2016年
(平成28年)
11月9日
(水曜日)


ホンモノの東京新聞はこちらから


 吉祥寺は前に北口から大泉の方へ行く西武バスに乗ったことがあるけれど、今回は南口。西武バスと関東バスが目につく北口に対して、こちら南口は小田急バスの独壇場、しかも駅を出た目の前の狭い一方通行路に次々と入ってくる光景がおもしろい。

 乗車しようと思っている深大寺行きのバスも、当初この狭い所に乗り場があるのかと思ったら、ここは通勤ラッシュ時の降り場専用のようで、正式のバス停は井の頭通りに並んでいる。深大寺行きの出る6番乗り場の真ん前はドン・キホーテ、当日はハロウィーンの少し前ということもあって、オレンジ色のカボチャグッズや仮装マスクがずらりと陳列されていた。

 ところで、次々とやってくる小田急のバス、関東バスより少し深い赤帯の塗装は昔から変わらないが、僕が子供の頃はボディーの真ん中に銀の犬のエンブレムが張り付けられていた。いまも貸切バスには犬エンブレムが使われているようだが、路線バスから消えたのはちょっと寂しい。

集合場所はJR「吉祥寺」駅の南口方面。反対側の北口は西武バスや関東バスの乗り場になっている。
南口駅前の通りを抜ける小田急バス。

 さて、乗車した深大寺行きのバス、吉祥寺通りに入って井の頭公園の緑のなかをぬけていく。車内はけっこう若い人が多い。玉川上水に架かる万助橋を渡ると、左手の森のなかにジブリ美術館が見えてくる。いかにもジブリファン…と読んでいたフワッーとした感じの女性2人組は、手前の万助橋バス停で降りてジブリの建物の方へ入っていった。

 やがて、バス停に下連雀の名が続くようになってくる。神田須田町のソバの「まつや」や「やぶそば」、「いせ源」や「松栄亭」などの歴史深い料理店が密集する一角を“連雀町”と昔の町名で呼ぶ人がいるけれど、三鷹の下連雀や上連雀は明暦の大火で焼け出された神田連雀町の人々がこのあたりに移住したのに由来する。

 バス停にあるNTTデータビル(ここは昔、プリンスや日産自動車の工場で社会科見学のメッカだった所だ)を過ぎると、杏林大学(病院も)をはじめ、アジア・アフリカ語学院、消防大学校と、マニアックな学校が続く。野ヶ谷の谷合いの道をぬけて、神代植物公園の方を迂回するようにして御塔坂上から深大寺の森へ入っていく。

吉祥寺駅南口の小田急バス乗り場。今回の深大寺方面はドン・キホーテの前が発着駅。
2016年
(平成28年)
11月9日
(水曜日)

深大寺の名水で打つソバに舌鼓!

 深大寺というと、すぐにソバ屋へ直行する方も多いだろうが、まずはその本山を訪ねよう。奈良時代の天平年間開山とされる武蔵国の古刹、建物の多くはその後建て替わったが、山門は江戸の元禄年間(1695年)からのもので、年季が感じられる。本堂、大師堂、釈迦堂、鐘楼などが配置された境内は案外コンパクトだが、所々を流れる湧水の小川が目にとまる。いまどきの武蔵野ではかなり豊かな流れだが、さすがに多少はポンプ回遊などの人工的な仕掛けを施しているのかもしれない。

 そして、そういう環境をうまく利用して、境内周辺には野趣な佇まいのソバ屋が何軒も散在している。マップで一見して、20軒くらいあるだろうか。そもそも江戸時代、寺が参詣客のもてなしに振る舞った、将軍家光が鷹狩りの折に寺で出されたソバを気に入った…とか、由来には諸説あるようだが、なんといっても水の良さが深大寺ソバのウリモノだった。

深大寺への参道は、趣のあるソバ処やお土産やさんが立ち並ぶ。
深大寺にお参りする撮影班。深聞の撮影ではお参りが恒例企画になりつつありますね。

 僕らが入った「一休庵」は、玄関先の小川に水車が回り、ガラス張りの一室で職人がソバ打ちする様を見せている、なかなか本格派の店。一休の屋号に合わせて、小麦粉1、ソバ粉9――の割合の一九ソバってのを看板メニューにしている。まずまずの味だったが、さすがに材料のソバをこの辺で作っているわけではない(水生植物園内に観光目的のソバ畑はあるが)。それとなく伺ってみると、福井あたりの産地のものが多いという。「でも、使う水はここの湧き水ですよ」
 店員さん、自信たっぷりにいった。

深大寺の代名詞ともいえば豊富な湧き水。ソバ屋の前に備えられた水車が風情を出している。

 深大寺の湧水については、愛読する松本清張もよく小説のなかで描写する。とくに有名なのは「波の塔」。不倫する青年検事と年上の令夫人のデートソーンで、東京の隠れ里めいた深大寺付近の景色が効果的に描かれている。2人はソバを味わい、雑木林を歩いて神代植物公園の方へと散歩するわけだが、小説は昭和30年代中頃に書かれたものだから、あたりはいまよりもずっと草深かったのだろう。草深い深大寺周辺は、清張作品の殺人現場の定番地でもある。

当然ながらランチは深大寺でソバ。平均年齢が高めな取材班は、天ぷら盛り合わせをシェアするくらいが丁度よかったりする。
2016年
(平成28年)
11月9日
(水曜日)

季節の花が咲き乱れる“神代植物公園”を探訪

 僕らも境内の裏山の方を通って、神代植物公園へ向かった。途中、とある駐車場に「波の塔」の時代に発売された初代ブルーバードがぽつんと駐まっていた。

神代植物公園は確か幼稚園の遠足で初めて行った記憶があるが、昭和36年秋の開園というから本当にできてホヤホヤの頃ということになる。郊外の新宿御苑、といった感じの園内は、さくら園、あじさい園、つつじ園、しゃくなげ園…と何種もの植物のブロックが置かれて、季節ごとに花が愉しめる仕組みになっている。かえで園というのもあったから、この文章がアップされる頃にはそろそろ紅葉も始まるかもしれない。

東京都立神代植物公園。入園料は大人ひとり500円。

 取材当日のメインは、ばら。噴水まわりに設えられたばら園に、デスティニィ、ブルーリバー、プリンセスミチコ、天津乙女…

 和洋折衷の名を付けた様々なばらが花を咲かせている。その先にダリア園を見つけたとき、編集担当のT君の目がキラリッと輝いた。
「夢色ダリア、ありませんかね?」

 なんでも一枝に異なった色柄の花をつけるダリアらしい。その名を掲げたダリアは見当たらなかったが、思わぬところで彼がダリアマニアであることを知った。

公園の噴水まわりに設けられたばら園にて。様々なばらが満開とはいかずに、ややまだらに咲き乱れていた。
あまり意識してみたことのなかったダリアも、改めて鑑賞するとさまざまな品種があって実に興味深い。

 植物公園を西側の正門から出て、大沢の天文台の方へ行く横道に入った。この辺は、広い庭で園芸植物や植木を作っている家が集まっている。そう、「波の塔」の2人も深大寺からこの付近を歩いて天文台の方へ行っているから、半世紀前に清張も歩いているに違いない。

 園芸農家が途切れた先には、芝生の庭でバーベキューパーティーなんかやりそうな、アメリカナイズされた住宅が並んでいる。そんな一角に「伯母」という珍しい表札のお宅を見掛けた。ここの家のオバさんは、オバさんのオバさん、ということになるのだろう。

植物園でひときわ人気を集めていたのは食虫植物のウツボカズラ。中身はあえて掲載しませんけど…。
2016年
(平成28年)
11月9日
(水曜日)

古き良きSF映画の世界に迷い込む? 国立天文台を散策!

 国立天文台も深大寺の方から続く、国分寺崖線の丘陵の一端に存在する。もう僕の子供時代から東京の天文台といえばここだったが、三鷹の外れに移設されたのは関東大震災後の大正末年のことで、それ以前は麻布台のロシア大使館の裏手にあった。前回行った東麻布界隈の崖上に存在したのだ。

1921年(大正10年)に作られた第一赤道儀室。ここでは1938年から実に61年間もの長きにわたり太陽の黒点観測が行われていた。

 豊かな森に囲われた敷地内には、開設当初からの建造物、さらに遡(さかのぼ)って麻布時代から使っていた観測装置なども残されている。僕は決して天体に明るい人間ではないけれど、コンクリート棟にドーム型の屋根を載せた古建築群を眺めるだけでもおもしろい。深い森のなかに点在する環境も神秘性に拍車を掛けている。

 特撮映画の愛好者として、三鷹の天文台というと、大映の初期特撮の傑作とされる「宇宙人東京に現わる」を思い出す。僕が生まれた昭和31年初頭の公開だから、もちろん初見したのは後年のことだが、東京に襲来するパイラ星人という宇宙人たちに、川崎敬三演じる観測士たちが三鷹の天文台を根城に立ち向かう。星形に大きな一つ目のパイラ星人、若き岡本太郎がデザインしたことでも話題になった。  映画の天文台はさすがにセット主体のようだが、歴史館として資料展示されている大赤道義室の館内の様子はどことなく似ているから、ここをモデルにしたのかもしれない。

第一赤道儀室に備えるけられた天体望遠鏡。

 ちなみに、敷地内の物件で妙に気に入ってしまったのが、草っ原の窪地にぽつんと置かれた“子午線標”という小屋。どうやら、近くの自動光電子午環という建物と連動したもので、小屋内に観測で使う“光源”が収められていた…らしいのだが、これを書いていてもその理屈がよくわかっていない。

 ともかく、草原のなかの子午線標のあたりには、パイラ星人が飛来してきてもおかしくないような摩訶不思議なムードが漂っていた。

「アインシュタイン塔」の愛称で知られる太陽塔望遠鏡。残念ながら現在は内部の公開はされていない。
広い原っぱにポツンと置かれた巨大な百葉箱のようなものに興味津々の泉さん。その正体は“子午線標”とのことですが…。
子午線標の小屋の前で天体を見上げるポーズのふたり。視線がズレているのは愛嬌。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。