ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 足袋とフライの城下町漫遊<行田市内循環バス>

2018年(平成29年)01月10日(水曜日)

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 埼玉県北部の行田へ行ってみたいと思う。熊谷東方の小さな町だが、ここはいろいろと見所がある。"埼玉の源"ともされる「さきたま古墳群」というのがあり、石田三成の水攻めで知られる「忍(おし)城」というのがあり、「ゼリーフライ」なんていう妙なローカルフードがあり、そしてなんといっても最近はドラマ「陸王」の舞台にもなった、古き足袋生産の町として認識されている。僕はこれまでに2、3度、何らかの取材で訪れているけれど、ネットを調べていたら、近頃市内を循環するコミュニティーバスが走っていることを知った。これをうまく使って、町を散策してみよう。
 町の中心地に近いのは、秩父鉄道の行田市駅なのだが、行程の都合上、JRの行田駅からアプローチする。駅前にやってきた行田市内循環バスの<観光拠点循環コース・左回り>というのに乗車して、まずは"さきたま古墳"が散在する埼玉古墳公園前で降車。ちなみにこのあたり、住居表示板も「埼玉」と記されているが、古墳と同じく"さきたま"と読む。
 一見して広大な原っぱのなかに、古墳の小山がぽこぽこ見える。丸墓山古墳、福荷山古墳、将軍山古墳、鉄砲山古墳…いくつかの案内板が出ているが、バス停のちょっと先に丸い椀(わん)型の姿を見せた丸墓山というのに上った。上空から見た格好も直径105メートルの整った円型で、下からの高さは、19メートル。6世紀後半くらいに造られたものらしい。
 頂きからは2キロほど先の忍城も眺められるが、石田三成も水攻めの際にここに陣を置いたのだという。いい枝ぶりの桜が何本か植えこまれているから、春は花見客も訪れるのだろう。
 この先に「古代蓮の里」という名所もあるようだが、ま、この季節の蓮田を眺めてもしょうがないので、市街方向へと歩く。佐間という町を過ぎて、右方に進めば古い足袋蔵の多い向町や旭町の界隈だが、左方に広がる水城公園に立ち寄っていこう。往年の忍城外堀の名残という広々とした池の一角に、中国の庭園を思わせるような太鼓型の石橋が渡されている。そう、この橋「陸王」で役所広司がランニングしている背景によく写りこんでいた。本日は平日で空いているけれど、土日はいわゆる"聖地巡礼"のファンがそこらじゅうでスマホを傾けているのかもしれない。
 ところで、この公園の一角にひと頃「ゼリーフライ」を揚げ売りするスタンド店があったはずだが、通りすがりの人に伺ったところ、引っ越してしまったらしい(ゼリーフライの正体については後述)。
  • 「行田駅」から市内循環バスでスタートです!

  • 広大な原っぱにポコポコとみえる古墳たち。

  • 古墳の頂から微かに見える忍城(写真右端)。

2018年(平成29年)01月10日(水曜日)

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足袋の街・行田で。ドラマ「陸王」の撮影地を訪ねる。

  水城公園の北方に忍城がある。いまの三階櫓はおよそ30年前に再建されたものだが、室町時代中頃に築かれた城とされ、明治初めの廃藩置県の折に廃城となった。いわゆるバブル期に復刻された城とはいえ、関東圏の小都市の城としては立派な方だろう。
 忍城という名は、この地にいた忍一族というのに由来するらしく、戦後の昭和24年に市政化されるまで町の名も「忍」(おし)だった。行田に改称されたのは、忍市(おしし)だと呼びにくいせいかもしれない。
 城に隣接する郷土博物館に足袋生産の歴史資料が展示されている。江戸中期の明和2年(1765)に刊行された中山道の案内書に「忍のさし足袋名産なり」なんて記述が見られるそうだが、大工場が出現して大量生産が始まるのは明治の20年代以降。ミシンの普及に加えて、日清戦争と日露戦争、2つの戦時に海軍から軍艦内で履く足袋の大量受注を受けたのが発展の契機となったようだ。
 展示物のなかで、思わず釘付けになってしまったのが昔の足袋ラベルのコレクション。
 満足たび、正直足袋、乙姫足袋…ネーミングも様々だが、組体操をする若者3人組をユルいタッチで描いた「カルワザ」とか、強そうな力士が弓取りをする様子を描いた。「弓取印」とか、デザインもなかなか凝っている(少女時代の美空ひばりそっくりの娘を描いたラベルも見掛けたが、たぶん無許可なんだろうな…)。
 行田市駅の南方、八幡町と呼ばれる旧道商店街の周辺には古い足袋蔵が点在している。 そして、関連したミシン製造、販売の看板も目につく。八幡神社の横道を入っていったところに、おやっ?と思う物件を見つけた。
 門の名柱に<イサミコーポレーション>と表札を出して、奥に古めかしい工場の棟が建ち並んでいる。ここ、表札の名義こそ違うけれど、「陸王」の"こはぜ屋"ではないか…。
 大正6、7年頃に建設された棟が保存された、市内でも最古の足袋工場(現在は被服工場)らしい。

郷土博物館に展示されていた、当時の足袋のラベルデザイン。館内で資料も販売されています。

  • 水城公園の北方にある忍城。いまの三階櫓はおよそ30年前に再建されたも

  • ドラマ「陸王」のロケ地となった「イサミコーポレーション スクール工場」にて。

  • 行田では、いまも昭和の雰囲気を色濃く残す町並みが楽しめます。

 お昼近くなって腹も減ってきた。商店街で見掛けた、一見して気さくそうなオジサンに問い掛けた。
―この辺にゼリーフライ、食べられる店ないっすか?
―ゼリーフライはないけど、フライとヤキソバの店ならその先にあるよ。オレ、昔から通ってるんだけどウマイよ。
 なんて指示に従って、歩いていくと、さっきのオジサンが車で追ってきて、「フライとヤキソバのセットで頼むのがいい。マヨネーズをかけてね」と、減速しながらわざわざ念を押して去っていった。
 <フライ やきそば>と素朴な看板を出した「にしかた」という店で、地元オジサンの指示通り、やきそばとフライのセットを注文した。やきそばはともかく、ここでいう「フライ」は、よくある衣をつけて油で揚げたフライではなく、お好み焼きのようなものなのだ。
 小麦粉を水で溶き、ねぎ、豚肉、卵などの具を入れて、平ったく焼いたもので、「お好み焼き」といっても通るメニューだが、この町では古くからフライと称する。足袋工場で働く忙しい従業員の間食として広まったもので、フライパンでチャッチャッと仕上げることが多かったのでフライの名が定着した…と、以前取材先で聞いた。
 そして、今回は味わえなかったゼリーフライ。こちらはフライの製法とはまるで違う。オカラを主材料にしたコロッケ風の揚げ物で、ゼリーとは「ゼリーのように軟らかい」、あるいは「銭(小判)に似た格好からゼニが訛った」などなど、諸説ある。
  • フライが食べられる場所を細かく教えてくれる地元のオジサン。ありがとうございました。

  • 地元のオジサンが絶賛する「にしかた」さんに到着。

  • ランチに注文するは、もちろんオススメのフライと焼きそばのミックス!

2018年(平成29年)01月10日(水曜日)

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雄大な利根川にかかる"利根大堰"を徒歩で制覇!

 さて、腹ごしらえをして市内循環バスで少し遠方に足を延ばそう。市役所前から<北西循環コース・右回り>という路線に乗ると、このバスは利根川の川岸近くまで行ってくれる。バスといっても、車両はいわゆるワゴン車で、混んでくると助手席にも客が乗る。
 行田市駅の北側に出ると、やがて車窓は田んぼが広がる田園風景となった。老人福祉センターというバス停で降りると、すぐ脇を見沼代(みぬまだい)用水が流れ、ちょっと行った先に利根川の水を取り込む堰(利根大堰)がある。そう。大宮や浦和を通って東京の足立区の方まで流れてくる見沼代用水の始点はココなのだ。そして、歴史を遡れば、三成が水攻めの際に造成した堤の利根川側の起点もこのあたりではなかろうか。
 ここまで来たら、大堰の脇に架かる武蔵大橋をわたって向こう岸まで行ってみたい(さらに2、3キロ上流には渡船もあるが、強風だと運航しない)。この橋、車道主体で歩道は狭いのが片側に設けられているだけだが、当日は12月の澄んだ冬晴れで眺望は実に良い。下流にくっきりと筑波山、上流の彼方に雪をのせた山稜は榛名山だろうか…。いや、しかし風が強い。冷えたカラッ風が容赦なく吹きつけてくる。橋の途中にわかりやすい表示はなかったが、いつしか県境を越えて、向こう岸には<群馬県千代田町>のプレートが掲示されていた。
 スマホというのはやはり便利なもので、バスナビというアプリでチャチャっと検索したところ、少し先の停留所から館林に出るバスがあるのを知った。館林から東武線に乗って帰るのもいいかな…と、目当ての富永郵便局前(館林観光バス)まで行って、停留所の時刻表をチェックしたところで、誤りに気づいた。20分後に来るのは逆方向の千代田町役場に行くバスで、館林行きの方はおよそ1時間半待たなくてはならない。
 なじみのない名前のコンビニ1軒きりしか近くにないこの場所で、1時間半時間を潰すというのはきつい。日が暮れる前に、カラッ風が吹きすきぶ利根川の長い橋をまた引き返すことにした。

「行田市駅」から別の市内循環バスに乗り換えて、一路「利根大堰」へ。

  • 群馬県と埼玉県を隔てる利根川にかかる、雄大な利根大堰の姿。

  • あまりはっきりした県境は確認できずも、埼玉県から群馬県に突入!

  • 東京への帰路は秩父鉄道で。夕焼けに映えるややノスタルジックな車両をパチリ。

イラスト:なかむらるみ

PROFILE

泉麻人(コラムニスト)

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

なかむらるみ(イラストレーター)

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。