ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > サウスディープな町からノースディープな町へ

2017年(平成29年)3月15日(水曜日)

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 意外な町を結んでいる路線バスというのがいくつかある。高円寺から赤羽に行く路線もその一つだろう。もっともこれは環七をほぼ一直線に進むルートだから、脇道に外れたり、クネクネ曲がったり、というおもしろさには欠けるけれど、高円寺と赤羽――サウスディープとノースディープな町の観光を楽しむことができる。
  さて、高円寺からバスに乗ろうと思うのだが、だいたいいつも出発点の町の案内がおろそかになる傾向があるので、集合場所を丸ノ内線の新高円寺にして、ここから高円寺まで歩くことにした。
 高円寺駅へ向かうルック商店街は、2階建てレベルの古い店が割合と良く残っている。新宿圏の老舗スーパー・三平ストアを過ぎると、やがて交差点の向こうに「フヂヤ薬局」の印象的な建物が見えてくる。傾度のきつい三角屋根を載せたアトリエ調の洋館が西郊の杉並らしい。なんでもこの建物は大正の関東大震災以前の築で、フヂヤというくらいに周辺の家が低い時代は2階の窓からよく富士山が眺められたという。そして、この店の斜向かいにもう一軒「七つ森」という古い喫茶店がある。七つ森――の看板も右から左へ読む仕立てなので、一瞬戦前の店…と思われるかもしれないが、喫茶店が開業したのはフォークブームたけなわの70年代のことで、レトロをコンセプトにした先駆けの店、といっていい。もとは「田中園」という茶舗の建物だったらしい。そういえば、ひと頃まで「七つ森」隣りの角に張り付くように建っていた「月光堂書店」って味な古本屋は消えてしまった。
 築地裏あたりでよく見る看板建築の商店が2、3軒、そういう昔の建物を使った若者向けの古着屋や実態のよくわからない店が並んでいるのが高円寺らしい。緩やかな坂を下って、往年の桃園川の暗渠を過ぎるとアーケード街に入る。キックボクシングジムやダンス教室が入った線路端のモルタルアパートの路地から市場、狭い八百屋の間の通路をぬけて北口のバスターミナルの一角に出てきた。高円寺は、駅前にまだ戦後まもない頃の町の面影が残っている。

大正時代からの建物はアトリエ調の洋館。「フヂヤ薬局」の名前のとおり、当時は建物2階から富士山が見えたのだそう。

  • 今回は珍しくバス停でなく、地下鉄の駅前から出発。バス停のある高円寺まで徒歩15分ほどの散歩でスタートです。

  • 「フヂヤ薬局」で出会った、混合のサトちゃん。日焼けも少なく、保存状態は良好でした。

  • 戦後のマーケット跡地には、飲食店がズラリ。こういった風情が高円寺の"らしさ"を形作っているのかもしれません。

2017年(平成29年)3月15日(水曜日)

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懐かしの"環七ラーメンライン"を通過!

 <赤31>の赤羽駅東口行のバスは、以前の池袋駅西口↔中野駅と同じく関東バスと国際興業バスが共同で運行している。別にエコヒイキするわけではないが、今回も赤い関東バスの方がやってきたのでコレに乗る。中央線の高架線際の道から環七に出ると、先に書いたように後はずっと直進。いや、正確には直進ではなく、なだらかに円を描くように北東方へと道は続いている。道筋はなだらかだけど、幹線道路や私鉄線といくつも交差するのでダウンヒルの勾配はけっこうある。早稲田通りを越えると野方。いまもちらほらラーメン屋の看板が見受けられるが、80年代後半、沿道の「野方ホープ」や「なんでんかんでん」(新代田)を筆頭に"環七ラーメンライン"が大ブレイクしたのを思い出す。
 豊玉は練馬区、小茂根は板橋区、中山道の大和町陸橋を通過するともうすぐ北区。このまま一気に赤羽まで乗ってしまうのもおもしろくないので、十条仲原二丁目で降りて、この辺から赤羽までたらたらと散策していくことにしよう。
 まずは環七を渡った向こう側に富士を象ったアーチ看板が掲げられた、富士見銀座の商店街に入ってみる。今回、すでに高円寺でフヂヤ薬局というのに出会っているが、この商店街も西方に富士山がよく見えた場所なのかもしれない。バスで通過した、ちょっと手前の板橋区の側にも富士見町や富士見街道の表示があった。
 背の低い昔ながらの店屋が目につく好みの商店筋だが、平日の午前11時前の時間、惜しむらくは大方の店がまだシャッターを閉ざしている。十条銀座の入り口の所で引き返してきたが、この先から十条駅にかけての界隈は"激安"をウリにした食料品や日用雑貨の商店が縦横の筋に密集している。

ようやくバス停に乗車。ここからは一気に赤羽方面へ。

  • 新高円寺から高円寺の駅前へ到着。十条も含め、このあたりは商店街に活気があるのが特徴的。

  • 十条仲原で途中下車をして歩いた「富士見銀座」。このすぐ隣は「十条銀座」と、大規模な商店街が続いている。

  • 十条仲原で出会った、今回のケロちゃんとコロちゃん。ほとんど新品といえるほど状態がいいものに出会えることは珍しい。

2017年(平成29年)3月15日(水曜日)

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傾斜の厳しい坂道を練り歩くと「富士見」の由来に納得

 環七を赤羽側へ渡って、王子第三小学校の脇道に入る。左手は上十条五丁目、右手は十条仲原三丁目、左の上十条側には崖斜面に張り付くように奇妙な形状のマンションが建ち並んでいる。道奥へ進んでいくと、やがて玉石垣の切り通しが続く坂道になって、坂下の路傍に<游鯉園の坂>と道標が立っている。
 ここ、数年前に散歩で見つけて以来気に入って、何度か上ったり下ったりしている坂道なのだが、游鯉園というのはかつて坂下の窪地に存在した川魚を食べさせる料亭のことらしい。坂上の右手、つまり玉石垣の上の一角に「どんぐり山」と名付けられた野天の駐車場があったが、戦前の地図を見ると、このどんぐり山と思しき小山の北麓の窪地に池が描かれているから、この池で養殖した鯉を食わせる料亭が畔に存在したのでは…なんて推理がふくらむ。古地図のイメージを頼りに歩いていくと、大きなお屋敷の庭に昔の名残りと思しき池が垣間見えた。
 窪地に並んだ小さな住宅の向こうに見える小高い緑地は稲付公園。公園脇の道端に野間坂の謂れ書きが立っているが、ここは講談社を創業した野間清治の別邸が建っていた所なのだ。僕は割と昔から講談社とつきあいがあるので、創業80周年のときに刊行された社史が手元にある。これによると、野間が「赤羽別荘」と呼ばれる当地を購入したのは大正6年12月のことで「新年号会議もここで開催された」とある。また大正9年の項目には、三五会という社員家族たちの園遊会が開催された…との記述もある。ちなみに当時の講談社は千駄木の団子坂に社屋がある頃で、社名に"雄弁会"と付いていたように園遊会でも演説の競い合いが行われていたらしい。游鯉園が存在したのは大正時代から昭和戦前にかけてというから、ここの川魚料理なども振る舞われた可能性はある。
 そんな野間別荘のあった稲付公園、赤羽市街を見渡せる眺めのいい場所なのだが、現在修復工事中で残念ながらなかへは入れない。
 この辺から赤羽駅方向にかけては、突き出した丘陵の端にいくつかの寺や神社が置かれているが、駅に近い丘上にある静勝寺は太田道灌が築いた稲付城が存在した地として知られる。湾曲した坂を上ったり下ったり、ちょっと方角をまちがえながらもようやく静勝寺に着いた。室町後期の1400年代後半、道灌が江戸城と岩槻城の中間の砦として築いた城というが、なるほど、駅前のビル群を取っ払えば、見張りに最適の地であることが想像できる。すぐ崖下を南北に走る赤羽西口通りも旧岩槻街道の別称をもつ古道である。
  • 游鯉園の坂を下ったあたり。游鯉園があったと思われる民家は見つけたものの、今は個人宅だったため撮影はしておりません。

  • 野間坂付近から望んだ赤羽の街並み。当時のことを思えば、別邸を建てようと思うのも納得の景観です。

  • 道中、道に迷いながらも静勝寺に到着。なかなか風情のある境内です。

 歴史スポットの散策はこのくらいにして、そろそろお昼時、東口に広がる飲食店街をめざす。とりわけにぎわっているのは北東側の一番街を中心にしたエリア。OK横丁とか明店街とか、魅力的な名前を付けた横道にも昼酒が楽しめる酒場が並んでいる。
 道角に建つ「まるます家」は昭和25年創業の老舗で、鯉こくを看板料理にしているあたり、あの「游鯉園」の系譜を思わせる。しかし、今日は妙に閑散としているな…と思ったら、惜しくも休業日だった。明店街のウナギの「川栄」も界隈の人気店だが、こちらは3、4組の待ち客がいる…というのであきらめて、やきとん、やきとりの類いの品書きを掲げたカジュアルな居酒屋に入った。90年代あたりのJポップス有線が流れるこの店は、赤羽の昼酒場でよく見るオッチャンよりも30代くらいの若い客が目につく。ノースディープのこの町も、サウスディープ・高円寺の風土に近づいているのかもしれない。
 赤羽らしくホッピーを2、3杯ひっかけて明るい街路をふらつく。向こうからやってきた仕事関係の知人に声を掛けられた。昼酒をしてそういう知人と遭遇するのはなんとなく後ろめたいものだが、この町の場合はあまり背徳感を感じない。言ってみれば、年中プレミアムフライデーなので、赤羽は。
  • 赤羽の代名詞ともいえる「まるます屋」。取材日は残念ながら定休日でした…。

  • 赤羽駅からほど近い八幡神社は、線路に接しているため、新幹線の撮影スポットとして"撮り鉄"から絶大な人気を誇るのだそう。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。