ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 板橋のお山、不動大仏ごった煮巡礼

2017年(平成29年)7月12日(水曜日)

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 板橋区北部の西台や赤塚の台地には、寺や神社、城跡……歴史深い名所がいくつもある。バスを乗り継いで、そういった場所を巡り歩こうというのが今回の目的だ。
 出発点は東武練馬。東武東上線の地味な駅だが、そもそも練馬は南の西武池袋線の方より、こちらの川越街道ぞいの方が先に栄えたのである。駅の南口に出ると、すぐ先を横断しているのが川越街道の旧道で、こちら側の練馬区北町の名をとって"北一商店街"の別称も付いている。観音堂や石仏が設置された二又のあたりが昔の下練馬宿の中心地。そのすぐ脇にある「喫茶 ボタン」という教会みたいなつくりの古びた喫茶店は、何年か前にも入ったおぼえがある。
 6月下旬のこの日は、まあ梅雨どきとはいえ例のごとくの雨降り(前日まではスコーンと晴れていたのに)で、雨足も強くなってきたのでさっそくここで休憩することにした。薄暗い正統純喫茶風の店内で、着目すべきはテーブルの半数くらいに仕込まれたTVゲーム機。麻雀と花札が主流のようだが、いまどきこれほどの比率でTVゲーム卓が存在する喫茶というのも珍しい。オーダーした珈琲もサンドイッチもおいしかった。
 小さな飲食店が目につく南口に対して、北口の方は目の前に大きなイオンモールが建っている。入り口にあるスタバも、東上線沿線ではけっこう早くにオープンした。徳丸通りを挟んだ向かいに「大木伸胴工業」という会社の建物があるけれど、ここは古い。大正13年に南側の北町で立ちあがって、昭和8年にこちら側に移った伸胴メーカー(銅を加工して銅線や棒を製造する)、かつては向かいのイオンの側もここの工場だったらしい。ちなみに昔の伸胴業は水車の動力を使っていたので、板橋や練馬西方を流れる白子川流域などはそのメッカだったという。それから、大木さんというのもこの辺の地主姓の一つで、あの徳川綱吉に命じられて練馬大根の栽培に着手した農民も大木金兵衛といった(伸胴会社との関係は定かでないが)。

今回のスタートは「東武練馬駅」。久しぶりに雨模様で取材スタートです。

  • 旧川越街道に設置された観音堂にて。

  • 川越街道の旧道にある古びた喫茶店「ボタン」で、まずはモーニングを。

  • 喫茶ボタンに懐かしいゲーム筐体が。主に麻雀と花札の筐体でした。

2017年(平成29年)7月12日(水曜日)

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手作り感満載のお不動さんに、思わずほっこり。

 そんな大木伸胴の真ん前の停留所から西台方面へ行くバスは出る。浮間舟渡まで行く国際興業バスは、徳丸通りを北進して、西徳通りから西台中央通りへと進路をとる。坂を上っては下り、また上り…起伏のある板橋の地形が体感できるコースだ。南西台(ナンセイダイではなくミナミニシダイ)という誤読しそうな停留所をすぎて、下り坂の途中の西台一丁目でバスを降りた。坂道をちょっと引き返して、円福寺の向かいあたりを傍らの谷の方へ下っていくと、可愛らしい小坊主の絵看板を添えて西台不動尊の入り口の指示が出ている。
 細い横道を曲がると、その先の崖斜面のような所に不動尊は置かれている。何かいかにも田舎の素朴なお不動さん、って感じがグッとくる。あたりをふらついてココを発見したのはほんの3、4年前のことで、いつかこういうエッセーで紹介したい、と思っていた。足もとの悪い石段をくねくねと上っていった小さな境内に水掛け不動が祀られていたが、ここに至る途中の崖際にも手作り感たっぷりの石像がいくつか置かれていて、これがなかなか味がある。上の道から来るルートもあるのだが、谷の下からのアプローチをお勧めしたい。
  • 田舎の素朴な雰囲気を醸す「西台不動尊」へお参りに。

  • どこか手作り感が否めない石像たち。ところどころ彩色されているのが、やや不気味であったり…。

思ったよりも大きくない⁉︎ 東京大仏を見上げて記念撮影

 不動尊の境内から、上ってきた低地を眺めると、向こう側にも小高い森が見える。一帯は西台公園と名づけられているが、往年の里山の跡だろう。そちらをぐるりと回って、再び先のバス通り(西台中央通り)からこんどは反対の志村第五小学校の方へ入っていく。湾曲した道づたいに昔の豪農と思しきお屋敷が並ぶこの道も、明治の古地図に描かれている古道で、やがて左手に天祖神社が見えてくる。田端、堀之下……かつての字(あざ)の名を記した古めかしい神輿蔵が三つ四つ並んだ景色が情緒を誘う。この神社の先で道はまた下り坂になって、枝分かれした私道めいた方を進んでいくと、深い竹やぶに囲まれた多摩の山径を思わせる一角に出くわした。なるほど、半世紀くらい前の田園時代の板橋の環境が、西台のこのあたりには辛うじて残っているのだ。
 坂下のちょっと先は首都高5号線が通る広い道で、向こう側に大東文化大学のビル建てのキャンパスが垣間見える。大東文化がここに移設しはじめたのは昭和36年というから、けっこう古い。まだ一面が"徳丸たんぼ"と呼ばれる広大な水田地帯だった頃だ。
 枝分かれした松月院通り側の大東文化大学前の停留所から成増駅北口行きのバス(国際興業・赤02系統)に乗車、徳丸や四葉の台地をぬけて赤塚八丁目で降りる。すぐ向こうに門を開けた松月院は板橋の歴史に重要な古刹。萬吉山の山号をもつ曹洞宗のこの寺、注目したいのは本堂の脇に建立された鉄砲型の碑。これは幕末砲術家・高島秋帆の功績を顕彰したものなのだ。西洋砲術の話題が取り沙汰されるようになった天保12年(1841年)春、幕府は高島の指導の下、この松月院に本陣を構え、当時徳丸ヶ原と呼ばれた北方の低地の一帯でカノン砲やホイッスル砲の大演習を決行した。そう、いまの高島平の地名のもとは、この高島秋帆なのだった。
 松月院の奥には、いまや松月院より有名な乗連寺の東京大仏がある。高さ、およそ13メートル。黒いセラミック感漂う佇まいからして、あまり歴史は感じられないが、実際建立されたのは昭和52年、1977年のことだから、高島平団地の建設よりも新しい。さて、正午を過ぎて腹も減ってきたので、門前通りに「大仏そば」の看板を出した店で、ざるそばや天ぷらを味わって、雨中の道を北方の赤塚城跡の方へと歩く。道端にはかなり水量の乏しい不動の滝なんてのがあり、<蚊 注意>の警告板がそこかしこに出ている。数年前のデング熱の騒ぎ以来、本当にちょっとした緑地にこの<蚊 注意>の看板が掲げられるようになった。

乗蓮寺の東京大仏の前にて記念撮影。奈良ほど巨大ではないものの、やはり大きい。

  • 松月院の本堂脇に建立された鉄砲型の碑。なかなかの迫力です。

  • 今回の看板シリーズは、「蚊 注意」。季節的な看板なのか、通年置かれたものなのかが気になるところ。

  • 乗蓮寺の門前にあった蕎麦屋にて昼食を。写真は一番人気のセット。

2017年(平成29年)7月12日(水曜日)

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12年に1度しか開帳されない「吹上観音様」。

 城跡のある赤塚公園の一角、区立美術館の前から再びバス(増17系統 成増駅北口行き 国際興業)に乗り、赤塚四丁目へ。ナンの目的もない停留所なのだが、最後の目的地である吹上観音へ行くためにはここでバスに乗り継がなくてはならない。いわばバスのトランジット、目当てのバスが来るまでまだ15分ほど時間があるが、雨はますます強くなり、あたりに喫茶店一つない。
 バス停近くの軒下で待っていると、やがて目的の下笹目方面へ行くバスがやってきた。三園通りを北進するこのバスは、成増団地の脇の白子川を越えると、埼玉県和光市に入る。入ってまもなく吹上のバス停。バス停の傍らの石垣の崖上に吹上観音を祀った東明寺が建っている。
 入り口の方角をまちがえて、周辺をぐるりと1周するようにして、ようやく東明寺の参道に入った。白子川の河岸段丘の岬の突端のような場所に置かれたこの寺、新河岸川や荒川側の広大な低地を見渡す山寺の雰囲気が江戸名所図会などにも描かれ、当時は浅草の観音様とこの吹上の観音様とを往復参詣するのが一つのコースになっていた、という説もある。
 しかし、本堂の観音様が開帳されるのは12年に1度、午年の限られた日だけということで、いきなり訪ねて拝めるものではない。仁王像が建立された三門、鐘楼などを眺めて外へ出ると、雨に加えて風も激しくなってきた。寺の裏から南方へ続く崖上の道は、地名のとおり、まさに風が吹き上げてくるような場所なのだ。
 下のバス通りへ下っていこう…とする間際、傍らの崖斜面に赤鳥居を何本か並べた小さなお稲荷さんを発見。最後にここで合掌して、また成増へ行くバスを待った。
 今回、緑色の国際興業バスが続いたが、やってきたのはオレンジの東武バス。不動、大仏、観音、稲荷…雨中の板橋ごった煮参詣、何かご利益があるのだろうか。
  • 急な階段を登りきったもの…本堂が開放されのは12年に一度という。次の午年って、いつでっしたけ?

  • 帰りの道中、新たに発見した可愛い赤い鳥居。地元のお稲荷さんのようで、綺麗に手入れが行き届いています。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。