ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 安行の植木と江戸袋の獅子舞

2017年(平成29年)11月08日(水曜日)

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 東武伊勢崎線(スカイツリーライン)の竹ノ塚は、東京の23区内ほぼ最北の駅だ(トラム線を含めれば、日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園の方がちょっと北)。この駅は、僕が小学生の頃、東口に竹の塚団地ができて"田んぼの中のマンモス団地"と話題になった記憶がある。今回乗ろうと思っている<竹05 安行原久保循環>のバスが出るのは西口。ショッピングビルに囲まれてバスターミナルが見える東口と較べて、古風なパチンコ屋の脇から狭い商店街が口を開ける西口は、いかにも駅裏の風情。パチンコ屋横の道を入っていくと、「エリカ」という、いい感じに枯れた喫茶店もある。ここでゆっくりオチャする余裕はなかったが、創業54年になるというこの店、惜しくも今年限りで店を閉めてしまう、とマダムから伺った。
 駅前商店街を通りぬけた先の中央通りの一角(大踏切横)に竹の塚駅西口のバス乗り場はある。やってきたのは、オレンジ色の東武バス。足立区北部ではおなじみの路線バスだ。尾竹橋通りを北上して毛長川の橋を渡ると、埼玉県の草加市。車窓に畑が目につくようになってきた。古い農家があったと思ったら、<歌謡スタジオ>の看板を出したスナックがあったり、スーパー銭湯があったり、郊外の新開地らしい景色が続く。やがて川口市に入ると、遠方にこんもりとした木立ちがぽつぽつ見えてきた。いわゆる安行(あんぎょう)の植木屋地帯である。車窓の景色を確認しながら、安行原久保の停留所でバスを降りた。

現在工事中の竹ノ塚駅周辺。高架化の途中のため、高架と路上の両方を電車が行き来する。

  • 今回は東武バスでスタートです。竹の塚駅西口から、竹05系統に乗り込む泉さんとなかむら画伯。

  • 創業50年以上、地元で愛され続けてきた老舗喫茶店。今年いっぱいで閉店は、非常に残念なお知らせ。

  • 喫茶店「エリカ」の歴史をまとめた自伝も発売中。全国の書店ないし、お店でも販売されています。

2017年(平成29年)11月08日(水曜日)

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樹里安(ジュリアン)の植木市を訪ねて。
懐の深い盆栽の世界を垣間見る

 一旦通り過ぎた安行支所の方にかけて、庭木(にわみち)に取り囲まれた昔ながらの植木屋が何軒も並んでいる。これといった門もない、庭径のような所を入っていくと、寺の堂宇を思わせるような立派な母屋がドカンと建っていたりする。
 しばしば資料に使っている昭和32年刊行の平凡社の「世界文化地理体系」(日本Ⅱ関東)の巻に、"行田の足袋"などと並んで"安行の植木"が関東の名産品として解説されている。これによると、明暦3年の江戸の振袖火事の直後に、安行村の吉田権之丞という男が焼跡の江戸に植木を出荷して評判になったのが発端らしい。
 木立ちと家並を眺めるだけでもホッと安らいだ心地になるが、ちょっとした園芸植物を小売しているような家は見当たらない。盆栽なんかを買える場所はどこかにないものか?道端に出ていたおばあちゃんに尋ねてみたところ、「ジュリアン、っていうのがありますよ。ずっと行ったスタンドの横を曲がったあたり…。」と教えてくれた。 老婦の口から発せられた"ジュリアン"というアンバランスなフレーズにも魅かれて、指示された方向(歩いてきた安行原久保の方だ)をズンズン進んでいくと、1キロ近く歩いた青果市場の一角にその施設を発見した。
 ジュリアンは樹里安と表記する、緑化センターの愛称なのだった。館の1階部と前庭ではこの日(10月8日、第2日曜)、ちょうど植木市が催され、道を挟んだ向こう側のスペースには富士宮ヤキソバなどの露店が出て、ステージでは何の因果かベリーダンスのショーをやっている(ダンサーは、地元の女性グループと思われる)。
 イベントの内容はともかく、植木商品の方は、20数万円の盆栽からやイチジクなどの珍しい果実モノの鉢植えまで、なかなかヴァラエティーに富んでいる。もちろん、安くていいものもある。800円の値札を付けた、ハゼの木の小鉢を思わず買ってしまった。葉先が若干紅葉しはじめて、土面に付着したコケの緑とのコントラストが味わい深い。安行の地場モノ、と聞いた。
 そろそろ昼食の頃だが、埼玉の川口で富士宮ヤキソバってのも味気ないので、散策中に見つけた寿司屋で天ぷら定食などをいただいた(濃い目に漬かったヌカ漬けの味がいかにも田舎らしくて妙な風情を感じた)。
 次の目的地・江戸袋の方へ行くバスをスマホのナビ情報で調べたところ、しばらくない。店のおかみさんに伺うと、少し歩いた峯八幡宮という所からは何本も始発が出ている、というので、そこまで歩いていくことにする。

安行の街を歩くと、所々で植木を販売するスペースを発見。

  • 安行の樹里安(ジュリアン)で催されていた植木市。

  • 植木市の向かいでは、露店も置かれていてなかなかの賑わいを見せる。

  • ランチでいただいた寿司屋の天ぷら定食。

五穀豊穣"江戸袋の獅子舞"の迫力に圧倒!

 停留所名の峯八幡宮、正確には峯ヶ岡八幡神社といい、源氏ゆかり(清和源氏の祖・経基創建と伝えられる)の由緒ある八幡様らしいが、今回は立ち寄る余裕がない。このバス停からは、10分刻みで川口駅の方へ行く国際興業バスが出ているようだが、13時過ぎの便に乗車すると、ほんの10分かそこらで江戸袋に到着した。
 この地に興味をもったのは、まず地名。都の江戸と何らかの因果を感じたわけだが、どうもこのエドは、水が淀む=ヨドが元らしい。地図を眺めると、この地で毛長川の流れが袋状に巻いているから、まさにそういう地勢だったのだろう。
 しかし、由緒ある地名であることを裏付けるように、ここには古くから独特の獅子舞が伝わっている。バス停のすぐ横の氷川神社ではこの日、秋の獅子舞が催されていた。
 小ぢんまりとした境内に3頭(人)の獅子が出て、笛や鼓の音に合わせて舞い踊っている。獅子に扮しているのは皆、小学校高学年くらいの男の子たちで、一見して踊りがぎこちない子もいる。横からオトナが指導する声が聞こえてくるあたりも、のどかな里の祭り風で悪くない。そして、紫の覆いをして、後頭から背中にカラスの羽根を思わせる黒光りした毛が垂れ下がっている姿は、ちょっとぞくっとするものがある。
 監督役の男の説明によると、踊りは2頭のオスの獅子が1頭のメスの獅子にチョッカイを出す様を表現しているらしく、地団駄を踏むように足がバタバタっと地面を踏みつけるアクションから、"江戸袋のバッタバッタ舞"の俗称もあるという。子供たちの獅子舞も良かったけれど、桜の木の幹に背もたれして、なんとなくふてくされたような顔つきでシンバル調の金楽器(銅拍子などというらしい)を叩く初老の男の姿が目にとまった。あの男、子供の頃からこの土地で獅子舞を踊ってきた…先達らしい雰囲気が漂っていた。

バスを乗り換え、ここからは国際興業バスで移動する泉さんとなかむら画伯。

  • 五穀豊穣を祈り踊る3頭の獅子。演じるのは地元の子供たち。

  • 獅子の頭部を飾るのはカラスの漆黒の羽。なかなかの迫力を醸し出しています。

  • 五穀豊穣を祈り、獅子舞を催す氷川神社の前にて記念撮影。

2017年(平成29年)11月08日(水曜日)

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"十二月田中学校"ってなんて読むのかな?

 獅子舞の神社を後に、江戸袋から再び川口駅東口行のバスに乗る。あずま橋通りというこの道を1キロほど行くと、これまた印象的な停留所に差しかかる。
 十二月田中学校―これ、なんと読むのか? 地図で初見したとき僕は、十二月・田中学校(ジュウニガツ・タナカガッコウ)と読んで、ニンマリした。実は、この取材スタッフに「田中」という男がいるのだ。しかし、十二月の田中学校ってもワケがわからない。
 十二月田・中学校、と区切ることにはすぐ気づいたが、バスのアナウンスが流れるまでは、ジュウニガツダ・チュウガッコウと思いこんでいた。
 「次は、シワスダチュウガッコウ」
 おーっ、そうか。十二月に師走をかけているのか。なかなかシャレている。NHKで古舘伊知郎がやっている番組に投書したくなった。
 周辺には十二月田中学校、小学校、そして十二月田歯科というのも見つけたが、横道の奥にある十二月田稲荷というのがどうやらこの地名の出自らしい。
 ちょっと荒くれた面持ちのキツネの石像が2体、社の前に置かれた小さなお稲荷さん、十二月田についての由緒書きは掲示されていなかったが、十二月田小学校のHPにこんな説が載っている。
 「昔、十二月(師走、しわす)の寒い日に神様の使いといわれる狐たちが集まって杉の葉で田植えの真似をして豊作を願った、といわれることからこの地名がつけられました」
 一瞬、ムリヤリな説、と思ったけれど、そうか、地理的にも近い王子稲荷の狐の行列は大晦日の催事だから、その流れをくんだ伝説かもしれない。
 また、少し南方の足立区には六月(こちらはベタにロクガツと読む)という町があるから、そこも関係性を感じる。江戸袋の獅子舞のように、キツネに扮した子供たちが踊るお祭りが師走のころにあったら、おもしろいのにな。

"十二月田中学校"とかいて"しわすだちゅうがっこう"と読むのです。

  • 十二月田の地名の由来となった逸話の稲荷神社。周辺には田中さんの名前が目立ちます。

  • 地名なので当然ながら周辺には"十二月田"の名を関した施設や建物がたくさん。

  • ちょっと目つきが悪目な十二月田稲荷の狐。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。