ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 奥浅草から根岸の里へ

2017年(平成29年)5月10日(水曜日)

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 上野や谷中、浅草あたりを歩いていると、明治時代の市電のようなデザインを施した、可愛らしいバスをよく見掛ける。これは「めぐりん」という愛称をもつ台東区の循環コミュニティーバス。路線図を眺めると、北めぐりん、南めぐりん、東西めぐりん、ぐるーりめぐりん、と4つのコースが設置されているようだが、今回は<北めぐりん>のバスに乗ってみたい。これは、浅草の北方から三ノ輪や根岸…と、なかなか渋好みの進路を取る。
 乗り場は浅草の松屋(EKIMISE)の東側。江戸通りに面した所にバスの塗装に合わせた赤&緑のツートンカラーの停留所がある。そう、このすぐ向かいの古いマンションビルの上階に学生時代の旧友が住んでいて、裏の隅田川で打ち上げられる花火を何度も見物に来たことがある。
 やってきたバスに乗ったのも束の間、言問橋の先の待乳山聖天で最初の途中下車。マツチヤマショウデン――と、すんなり読めるようになったのは、中年世代に差しかかってからのことだが、ここは古くからの浅草名所の1つ。周辺にビルが増えたいまでこそあまり目立たなくなってしまったが、広重の江戸の名所画などには、隅田川岸にぽこっと隆起した、小高い山の姿が描かれている。
 聖天様は江戸川区の平井あたりにもあるけれど、大日如来や観音菩薩の化身とされる。とくにここ待乳山で知られるのは大根供養。大根を供えると、聖天様が心の毒を清めてくださる、という意味合いがあるらしい。社務所の前には、お供え用の大根(1本・250円)も並べられている。ところで、今回は都合がついてなかむら画伯も久しぶりに同行。そう、出産してまもない彼女にとって"待乳山"という山号は、なんとなく縁起を感じる。
 待乳山のすぐ裏手には、今戸橋や聖天橋などの橋柱が残されている。いま遊歩道になっているところを山谷堀川が流れていたのだ。上流の方は早くに埋めたてられたが、このあたりは昭和40年代頃まで汚れた水が溜まっていた。
 小さな靴工場が目につく路地を歩いて、今戸神社に立ち寄った。境内で目にとまるのは沖田総司終焉の碑とまねき猫の絵馬や人形。とりわけ近頃は、可愛らしいまねき猫グッズのあるパワースポット、として若い女の子に人気があるらしいが、そもそもまねき猫の素材である"今戸焼"という焼き物で知られた土地だったのだ。ひと昔前までは周辺に職人がいて、今戸焼の看板を出した家もいくつかあったというが、いまは境内でも今戸焼製のまねき猫は売られていない。

今回のスタート地点は浅草の松屋前から。

  • 産休明けのなかむら画伯も合流。久しぶりのフルメンバーで取材へ。

  • 待乳山聖天ではお供え物の大根も販売されている。

  • 今戸神社の境内には、いたるところに招き猫がたくさん。

2017年(平成29年)5月10日(水曜日)

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「あしたのジョー」ゆかりの土地には、
人情味溢れる町並みが広がる

 神社前の通りを先のバスが走っている。今戸一丁目から再びバスに乗ると、おーっマニアックな細い道に入っていく。そういえば十余年前、この辺に「トロイヤン」という奇妙なスパゲッティーを出す洋食屋があった。デミグラスソースで炒めてオムレツをのっけた独特のスパゲッティーだったが、トロイヤンの正確な意味(トロイの町が発祥か?)を知るまでもなく閉店してしまった。
 橋場から滑川、この辺の町は駅でいうと南千住の方が近いが、エリアのイメージとしては浅草の奥座敷、ディープな奥浅草といったところだろう。背の低い商店が並ぶアサヒ商店街、その先の日の出会商店街を通過して、土手通りに行きあたったところの吉原大門で降車する。土手通りぞいに並ぶ、天ぷらの伊勢屋と桜鍋の中江は古くからのグルメスポット。その手前の大むらってそば屋も含めて、年季の入った木造商家の並びは印象的だ。
 天丼で有名な伊勢屋は通称・土手の伊勢屋と呼ばれ、このあたり"土手"を看板にした店が何軒か見られるが、昭和の初め頃まで先の山谷堀川が道端に流れ、ちょっとした土手が築かれていたのだ。町名の日本堤もその"堤"に由来する。
 中江の先、「いろは会」のアーケード商店街の入り口に「あしたのジョー」の像が立っているけれど、界隈はジョーの舞台としても知られている。丹下段平のジムが「泪橋」の川っぷちに設置されていたが、泪橋の地名はいまも東方の吉野通りと明治通りの交差点に残されている。もとは南千住寄りの小塚原刑場へ向かうところに存在した思川という小川に架かっていた橋というが、あたりに川が流れていたのはせいぜい明治前半くらいまでだから、ジョーの時代には当然存在しない。マンガの橋は山谷堀川の古い橋をイメージしたものではないか、と思われる(作者・ちばてつやもこのあたりの生まれ)。
 僕の背丈よりも遥かに高い、シュッとした矢吹丈の像を眺めて、傍らのいろは会のアーケード街をちょっと散策してみよう。路端に果物や野菜を並べた八百屋があったり、中古の家電や衣類を雑然と置いた昔ながらのディスカウント店(しかし値札を見るとけっこう高い!)があったり、こういう通り、阪神の下町なんかにはよくあるけれど、東京では珍しい。ジョーのキャラクターが所々に飾られているが、なかでもオッチャンこと丹下段平は町並みによくなじんでいる。というか、 そのもののオッチャンがその辺に見受けられる。
 横路地に外れると、いわゆる山谷のビジネス旅館街だが、英字の案内とシャレた室内写真を掲げた外国人観光客相手の旅館が近頃本当に増えた。

天丼で有名な「伊勢屋」さん。食事時には行列が絶えない。

  • 「伊勢屋」の隣にある桜肉鍋の「中江」も超有名店。

  • 特徴的な髪型をうまく立体化しているものの、なんとなく残念な矢吹丈の像。

  • 商店街の雰囲気に見事に溶け込んだ丹下段平の看板。

2017年(平成29年)5月10日(水曜日)

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地元の紳士淑女が集う店!?
下町に残る本格洋食屋のランチに舌鼓!

 吉原大門から再乗車したバスは、三ノ輪の駅前から樋口一葉の記念館のある竜泉の町をぬけて、金杉通りを南下、根岸の界隈へ入る。根岸三丁目でバスを降りると、目の前に「手児奈せんべい」の懐かしい建物が見える。この古いせんべい屋の横に口を開けている「うぐいす通り」は好みの道だ。入っていくと、半分剥がれ落ちたような年代物のネオン看板がそのままになっている。「旅館」らしき文字が読みとれるから、かつては旅館が建っていたのだろう。ネオン看板の廃材、いつか撤去されてしまうのだろうが、消えてしまうのは惜しい。そのちょっと先の美容院の看板にヘアーならぬ"ヘャーサロン"と表記されている(しかもヤは小文字だ!)のもなんだか微笑ましい。ぶつかった柳通りは文字通り、柳並木の道で、右折した先に大正14年創業の老舗洋食「香味屋」がある。
 カミヤ、と読むこの店、いくつか支店もあるけれど、やはりこのちょっと奥まった所にある本店の環境がいい。僕らは計4人、僕はこういう洋食屋に来るとまずポークソテーなのだが、ビーフシチューにポークカツレツ… テーブルに運ばれてきた料理はどれも格別だった。
 この柳通り、金杉通り側の入り口にあるネギシ書房という本屋に掲げられた、かなり昔の女性誌「婦人倶楽部」の看板の宣伝コピーがイカシている。
 <女のよろこび…妻のしあわせ>
 根岸に来るたび見届けていく看板なのだが、店のシャッターが閉ざされているのがちょっと心配だ。

泉さんが立ち寄る度に残っているかを確認してしまうという旅館のネオン。いまだ健在?でした。

  • ヘアーならず「へャーサロン」の看板。ここだけでなく扉の表記も「へャー」でした。

  • ランチでいただいた「香味屋」のビーフシチュー(ハーフサイズ)。

  • 婦人倶楽部のキャッチコピー「女のよろこび…」に、思わず惹かれる取材班一同。

2017年(平成29年)5月10日(水曜日)

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文化人に愛された街「根岸」を訪ねて

 根岸は、JRの線路に近い側に史跡が集まっている。短い区間バスに乗って、入谷区民館根岸分館で降車すると、尾久橋通りの向こう側をちょろっと入った所にあるのが、「ねぎし三平堂」。先代・林家三平の自宅を使ったミュージアムで、三平ファンの僕は何度か来ているが、本日は休館。このもう1つ線路寄りの筋には、書道博物館、そして正岡子規の旧居「子規庵」がある。
 子規庵は、戦後に再建されたものだが、木造平屋に藤棚のある庭を設けた、子規が暮らしていた当時の環境がうまく表現されている(庭に置かれた蔵は子規の没後ではあるが昭和初頭の築)。素朴な草花が植えこまれた庭に出て、子規の残した句など読んでいると一瞬安らいだ心地になるが、すぐ向こうに派手な看板を掲げたラブホテル街が迫っているのは"根岸の里"気分に水を差す。
 先のバス停で浅草方面へ行くバスを待っていると、紺ブレに白エリ制服の男の子たちがふざけながら通りすぎていった。一瞬、どこかの私立小学校か?と思ったが、そうか彼らは先代三平師匠が「下町の学習院」と宣っていた区立の伝統校・根岸小学校の児童に違いない。
 この先バスは、入谷から千束に入って、おや? 吉原の旧遊郭、ソープ地帯を走っていくのか…と思いきや、台東病院の玄関先でくるっと折り返して、浅草警察署の方へ進んでいく。
 浅草終点の手前、二天門で降りて、最後に浅草神社、浅草寺に立ち寄った。平日の昼下がり、空いているかと思ったら、大した人混みだ。それも大方が外国人。ふと、こちらが異国のどこかの寺に迷いこんだ、外国人になったような、奇妙な感覚にとらわれた。

「ねぎし三平堂」へ立ち寄るも、残念ながら土日祝日のみの開放とのこと。

  • 正岡子規の旧居「子規庵」を見学。再建されたものとはいえ風情ある佇まい。

  • 記念に「子規庵」の庭にてパチリ。建物内は撮影不可だったので…。

  • 久しぶりの看板シリーズが復活!? 浅草寺の仲見世通りの横丁から。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。