2017年
(平成29年)
2月8日
(水曜日)


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 今月はちょっと東京を離れて、横浜のバスに乗ろうと思う。横浜にも数々の路線バスが存在するようだけど、選んだのは横浜市営バスの103系統。これは横浜駅東口を出発して、繁華街の伊勢佐木町をぬけて根岸の丘の方へと上っていく。沿線に見所も多い。

 横浜の東口からバスに乗るのは初めてのことだが、そごうの1階部に地方のバスセンター式の広大な乗り場が設けられている。7番の停留所から乗った103系統・根岸台行きのバスは、首都高下の国道1号線を戸部の方へ進む。この道は箱根駅伝のランナーたちが走るルートだ。駅伝好きの僕は数年前、何度かに分けて東京から箱根までのルートを踏破したことがあるので、沿道の風景は見憶えがある。

今回の旅のスタート地点は横浜駅の東口。市営バスのターミナルになっています。

 戸部駅の先を左折すると、道はやがて緩やかな上り坂になってきた。右手がいわゆる野毛山で坂を下ると日ノ出町。この辺は横浜の下町散楽街。ストリップ劇場らしき看板なんかも垣間見える。伊勢佐木町、長者町の商店筋を通過して、首都高をくぐりぬけると石川町の台地へ差しかかる。その先に見えてくる赤いアーチ橋は印象的だ。打越橋というこの橋、昭和3年竣工の古い陸橋でこのあたりのランドマークにもなっている。

 突きあたった所が山元町。右折した先から延々と尾根道づたいに続く商店街は、僕がドライブでこの辺に来るようになった40年前の町並みとほとんど変わっていない。山元町1丁目、山元町2丁目…とバス停を見送って、その先の山元町4丁目で途中下車した。

乗るのは横浜市営バスの103系統。目的の駅への直通は深夜バスしかないため、今回は途中で市営バスの21系統に乗り換えます。
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横浜らしい風景。日本にあるアメリカは元競馬場!?

 やがて右手に広がる緑地が根岸森林公園。今回の第一の見物ポイントは、緑地の先に見えてくる旧根岸競馬場の遺構だ。3箇所に塔屋が聳えたつ、年季の入ったコンクリートの建物は、一見イギリスの貴族の館、あるいは由緒あるスコッチウイスキーの工場…あたりの想像もふくらむが、これが昭和4年にJ・H・モーガンが設計した一等馬見所(スタンド)なのだ。まわりこんで脇から側壁を眺めると、階段状の観客席の感じがよくわかる。しかし、この物件のすぐ向こうは厳重にフェンス張りが施された米軍施設の敷地で、足を踏み入れることはできない。

横浜といったら米軍基地。異国情緒にあふれた風景です。

 競馬場と米軍。一瞬妙な取り合わせのようにも思えるけれど、わが国の競馬は幕末の横浜居留地に駐屯したイギリス人によってもたらされた。そんな発端から根岸丘陵に最初の競馬場が作られて、明治政府の外交の場としても利用されるようになっていく。戦時中、ここは軍港を見渡せる好環境地として海軍に接収され、競馬場は閉場した。こういう経緯を眺めると、米軍の敷地がすぐ脇に存在するのも時の流れ、と頷ける。

元競馬場のスタンドの裏側は公園として一般に開放されています。
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山の手と下町の混在した商店街を探索

 さっきバスで通り過ぎた山元町の商店街のあたりをもう少し細かくチェックしたいので、歩いて引き返すことにした。低いアーケードを軒先に設えた、2階建ての古い商店が並んでいる。とりわけ目につくのが、店先に品台を出した昔風の花屋。これは近くに墓地が集まっているせいかもしれない。山元町1丁目のバス停近くに素朴な旗のれんを掲げたフライの店は、バスの車窓越しに気になっていた所。ここは隣も庶民的なお好み焼き屋で、なんとなく関西の下町っぽい。しかし、坂上の尾根道にこういう下町風の商店筋が存在するのが横浜の面白い点だ。

商店会の裏手は尾根道に。山の手と下町が混在する横浜らしい風景。

 この山元町1丁目で、横道を曲がってくる市電保存館行き(21系統)のバスに乗りつぐプランがある。バス待ちの間、向かいのフライ屋で買い食いすることにした。串かつ、コロッケ、ポテト、アジ、ハム…どれもほぼ1本百円前後、窓際の鍋でオバチャンがひとりでフライを揚げている。T君たちスタッフはコロッケ、僕は牛もつ(¥80)を注文。牛もつは関西風にホルモンを揚げたようなのを想像していたら、レバーフライに近いものだった(品書きにあった「ちくわサラダ」ってのも気になったが、取材後に中華街へ出る予定があったのでグッとガマン)。

香ばしい匂いに惹かれて、ついつい買い食い。これぞ散歩の醍醐味ですよね。
「牛もつ」のフライに思わずニッコリ。レバーフライに近いものとのこと。
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リニューアルされた市電保存館を訪ねて

 市電保存館行(桜木町発)のバスは、しばらくさっきの道を進んで、根岸森林公園の先から不動坂を下る。この不動坂入り口の左手に見える「ドルフィン」こそ、ユーミンの唄(「海を見ていた午後」)で有名になったレストラン。僕はまさにユーミン曲に触発されてドライブで立ち寄った世代だが、その後何度も取材で訪れているので、今回はやり過ごす。

 くの字を描くように坂を下りると、低地の海岸通りに出る。根岸の駅前を過ぎて、磯子警察の前で右折、禅(ぜん)馬(ま)なんていう古地名の停留所を通過して終点の市電保存館前に着いた。

 敷地の半分くらいが市営バスの車庫に使用されているこの場所は、もともと横浜市電の車庫だった所。1972年の3月をもって、市電は全線廃止され、翌年に保存館が開館した。

館内には懐かしい歴代の車両が展示されています。

車内の内装が木製だと、レトロな上にオシャレな雰囲気に。

こういう電車のミュージアムとしては、立ち上げが早い方だろう。

 往時の市街を走った7両の電車(1両はキリンビール工場で使っていた無蓋貨車)が、きちんとメンテナンスを施されて並んでいる。500型、1000型、1100型…昭和初期製の古い車両の保存状態もとてもいい。ちなみに廃止された72年3月の翌月から僕は神奈川の高校に通うようになって横浜の友人もできた。つまり、もう少しズレていたら、これらの市電に乗る機会があったのだ…と思うとなんとも惜しい。路線図を見ると、バスで通りがかった野毛坂から伊勢佐木町、打越橋をくぐった山元町の突きあたりの所まで「3系統」の市電が走っていたのだ…。

 市電運転のシミュレーション、鉄道ジオラマ、横浜の町の歴史…車両以外の展示コーナーもなかなか充実している。

市電運転のシミュレーションを体験する泉さん。なかなか豪快な運転でした。
撮影時はリニューアル工事中だった展示ブース。展示内容の充実ぶりに、泉さんも興味津々。
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まるで某有名アニメ映画の風景!?似ているけど実は違いました……

 ところで、この市電保存館の周辺に散策してみたいスポットがいくつかある。西方の滝頭(たきがしら)にかけての町並みは、地図で見ても狭い道が入りくんだ下町風なのだが、一角に丸山市場という戦後マーケットの面影を留めた場所が残っている。「丸山市場」と素朴な看板が出た入り口を見つけて、洞穴のような通路を進んでいくと、シャッターを閉ざした店のなかに数軒が店開きしていた。ローカルな演歌歌手のポスターがいくつも張り出された魚屋を見掛けたが、ここが噂に聞く美空ひばりの生家の流れをくむ店かもしれない…。

 さてもう一軒、市電保存館の係の人から聞いた「柳下邸」という古民家を訪ねたい。古い横浜市電を眺めつつ、僕がジブリアニメの「コクリコ坂から」に描かれた市電風景の話をしかけたとき、あの映画に描かれた洋館を思わせる家がある…と教えてくれた。※実際にはモデルではありません。

 その柳下邸が保存された根岸なつかし公園の場所は、堀割川東方の下町(しもちょう)。昔の市電停留所があった根岸橋から川を渡って横道に入っていくと、坂下疎開道路なんていう表示板が立っていた。

昔なつかしい小店が集まったマーケット。戦後はこういったマーケットが随所にありましたね。

その道は割合と広い幅だったから、戦時の建物疎開(空襲の延焼を防ぐために家を先に打ち壊す)で出来上がった道路なのだろう。

 柳下邸の住所は“下町”とはいえ、下の道から石段を上った根岸の丘の斜面に建っている。入母屋や書院造りの日本家屋の端っこに三角屋根の洋館を付けた、一見して和洋折衷の印象的な館である。「公園」の名義になっているので、ふとどこかから移築された建物か? とも思ったが、係員に尋ねたところ、正真正銘、もとからここにあった大正時代築の家(洋館部は関東大震災後の築という)らしい。

 この家の主、柳下氏というのは明治初頭、銅鉄取引商と銘打つ金属の輸入業で潤った人物という。細かいことはわからないけれど、港の外国人相手の商いが想像される。

 根岸台地の西端にあたるこの場所、いまは高架の根岸線や工場、マンションに隠れて海は望めないが、大正や昭和の初めはさぞや素晴らしい眺望だったことだろう。そう、位置的に背後の山の方から競馬場の馬の蹄音や歓声も聞こえてきたのかもしれない。

「コクリコ坂から」に出てくる洋館に似ていることで話題となり、今でも「コクリコ坂から」のファンが訪れるそう。

イラスト:なかむらるみ

泉 麻人

泉 麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。



泉 麻人
なかむら るみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。