ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > アクアラインの向こうの微妙なドイツ

2017年(平成29年)6月14日(水曜日)

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 品川駅の港南口からは、湾岸道路、アクアラインを通って東京湾の向こう側の房総方面へ行くバスが何本か出ている。このルートをつかって「東京ドイツ村」へいってみようと、思い立った。所在地は千葉県袖ケ浦市だが、"大東京"と銘打ったこの連載では、こういう東京名義の郊外リゾートも訪ねておきたい。
 品川の港南の側というと、ひと頃までは貨物の引込み線と工場と庶民的な呑み屋くらいしか見当たらない、いわゆる駅裏(貨物線跡の空き地の特設小屋で「キャッツ」を観た)だったが、この20年くらいのうちにスマートなオフィス街に変貌した。公園脇のバス乗り場のすぐ向こうに見えるコクヨは、建物こそ新しくなったが僕の若い頃からある老舗の本社ビル。
 ところで、僕らが乗る木更津方面行きバス乗り場の行先表示に、ただ「アウトレット」というのがあるけれど、これは数年前に木更津にできた三井アウトレットパーク木更津のことだろう。
 乗車した10時10分発の木更津駅東口行は日東交通の車だったが、京浜急行、小湊鉄道の3社が運行している。車内はクロスシートが配置された大型観光バスのタイプで、路線バスの旅の気分からはちょっと外れるが、これはこれで遠足に繰り出すウキウキ気分になる。が、10人ほどの客筋をみると、大方は単身のオジサン客で、きちんとしたビジネス服に身を包んでいる。平日のこの時間、仕事で向こう側に渡る人々なのだ。皆、ウキウキ気分からは程遠い、沈んだ顔つきをしている。
 鮫洲の運転免許試験場のあたりまで下の海岸通りを走っていたバスは、やがて首都高に入って川崎の浮島から東京湾の海底へ潜っていく。このアクアライン、走るのは久しぶりのことだが、千葉の房総側までの時間は思った以上に"あっという間"だった。海ほたるの先で地上に出ると、もう木更津側の景色がみるみる迫ってくる。
  • 今回の出発地点は、再開発で雰囲気も一新された品川駅東口。

  • 今回は複数の交通会社が運営するルートだが、撮影時は日東交通のバスに乗車。

2017年(平成29年)6月14日(水曜日)

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都心から一番近い田園⁉︎ 目の前に広がる牧歌的な風景

 対岸に着いてまもなく木更津金田のバスターミナルに停車するが、周辺は田んぼが目につく農地。品川を出てまだ30分ちょっと、道が空いていれば都心から最も早く見られる水田地帯といえるかもしれない。バスターミナルに隣接した広大な駐車場に小型車がズラリと停まっている。なるほど、都心からここまでバスで来て、マイカーや営業車に乗り継いでさらに遠方の家や工場へ向かう人が多いのだろう。一緒に乗り合わせてきたエンジニア風の男は、ここで作業服の人たちに出迎えられて車で去っていった。
 バスターミナルの外れに<龍宮城>と記された看板を見かけたが、そうか!これはあのM前都知事をめぐるニュースの際に話題となった「スパ三日月ホテル龍宮城」のことだろう。金田海岸に立つ巨大な建物は、アクアラインで木更津へ入ってくる右手にちらりと確認することができる。
 木更津金田の先の袖ケ浦バスターミナルで降車、ここで東京ドイツ村行きのバスに乗り継ぐ。こちらも、ターミナルのすぐ向こうはのどかな田んぼ。15分の待ち時間に草深い畦道を散歩して戻ってくると、やってきた東京ドイツ村のバスはコンパクトな可愛らしい格好をしている。前と同じ日東交通の車両だが、深紅と薄緑のツートンカラーが昔ながらの路線バス調でわるくない。そして、このバスは高速ではなく、のどかな町道を小刻みに停留所に停まりながら進んでいく。乗客もストローハットやリュック姿の観光客風が見受けられるようになって、ようやくウキウキ気分が昂まってきた。

袖ケ浦バスターミナルで颯爽と降りるなかむら画伯。ちょっとした小旅行気分。

  • バス停周辺を探索中の泉さんとなかむら画伯。

  • 牧歌的な田園を背景にパチリと記念撮影。

  • 田んぼのなかに水生生物を発見! ザリガニやカエルもいそうな雰囲気です。

2017年(平成29年)6月14日(水曜日)

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ジャマイカ気分も満喫できる? 東京ドイツ村を訪ねて

 神納(かんのう)、下新田(しもにった)、三ツ作(みつざく)……千葉の田舎らしいバス停をいくつか通過して、ニュータウンの先の小山を1つ2つ越えると、坂の向こうに東京ドイツ村のゲートが見えてきた。
 東京ドイツ村──2001年にこの施設がオープンしたとき、なんじゃそりゃ?と思ったもんだが、僕はこれまでなんだかんだで2度ここを探訪している。先のホテル龍宮城の開業も2002年というから、両者はやはりアクアライン(97年開通)ありきの物件といっていいだろう。
 ゲートにはドイツ(アルザス地方)風民族衣装を着た日本人のおねえさんがいて、その向こうに広々とした草地や花畑、丘の上にドイツ気分のカントリーハウスが見える。東京ドームの20倍近いという敷地は、一見してゴルフ場のようでもあるから、開業前にはそういう構想もあったのかもしれない。
 しかし、本日は清々しい五月晴れの日和なので、こういう場所を歩くには実に気持ちがいい。草地の向こうには観覧車や芝スキーなどのアトラクションも備えられているが、腹も減ってきたので、とりあえず丘上に三角屋根や塔楼を見せたカントリーハウスをめざす。
 正式にはマルクトプラッツと名付けられたレストランや土産物屋が収容された建物群、一帯にはドイツ民謡が延々と流れている。確か、10年ほど前に来たときには、本場のドイツ人の女性従業員がいたはずだが、一見してあちらの人は見当たらない。とはいえ、スキー場のロッジ食堂風のカウンターでドイツビール、アイスバイン、ソーセージ……といった諸々をオーダー。陽気なアコーディオンの音が耳に残るドイツ民謡流れるなか飲み食いしていると、束の間シュトゥットガルト郊外でピクニックを愉しんでいるような錯覚をおこす。 が、別の方角からにわかにレゲエ音楽が流れ出し、目の前の噴水がチョロチョロと吹き出すようなアトラクションが10分間隔くらいで催される。噴水の噴き上げももうひとつショボかったし、ドイツ民謡をかき消すようなレゲエの選曲も妙だし、意図のよくわからないアトラクションだった。
 ドイツ村なのに、なんとなく"東京ジャマイカ村"を訪たような印象を耳に残して、次の目的地・木更津に移動することにしよう。

芝生に囲まれた広大な敷地に、ドイツの風景を再現?

  • ドイツといえばビールにソーセージ。ランチからちょっと豪勢に乾杯!

  • ドイツ村に設置されていたシャボン玉発生装置を漕ぐ泉さん。ペダルを漕ぐとシャボン玉が連続で発射される。

  • 帰路を示す看板。よく見ると看板の縁がドイツカラーです。

2017年(平成29年)6月14日(水曜日)

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ドラマや映画で観た風景を求めて、一路木更津へ

 平日は東京ドイツ村の前から出るバスも少ないので、10分あまり坂道を歩いて、農協平岡支店前という街道沿い。の停留所から、来るときの袖ケ浦バスターミナルへ行くバスに乗った。ここで木更津駅の方へ行く路線に乗り継ぐ算段だったのだが、しばらく便がないことに気づいて、結局タクシーを使うまあ、ここから木更津市街まではさほど距離もない。
 運転手さんは"木更津愛"の強い人のようで、名所史跡やTVドラマ、映画のロケ地を次々と案内してくる。
「お客さんたち、木更津キャッツアイがお目当てのようだから……」
 大して「キャッツアイ」のことを尋ねたわけでもないのだが、しばしばロケで使われたという富士見通りの一角で車を降りることになった。八劔八幡脇のみまち通り、その裏手の昔の遊郭街を思わせる小路や矢那川に架かる赤い橋(富士見橋)などは、DVDを借りて何度か観たクドカン(宮藤官九郎)のあのドラマで見覚えがある(そういえば、あのホテル三日月もCMソングとともにドラマに何度か登場していたはずだ)。
 童謡でも知られるタヌキ寺の證誠寺(しょうじょうじ)の境内を抜け、「お富さん」の与三郎の墓がある光明寺などを横目に中央2丁目の界隈に差し掛かると、交差点の角にいい感じの洋館がある。
 玄関口に<金田屋>の藍染の暖簾が揚がった、アールデコセンスの建物は、昭和7年に建築されたらしい。現在は<金田屋リヒトミューレ>の屋号でアンティーク品を扱っているが、元は明治時代に創業した洋品店という。店主に話を伺ったところ、この店の向かいの出桁(だしげた)作りの商家も、今は閉業してしまったが<浜田屋>という古い砂糖屋だったらしい。このあたり、数百メートル先の木更津港に向かって、港町らしい渋い古物件が点在している。
 帰路は、木更津駅の西口からバスタ新宿へ行くバス(小湊鐡道)に乗った。木更津金田を出て東京湾の海上に入ったとき、車窓の彼方に高層ビル群やスカイツリーが並ぶ東京の市街かのように見えた。

  • 昭和7年に建てられたアールデコ調の建物。「金田屋」さんにお邪魔しました。

  • 元々は洋品店として創業した「金田屋」さん。現在はアンティークショップとして営業中。

  • 最後は木更津駅前で「證誠寺」の狸像と一緒に。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。