2017年
(平成29年)
1月11日
(水曜日)


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 池袋の西口から中野の北口へ行くバスが走っている。このバスは僕が子供の頃から愛用していたなじみの路線で、途中の目白通りのすぐそばにわが実家があった。今回はこの思い出のバスに乗ってみようと思う。

 池袋西口のバス乗り場。僕が本当に幼い頃は、まだすぐ脇にバラック建のマーケットが残っていて、薄汚いショーケースのなかにマムシがウヨウヨいるヘビ屋があったのを思い出す。それともう一つ、近くにホウジ茶を炒り売りする茶舗があって、バス待ちをしているときに芳しい匂いが漂ってきた。

今回の旅の出発地点は池袋駅の西口側。

駅前から要町へ向かう左手の、ひと頃まで芳林堂書店が入っていたビル前の乗り場はしばらく変わっていない。そして、この路線は昔から緑色の国際興業と赤い関東バスが共同で走っている。

 赤が来るか、緑が来るか…子供の頃、弟と当てっこをしていた記憶があるが、やってきたのは赤の関東バス。あの頃とくらべて2倍くらいに広がった要町通りを西進、昔は祥雲寺坂下といった要町駅前の交差点で、さらに2倍ほど広い山手通り(環六)を左折する。西武池袋線の椎名町の陸橋を越えて、目白通りを右折。アーケードの商店街が続く南長崎二丁目でバスを降りた。

到着したのは赤い関東バス。
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漫画界で数々の伝説を生み出した"トキワ荘"縁の地を訪ねる

 目白通りから旧道(少し先から千川通りとなって練馬方面へ続く)が枝分かれしている所に交番があるけれど、これは通称・二又交番と呼ばれている。その右側に口を開けた旧道商店街は、ここ数年"トキワ荘通り"の名が定着した。ちょっと行った先に、手塚治虫を筆頭に戦後の人気マンガ家が集まって生活していたアパート・トキワ荘があったのだ。

 入り口にある薬局の御主人は僕と幼稚園の同級生だし、いわゆる地元の商店街なのだが、トキワ荘に藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐや赤塚不二夫が暮らしていた当時、その存在は地元でもまるで知られていなかった。トキワ荘はもはやないけれど、この商店街、昭和30年代調の店屋が本当によく残っている。小店が集まったマーケットが2軒、大衆食堂、わが東京新聞の年季を感じさせる販売所もある。トキワ荘の資料館「トキワ荘通りお休み処」に利用されている建物も古いが、ここは昭和元年建築の米屋の跡らしい。

「トキワ荘通りお休み処」には、トキワ荘関連グッズがずらり。当時の作品を無料で読むことも可能です。
当時のトキワ荘の部屋ををイメージして再現したもの。焼酎とサイダーの瓶で「チューダー」も再現されている?

トキワ荘が建っていた場所は、現在「日本加除出版」という法律系の専門書を作る出版社になっているが、少し先の公園(南長崎花咲公園)にトキワ荘を実寸で再現したミュージアムを作るプランが進んでいる…と、資料館の女性から伺った。

 その公園(いまもトキワ荘の案内板などがある)の角を左折して、目白通りに出ると、このあたりは正にわが実家の御近所。生家跡をチラ見、落合南長崎駅前の交差点を過ぎた先の自性院――通称・猫地蔵でなかむら画伯と合流した。
 あれ?彼女産休に入ったのでは…と毎回の愛読者は思われるかもしれないが、画伯のお宅もこのすぐ近くということで、ちょっと顔見せにやってこられたのだ。太田道灌を救った猫の地蔵を祀ったというこの寺、佇まいは昔とかなり変わってしまったけれど、僕が虫採りの定番ポイントにしていたなつかしい場所なのだ。

猫地蔵の前で産休中のなかむら画伯と合流。撮影コースがご近所ということで、顔を出してくれました。
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街中に突如現る、京急電車の車両?!

 猫地蔵の北門の先、バスが走る新青梅街道から分かれて直進していく道に入っていくと、やがて左手に赤い京急電車が止まっている。268の番号を刻んだ、デハ230形というかなりクラシックな車両。これは横の<ホビーセンターカトー>という鉄道模型のメーカーの一種の看板オブジェとして飾られているようだ。

 予めアポを取って、会社の人になかをちょっと案内してもらうと、1,2階フロアーを使って、NゲージやHOゲージの鉄道模型や部品が陳列されている。山や川、街や駅を表現した精密なジオラマがいくつか置かれ、操作体験ができるようなコーナーもあるから、これはちょっとした鉄道博物館である。ちなみに、門前の京急電車は創業者の前会長(加藤祐治氏)がお気に入りだった車両で、70年代終わりに大師線で廃車になって売りに出されたものをゲットしてきたらしい。この加藤前会長、昨年11月に他界されたばかり、ということで、京急車両の傍らに献花台が設けられていた。それほど鉄道模型ファンに愛されていた人なのだろう。

 この社の方から情報を聞いた、近所の洋食レストランで昼食を。

街中に突如現る赤い京急電車の車両。鉄道模型で有名なホビーセンターカトーの目印として展示されています。
Nゲージのジオラマが展示されている店内。
店内のショーウィンドウ。豊富なラインナップに圧倒されます。

かつて渋谷にあった力道山経営のスポーツレジャー施設・リキパレスの食堂にいた料理人がチーフコックをやっている…との話だったが、なるほど、店内の所々に猪木や馬場のレアな写真やチケット(猪木・アリ戦のリングサイド券もある!)が飾られている。ポークソテーやトルコライス…料理もレスラー級のボリューム満点で、安くておいしい。店名を書きたいところだが、その辺は内密に…ということで。

 ホビーセンターカトー前の道をずっと進んでいくと、哲学堂公園に行きあたる。妙正寺川ぞいの河岸段丘の地形をうまく利用したこの公園は、哲学の怪人博士・井上円了が自らプランニングして明治37年、ここに開設したもので、大正の初め頃にいまの形がほぼ整ったという。

 最初に置かれた四聖堂をはじめ、六賢台、宇宙館…建物の名前もいちいちおもしろい。さらに、園内のちょっとしたポイントにも、概念橋とか唯心庭とか理性島とか、哲学チックなネーミングが施されている。円了は妖怪研究にも熱を注いだ人だから、哲理門の檻の中に置かれた幽霊石像のコワさもハンパじゃない。ここ、テーマパークの原点といってもいいだろう。

ランチにいただいた長崎名物「トルコライス」。どのメニューもボリューム満点!
哲学堂のランドマーク「六賢台」。代名詞となっている「四聖堂」は残念ながら改修作業中でした…
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新井薬師から中野へと帰路につく

 随分歩いてきてしまったが、バス遊覧なのだから、そろそろバスに乗ろう。哲学堂の停留所で先の<池11>のバスに再乗車。狭い通りを新井薬師の方へと向かう。西武新宿線は駅名を「新井薬師前(あらいやくしまえ)」と付けているので、バス停も「新井薬師前駅」となる。続いて、「新井薬師口」というのがあり、次はひと頃まで「新井薬師前」だったはずだが、さすがに紛らわしいのか、いつしか「新井薬師梅照院前」と寺名まで付けるようになった。

 この梅照院が新井薬師の本体。真言宗豊山派というのは先の自性院と同じだが、ここは昔から"眼病の神様"で知られていた。小学生時代に自転車で遠征してくると、境内の真ん中に設置された線香の煙を目のあたりに引き寄せたおぼえがある。それからここ、休日の夜明け前から懐中電灯を手に掘出し物を探す、闇の骨董市でも有名だ。そう、忘れちゃいけない、僕が初めて喪主というのを務めた父の葬儀はこの寺で出したのだ。あれからもう25年も経つ。

 新井薬師は駅前のバス通りの町並みも古めかしいが、梅照院前のバス停の五差路から始まる<薬師あいロード>はいかにも寺門前の参道らしくて、散歩にいい。揚げまんじゅうの看板を掲げた和菓子があるけれど、そういえば、梅照院の本堂前で長い間参拝していた男は、まんじゅうがどうしたこうした…と聞きとれる奇妙なお経を唱えていた。

新井薬師に到着した一同。
般若心境を唱える初老の男性から目を離せない、なかむら画伯。

履物店、金物店…と、最近あまり見掛けなくなった店屋が並び、このバス旅ではおなじみのサトちゃん人形を店前に出した薬局があり、ゆるやかに湾曲する道をのんびり気分で歩いていくと、やがて早稲田通りにぶつかる。渡った右手は中野ブロードウェイ、薬師から続いてきたこに道は早稲田通りを越えて、中野駅の方まで延びている。昭和新道商店街、と掲げられているけれど、新道というより旧道の趣がある。

 池袋西口から中野へ行くバスは、梅照院前の五差路から柳通り(実際、柳の並木があって、かつて小規模の花街が存在した)を通って早稲田通りに入る。ブロードウェイの前に新井中野通りのバス停があるが、小学5,6年生の頃の僕はここで降りて、まだ真新しい雰囲気だったブロードウェイの1階から2階を飛び越して3階まで行くエスカレーターに感動しつつ、明屋(はるや)書店で愛読していた「おそ松くん」のコミックスを買い揃えた。そう、いまは館内に何店もある「まんだらけ」などのサブカル系古書店に、トキワ荘にいたマンガ家たちの若い頃の作品が、ものによっては数十万の値札を付けて陳列されている。

新井薬師への参道を通って、一路中野駅へ。
恒例になりつつある、佐藤製薬のサトちゃん。今回はコーワのケロちゃんと一緒。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。