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2017年(平成29年)12月13日(水曜日)

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 亀戸の駅前には10系統くらいの都バスが集合している。隅田川東方の江東区や墨田区は都バスの黄金地帯なのだ。今回はここから今井行きのバスに乗るつもりだが、ちょっと亀戸の名所を見物していこう。
 まずはなんといっても亀戸天神社。もう何度もきているけれど、勾配のある太鼓橋を渡って入っていくアプローチは印象的だ。橋の向こうの藤棚は昔ながらの名所だが、数年前からその背景に東京スカイツリーが加わるようになった。黒い撫牛の像をはじめ、菅原道真の神像で知られる所だが、裏の方には"国産マッチ創始者の碑"なんてレアな記念碑も見受けられる。
 北裏の口から出て(この辺、ひと頃まで料亭が2、3軒あったがもはや見当たらない)、東方の亀戸香取神社にも立ち寄っていこう。塚原卜伝や千葉周作ら、武道の崇拝に尊敬されたことから"スポーツの神"のキャッチフレーズも付いているようだが、この境内にはもう1つ"亀戸大根之碑"というユニークな石碑が立っている。西の練馬大根と同じく、かつて周辺で作られていた江戸野菜の1つ。亀戸四丁目交差点近くの老舗料亭・亀戸升本(弁当で有名)で、これを使った料理を味わうことができる。
 最近、昭和レトロ調の看板建築の町並みに整えられた表参道(V6・坂本クンの実家の八百屋さんもある)を歩いて、駅前(北口)のバス乗り場に戻ってきた。

今回の旅のスタート地点「亀戸」駅のバスターミナル。


亀戸といえば、やっぱり「亀戸天神」。亀戸天神で祀られているのは勉学の神・菅原道真公で、受験生や就職試験を控えた人たちの参拝で賑わいます。

  • 亀戸4丁目交差点にある老舗料亭「升本」。ご当地グルメの亀戸大根を使った料理有名。

  • 亀戸香取神社に建つ「亀戸大根之碑」の横で、大根のポーズをとる泉さん。

  • レトロ調に整えられた参道の商店たち。昔ながらの看板建築で、昭和の雰囲気を再現。

2017年(平成29年)12月13日(水曜日)

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懐かしのトロリーバスに、思いを馳せる。

 <亀26>今井行きのバスは京葉道路を一直線に東進、荒川と並行する中川に架けられた小松川橋を渡る。東小松川の交差点を右折して船堀街道に入っていくとき、右手の宝くじセンターの派手な看板が目にとまる。
 「出たぁー7億円」とか、「総額65億円」とか。この辺、ちょっと南方に江戸川競艇場もあるから、そういうギャンブル好きをターゲットにした看板なのかもしれない。

 首都高をくぐった先から斜め左の今井街道へ。片道1直線の道ぞいに2階建ての素朴な商店が並んでいる。「しらさぎ通り」のプレートが出た西一之江三丁目でバスを降りた。
 歩道の路面に昔懐かしいトロリーバスのイラストのタイルが嵌めこまれている。101の番号を掲げたこのトロリーバスは、昭和43年の9月までこの通りを走っていたのである。さらに、それ以前は城東電車(晩年は都電)というチンチン電車が道端を走行していた。バス停の少し先に入口がある一之江境川親水公園に線路の一部が保存されている。
 そんな線路が置かれた親水公園のフェンスの向こうに、大きな池とシンボリックな塔が垣間見える。当初、公園の一角かと思ったら、別施設のようでなかなか入口が見つからない。ぐるりと回りこむようにして、一之江通りの方から進んでいくと、妙宗大霊廟(申孝園)という日蓮宗系の寺院施設だった。法華経の宝塔をイメージしたという仏塔と池を設えた庭園は、まだ周囲が田園地帯だった昭和3年に造られたものらしい。

東小松川の交差点で目を引く、高額当選をうたう「宝くじセンター」の看板。

  • かつてはトロリーバスが走っていた「しらさぎ通り」の路面には、トロリーバスバスのイラストが描かれたタイルが。

  • 一之江境川親水公園に保存されているトロリーバスの線路。公園の川に架かる橋のように置かれているのが印象的。

  • 一之江境川親水公園への道すがら発見したシンボリックな塔。日蓮宗系の寺院施設の庭園で立てられた仏塔でした。

 さて、バスはこの先、一之江駅前に立ち寄って、新中川に架かる瑞江大橋を渡ると終点の今井。都営アパートの玄関口に置かれた操車場は、都電やトロリーバスの時代からほぼ位置が変わっていない。そして、このバスに当てられた<亀26>という系統番号も、都電時代の26番(東荒川―今井)に由来するものなのだ。
 アプローチの長い今井橋の高架下をくぐって篠崎街道の横道に入ると、ちょっと昔の江戸川らしくなってくる。小さな富士塚を設けた香取神社があったけれど、亀戸の香取神社に始まって、今回のバス遊覧コースには実に香取神社が多い。ヨットや釣り船が停泊する旧江戸川の川端から今井橋の人道橋を歩いて、対岸の千葉県市川市に入った。
 こちら側も橋の脇に香取神社が祀られている。その門前を通って、昼飯の目当てにしてきたウナギ屋、「そめや」を訪ねる。すぐ目の前の突き当りのようになった川端に謂れ書きが立っているが、ここが昔の渡し場(今井の渡し)であり、昭和40年代頃まで今井橋の旧橋の橋詰だったのだ。
 そんな川端の町の入口に建つ「そめや」は、屋号のとおり、染谷さんがこの地で昭和28年から営業するウナギ屋で、いまの御主人・正男さんで3代目。そもそも先祖は明治時代の初めから利根川で川魚を釣って売っていた。
 74歳の御主人が自らの手でさばいて、備長炭の炭火で焼くウナギは、蒲焼、白焼きの串売りの他、飯モノはサンド(4900円)、特(3000円)、上(2400円)と等級分けされている。サンドとは、飯の間にもウナギが入った重ねモノ、ということだろうが、思いきったネーミングがいい。
 そして、なんといっても正男主人の"キャラが立った"佇まいにグッとくる。一見して"格闘技系"という感じだが、水彩絵の具やマーカーなどを使って自ら描いたプロはだしのポスターが店内に何点も飾られている。若い頃から愛聴しているというエルビス・プレスリーやキャロルの似顔絵、当日はちょうど安倍総理とトランプ大統領の会談にあやかった作品が仕上がって、壁に張り出されたところだった。
 「トランプの前髪んとこが長いんで、その上にウグイスのっけてみたんだよ」と、イラストもシャレが効いている。
 往年の江戸川風情を感じる店でウナギを味わって(さすがにいまのネタは江戸川産ではないが)、ちょっと先の停留所で本八幡方面へ行くバスを待つ。京成トランジットバスの相の川バス停(町名の表記は相之川)。道の向かい側に古びた寿司屋が2軒並んでいる。さっき「そめや」のおやじが、「店始めた頃は、ウナギはもちろん、クロダイなんかも海の方から入ってきて目の前で釣れたらしいね…」なんていっていたが、そういう地場データから始めた寿司屋なのかもしれない。しかし、どちらの店もシャッターが降りている。

老舗のウナギ屋「そめや」にて待望のランチ。

  • 「そめや」のご主人、正男さん。インパクトあるビジュアルの通りにへ個性的な店内のポスターも自作されている。

  • ご主人が自ら描いている店内のポスター。時事ネタやお客さんの要望によって、内容やテイストは大きく異なります。

  • 「相の川」バス停前にて。周辺に寿司屋が多いのは、そめやのご主人が語っていたとおり、このあたりでも江戸前の魚が取れていた証拠?

2017年(平成29年)12月13日(水曜日)

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しとしとと雨が降る旧行徳街道。
趣のある建物が続くノスタルジックロード!

 バスは狭い行徳街道を進んでいく。中宿、欠真間(かけまま)…と、停留所の名も旧街道らしいが、香取と書いてカンドリと読むバス停に停まった。すぐそばにやはり香取神社がある。
 車窓にぽつぽつと古い家が見えていたが、道がL字状にクランクする伊勢宿のバス停で降りると、このあたりからはとくに古い建物が目につく。鈴木畳店というのがあり、その隣に土台から上の棟を外して修繕中の古い出桁造りの家があり、さらに少し先に浅子神輿店というのがあった。ここはもはや建物だけ保存されているようだが、室町時代末からの店らしい。
 そして、行徳四丁目のバス停近くにあるのが笹屋という昔のうどん屋の建物。この店はなんでも、源頼朝にうどんを振る舞った…という伝説をもつ。頼朝軍が石橋山の合戦に敗れて安房へ逃げ帰る途上、うどん屋仁兵衛と名乗る男が彼らにうどんや酒を振る舞い、その礼に頼朝から源氏の家紋・笹りんどうを授かったのが「笹屋」の発祥…といったことが、代々保存されてきた、六曲屏風に記されているようだ。
 笹屋うどんの斜め向かいに見える、レンガ塀と唐破風の軒が印象的な古家は、行徳名産の塩を江戸に卸していた塩問屋・加藤家の明治後期の建物。そして、この家の横道が旧江戸川に突きあたった堤の上に江戸時代に機能していた常夜燈が立っている。
 背の高い石灯籠型の常夜燈は、文化9年(1812年)、成田山詣でこの船着場に出入りする信者たちが安全祈願をこめて寄進したものなのだ。往路は日本橋の小網町から乗船して隅田川、小名木川、新川を経由、この行徳の浜から陸路を使って成田山をめざす。常夜燈の脇に展示された江戸名所図会のカットに、この船着場の先の街道の笹屋も描かれていたが、そういう参詣客や塩の業者によってうどん屋は栄えたのだろう。
 堤から対岸の東京(江戸川区篠崎あたり)を眺めていたら、なんだか船で帰りたくなってしまったが、残念ながら水上バスは走っていない。塩問屋から本八幡行きのバスに乗って、総武線で帰ることにしよう。

旧行徳街道を歩く泉さん。古い街並みが今も残る希少なエリアです。

  • 行徳四丁目にある名所「笹屋うどん跡」。なかなかに風情ある建物です。

  • 行徳の新河岸跡に到着。解説の看板には、江戸時代の街並みを描いたカットも。

  • 今回の旅の終着点である江戸川の常夜灯。当時の街並に思いを馳せつつ、お散歩終了。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。