ち止め。ところでこの「ちぃばす」、運転席 後ろのパネルに日本語の他、韓国語、中国語で停留所が表示されるのだが、麻布いーすと通りの中国語名が妙に気に入ってしまった。

 麻布东路――上海や香港の裏町っぽくて、なんかいいんだよね…。

麻布十番とは違い、素朴な雰囲気が残る商店街。とりあえず休憩できそうな喫茶店を探索中。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。