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2017年(平成29年)8月9日(水曜日)

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 ダムの放流に集まったマニアを紹介するようなテレビ番組をぼんやり眺めていたとき、「バスでダムへ行く」なんてキーワードが思い浮かんだ。都内にも小河内ダム(奥多摩湖)というのがあるけれど、奥多摩は去年のいま頃、日原の鍾乳洞へ行ったから、もう少し離れた所にしたい。そこで浮かんだのが宮ヶ瀬ダム。場所は神奈川県北部だが、ここは橋本や本厚木から路線バスのルートがある。とりわけ橋本から宮ケ瀬の方へ入っていく進路など、なかなか面白そうだ。
 ダムの観光放流(観光客のために水を出す)が催される7月の第2金曜日(月によって曜日などは変更される)を狙って予定を組んだ。例のごとく、また雨にやられるか……と危惧していたら、この日は珍しく朝から晴天に恵まれた。
 行きは橋本からアプローチする。バスが出るJR橋本駅北口の駅前は、大きなイオンに銀行、カラオケ、居酒屋ビル……ここも一見して八王子や町田とさほど変わりのない郊外都市になった。スタバが入ったビル前の乗り場から出発する。「鳥居原ふれあいの館」行きの神奈川中央交通(最初なので)バスに乗り込む。このあたりは濃淡の黄土色カラーの神奈中バス黄金地帯だが、行き先の鳥居原……というのは、宮ヶ瀬湖の北岸にある施設のようだ。

集合場所の「橋本駅」。駅前は郊外の都市と同じくらい開けている。

出発は駅北口のバスロータリーから。今連載ではじめての神奈中バス。

 朝の9時55分発のバスは、僕らの他に地元の中高年がちらほらという感じで、見るからにダムマニア風の観光客は見受けられない。駅前の繁華街を抜けると、ドライブイン式のレンタルビデオ店、リフォーム店、ドラッグストアー……なんかが目につく郊外らしい街道に入った。相模原市は10年ほど前に城山町や津久井町の領域も取り込んで、規模の広い市になったけれど、昔の城山町のエリアに入ってくると、ようやく景色が山里めいてきた。
 崖際の急坂を下ると、広々とした川に架かる立派な橋を渡る。津久井湖下流の相模川に設置された小倉橋は、お茶の水の聖橋や鶴見の響橋にも似た昭和13年竣工のコンクリートのアーチ橋だ。とくに渡った先で振り返ると、この橋とその向こうのバイパスに架けられた新小倉橋とが2重になった、ダイナミックな景観が眺められる(といっても、バスはスーっと行ってしまうので一瞬のことだが)。
 バスは城山の麓の根小屋の集落を進む。荒句、無料庵……ふと降りてみたくなるような風趣な停留所が続く。鳥屋と書いてトヤと読む集落に入ると、もう終点は近い。この地区の一角で「理容ザンギリ」という、ちょっと思い切ったネーミングの理容店が目に入った。
 終点の鳥居原ふれあいの館に到着した。
 当初この施設、いま昼ドラで石坂浩二なんかが出ている"やすらぎの郷"みたいな御老人たちのリゾート施設をイメージしていたのだが、地元の農産物などを売る、いわゆる"道の駅"的な物件なのだ。
 すぐ向こうには宮ヶ瀬湖の青い水面が広がり、湖周辺の地図看板が出ている。バスが到着したのは10時40分頃。今回目当てにしてきたダムの1回目の放流時刻は11時。しかし、地図看板を一見して、放流を行うダムのあたりまで相当の距離がある。実際、ここに来る途中で鳥居原のバス終点からダムまで3〜4キロの距離があることはスマホの地図などで察していたのだが、もしや終点にタクシーが停まっている……なんて光景を仄かながら期待していた。が、そういった営業車は全く見当たらない。向こうの駐車場にマイカーが並んでいるだけだ。そう、大方の人はクルマでやってくる場所なのだ。11時の回は無理だろうが、午後の2時にもう1回放流があるというので、ともかく、ダムの方へ向かって歩くことにした。

とりあえず「ふれあいの館」前から宮ヶ瀬湖を望んでみました。


湖岸に遊覧船の乗り場が見えたので、下へ降りてみるものの…。

2017年(平成29年)8月9日(水曜日)

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見えれども届かぬ、ダムの勇姿!

 宮ヶ瀬湖は80年代の後半から工事が始まって、ダムも含めて2000年(12月竣工)に完成した比較的新しい人工湖だ。地図上、潰れたXの文字のような格好をした湖の北岸を東へ進んでいるわけだが、車も走るこの道はトンネルも設けられている。お昼前に30度を超えていそうな暑い日なので、スーっと涼気に包まれるトンネルの区間がありがたい。昨夏の鍾乳洞のことをふと思い出した(あれは雨宿りに入ったような感じでもあったが)。
 トンネルを抜けると、傍らに湖がまた表情を変えて現れる。今年の関東南部は梅雨どきも雨が少なかったから、湖岸の地層がバームクーヘンのように、剥き出しになっている。そしてこの湖、所々に盆栽のキットみたいな小島が浮かんでいるのだが、あれはどういう構造をしているのだろう?そんな湖面を、先の鳥居原で乗り場近くまで行って乗り損ねた遊覧ボートがダムの方へと走っていく。
 この湖岸道路、トンネルともう一つ、小さな入江に橋がいくつも渡されていて、その一つひとつに周辺の植物にちなんだ名が付けられている。栗の木橋の横にはちゃんと栗の木があり、タラの芽橋なんていうのもあったけれど、タラノキというのがどういう木なのかよくわからない。
 ようやくダムが見えてきたが、複雑な形状をしたこの湖は、そう簡単に目的地に行き着けない。トンネルをまた一つくぐり、湾をぐるりと迂回するようにして、ダム北側の橋詰に到着した。この東側の中津川に向かって湖の水が流れ落ちるわけだが、橋上から下を見渡すと、相当の落差がある。堤高156mと出ているが、これは霞が関ビル(147m)よりちょっと高い。そして、好天のこの日、遠方にはランドマークタワーを中心にした横浜のビル群も眺望できた。

今回の看板シリーズは「特定外来生物」の禁止事項について。

  • あえて避けた遊覧船に、まさか追い抜かされてしますとは…。

  • ひんやりと気持ちいトンネル。とはいえ、日暮れには絶対通りたくない!

  • ようやくダムの全景が!ここから湖にそって左側を迂回しなければならない。

 なんだかんだで1時間余り歩いて、時刻は12時を回っている。2時の放流までまだ時間があるが、ともかく腹が減っている。今回、放流とともに重要懸案にしてきたのが、ここのレストランで食べられるという「ダムカレー」だ。
 ダム上の橋の南詰にある「水とエネルギー館」のレストランへ行くと、さすがに12時過ぎの時間ということもあって、10名あまりの行列ができていた。なかには外国人を交えた7、8人のツアー客もいる。1時近くになって席を確保、僕ら4人は当然のごとく、みな「宮ヶ瀬ダム放流カレー」(¥1,000)を注文した。
 ダムカレーと銘打ったカレーの元祖は黒部ダムと聞くが、ここのは"放流"と付いているのがポイントで、皿の真ん中のダムを表すゴハンの壁に突き刺さったソーセージを引っこ抜くと、左方のカレーが右方の温野菜のエリアに流れ込んでくる……というナイスな仕掛けが施されている。ま、さすがにカレーの流れに勢いはないが、ソーセージを抜いてもゴハンのダムが決壊しないのは素晴らしい。裏の厨房のスタッフは、熟練を積んでいるのだろう。
 この館の前から出発するインクライン(ケーブルカー)でダム脇の斜面を下って、真下から放流を眺めることにする。集まっているのは社会科見学の子供たち。先のレストランで見かけたツアーグループ、アラフォー見当の女性3人組、老夫婦……といった感じで、本格カメラをセットしたダムマニア風は見当たらない(橋の向こうの管理事務所のロビーにそれっぽいグループはいたが……)。
 アナウンスがあって、午後2時ジャストにダム上部の二つの穴から、白い水泡とともに湖水が勢いよく流れ落ちてきた。僕は一度、黒部ダムの放流を眺めたことがあったが、さすがに黒部ほどのボリュームはない。しかし、水しぶきが飛んでくる、これほどの間近でダム放流を見物するのは初めてだ。流れ落ちた水は中津川となって、厚木市街で相模川と合流して相模湾に注ぎ込むのである。

息も絶え絶えでダムへ到着!素晴らしい景観に気持ちは癒されました。

  • 名物の「宮ヶ瀬ダム放流カレー」。旗の立てられたソーセージを抜くと、右側のダムが流れ出てくる仕掛け。

  • ダムの放流を下から見学。この水量で滝行したら、確実にアウトですね…

  • 放流の水しぶきで美しい虹が発生。見学している橋の反対側に出ているため、まわりはあまり気づいていませんでした。

2017年(平成29年)8月9日(水曜日)

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天然温泉で心も身体もサッパリ!

 さて、帰路は厚木に至る途中にある飯山温泉あたりで、ひとっ風呂浴びていこう……と計画していた。が、ぼんやり想定していた飯山温泉の方を通るバスが出る宮ヶ瀬の停留所は、ここからまた相当離れた湖の南西岸と発覚。さらに2km、3km歩く気力はないので、このへんから割合と近い愛川大橋のバス停から本厚木方面へ行く路線で帰ることにした。こちらも、バス停へ行く途中まで、社会科見学の子供たちと一緒に「愛ちゃん号」というオトギ列車風のバスに乗ったり、愛川大橋近くの一角で不気味なマネキン人形の首を置いた天神様に遭遇したり、それなりの収穫はあったが、やはりフィナーレは温泉で締めくくりたい。
 こういうときにスマホは便利である。車中でサッと検索し、途中の妻田バス停からちょっと歩いた先に「湯花楽」という天然温泉施設があるのを発見。ここで汗を洗い流していくことにした。
 露天風呂、炭酸泉、源泉かけ流し、ラジウムミスト風呂……と、いろいろ揃ったスパリゾートって所だったが、思えばこういう厚木の"水商売"にも、宮ヶ瀬ダムの水は大いに貢献しているのだろう。

「愛ちゃん号」の終点パークセンター前で、一休み。

  • 天神様の祠で記念撮影。よくみると泉さんの右側に……いや~っ!

  • 正直、気味が悪いので長居は無用。とっとと退散する一同(笑)

  • ひなびた旅館とはいきませんでしたが、天然温泉のスパにて汗を流します。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。