ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 第25回 武蔵野の長距離バスに乗って
  • 2018年(平成30年)03月14日(水曜日)
 いま運行している都バスの路線のなかで、おそらく最も長い距離を走るのが花小金井の駅前から青梅車庫まで行く<梅70>系統というやつだろう。これに乗って、いつものように途中下車などしながら散歩を楽しもうと思っているのだが、今回"散歩愛好者のバイブル"雑誌「散歩の達人」からコラボ話をもちかけられた。4月号(3/20発売)の"バス特集"に合わせて、この連載の出張企画のようなものができないか?というので、青梅に到着してからもう1本、向こうの山間部を走る路線に乗って、そちらの続編を「散歩の達人」誌の方に掲載しようということになった。
 そんなわけで、ちょっと早目の朝8時20分、西武新宿線の花小金井駅北口に集合、8時25分発の便に乗車した。ちなみにこのバス、長距離路線…と書いたけれど、以前はもっと都心よりの荻窪から出発していた(さらに手前の新宿から出ていた時期もあったかもしれない)。
 短縮されたとはいえ、今も淡々と青梅街道を西へ行くこのバス、まもなく渋滞にひっかかった。すぐ先に西武新宿線の踏切があるので、朝の通勤時は交通が滞るのだろう。さらにその先、多摩湖線、国分寺線と、西武線の踏切を3つも通過する。多摩湖線踏切脇の小さなマッチ箱みたいな青梅街道駅の横を過ぎると、ファミレスの合間に垣根や古めかしい蔵を置いた昔ながらの農家がぽつぽつと見えてくる。このあたりの小川町(小平市)は、江戸時代(1650年代)の玉川上水の敷設とともに新田開発された一帯で、街道ぞいに農家の屋敷が並び、裏手に各家の短冊型の農地が広がっている。畑はひと頃より随分減ってしまったが、小平上宿とか小川一番なんてバス停の名を見ると、なつかしい武蔵野の田園風景が回想される。
 スケートセンターとBIG BOXが建ち並ぶ、いかにも西武沿線らしい東大和市の駅前風景を横目に青梅街道を北上していくと、奈良橋のT字路で狭山丘陵の南麓に突きあたる。蔵敷、芋窪…と、このあたりはずっと右手の車窓に多摩湖南岸の小山の景色が続いている。都バスの運賃もさすがにこの路線は距離変動式で、とうとう300円を超えた。
  • 深聞1

    今回のスタート地点「花小金井駅北口」で、梅70系統の青梅車庫行きに乗車!

  • 深聞2

    小平市の小川町付近は新田開発された土地のため、屋敷の裏に短冊形の農地が残る農家も多い。

  • 深聞3

    高田馬場のイメージが強い西武の「BIGBOX」。全国展開をしているわけではなく、高田馬場とここ東大和の2店舗だけと、希少な駅前商業施設です。

軽便鉄道の線路跡を探索。
連続するトンネルは、
ちょっとホラーな雰囲気で…
 武蔵村山市中藤地区の三ツ橋のバス停で途中下車。すぐ横の信号の所を山側の道に入っていくことにしよう。<入り運動広場>なんて看板が広場の入り口に出ていたが、この"入り"は入り口のことではなく、この辺の集落の名称なのだ。入り谷戸、みたいな地形に由来するものだろう。  新興住宅が途切れて、景色が寂しくなってきた。この道で合っているだろうか…スマホの地図で確かめながらも少々心もち不安になってきた頃、前方に小池(番太池)が、そして右脇の道の奥に<赤坂トンネル>と表示板を掲げた小さなトンネルが見えた。
 トンネルのある狭い道は<自転車道>と添え書きされているが、人が歩くこともできる。赤坂トンネルをくぐった先は多摩湖南岸の山に突きあたって行きどまりになるが、反対方向にトンネルを設けた道が市街の方へ続いている。この道、最初から自転車道として造られたわけではない。昔の軽便鉄道の跡なのだ。
 鉄道ファンの間では<羽村山口軽便鉄道>などと呼ばれているようだが、多摩湖(村山貯水池)と狭山湖(山口貯水池)、いわゆる村山貯水池の造成工事の際、多摩川の砂利運搬の目的で東京市水道局が敷設したもので、大正から昭和の初めにかけて使われた後、戦時中には廃止されてしまった。
 この冬の寒さで凍りついた番太池の横をぬけて進んでいくと、やがて御岳トンネルというのが口が開けている。丸く掘られた狭い隧道、一応灯りは点いているが、コレ、ひとりで歩くにはちょっと心細い。さすがに夜間はシャッターが降りて閉鎖されるようだが、日中でも向こうからコワモテの集団なんかがドカドカ歩いてきたら、息が詰まりそうだ。
 御岳トンネルをぬけた先に赤堀トンネル、さらに横田トンネル(トンネル脇には人家もある)をくぐりぬけると広々とした都道55号(多摩大橋通りの先)傍らに出る。
 自転車道はこの道を横断して、さらに西方へ続いているが、そもそも軽便鉄道はいまの横田基地の一角を通って羽村の多摩川べりへと続いていたのだ。
 なんとなく、「スタンド・バイ・ミー」の少年気分でなぞめいたトンネル道を完走(といっても1キロ足らずだが)、先のバスが通る青梅街道の交差点までやってきた。横田というバス停(横田基地で知られる横田は従来このあたりの地名だった)があるけれど、そのすぐ横に<村山大島紬>の看板を掲げた、クラシックな洋館が建っている。門柱に<村山織物協同組合>の表札が出ているが、この地域は八王子と並ぶ織物の名産地だったのだ。
 館内にちょっとした展示スペースがある。午前10時の開館を待って(開いていたので少し早く入れてもらった)、なかを見学する。
 村山紬(つむぎ)、さらに村山紺絣(がすり)などの土地の織物が隆盛をきわめたのは明治から大正、せいぜい昭和の30年代初めにかけて。もちろんその発端は、八王子と同じく、周辺で絹の原材料ともいえる蚕がさかんに養殖されていたからだろう。展示されていた宣伝ポスターに女優の木暮実千代が起用されているものを見かけたが、彼女が着物モデルを務めた頃が最後の盛りと思われる。
 係の女性に尋ねたところ、いまも完全に廃れたわけではないが、織物をやっている家は市内(武蔵村山)で2軒ほどだという。帰り際、薄暗い売店に置かれた"村山織の栞(しおり)"を記念に買った。ちょうど携帯していた松本清張の古い文庫本に渋い絣の色合いがよくなじんでいる。

深聞4

現在はサイクリングロードとして開放されている軽便鉄道の線路跡。連続するトンネルが特徴的。

  • 深聞5

    「入り運動場」とは運動場の入り口ではなく、「入り」はこの辺の集落の名称なのだそう。

  • 深聞6

    「異世界へと続くトンネルを抜ける勇者たち」みたいな躍動感ある写真に。

  • 深聞7

    村山織物協同組合の展示スペースを見学。織物の歴史に触れることができます。

赤塚不二夫先生と
昭和レトロな街並みを堪能する
 横田のバス停から再乗車、車窓に<うどん>の看板がちらほら見られるけれど、この辺は武蔵野うどんの地帯でもある。八高線の箱根ヶ崎の駅前商店街をぬけ、瑞穂町からいつしか青梅市の領域に入った。しばらく、大味なバイパス風景が続いていたが、東青梅の駅先で旧青梅街道に入ると、素朴なトタン看板を張り出した古い商店が増えてくる。西分町のあたりからは、昭和30年代調の映画看板で装飾した青梅特有の街並みが目につき始める。町歩きは後ほどゆっくりするとして、とりあえず終点の青梅車庫まで行ってしまおう。
 青梅車庫があるのは森下町の熊野神社の脇。かつて陣屋が置かれた、青梅宿の西の端っこだ。背景に山を見せて黄緑色のバスが並ぶ景色は、まさに"山間の都バス車庫"って感じで珍しい。
 ここから東方の中心街へと歩いていくと、すぐ左手に青梅古建築の筆頭<旧稲葉家住宅>があり、右手の白壁塀を下った先には青梅の地名の源とされる老梅を植えた金剛寺があり、青梅駅の西側にもなかなか見るべきものはある。そろそろ腹も減ってきたので、「大正庵」という年季の入った佇まいのソバ屋で昼食をとることにした。2月なかばの寒い日なので、ここは迷わず温かい汁物だ。西多摩の銘柄豚・東京X(エックス)を使った肉うどんをいただく。大正元年創業、と看板に記されたこの大正庵、建物はおそらく昭和中頃の建築だろうが、青梅のイメージにぴったりの"正しいソバ屋"という感じだ。
 もともとの古い街並みをベースにして、90年代頃から久保板観という、この町出身の看板画家が描いた、なつかしい昭和タッチの映画看板で街角を装飾し始めた青梅、レトロな観光イメージはすっかり定着した。
 <赤塚不二夫>や<昭和レトロ商品>のミュージアムもあるけれど、この日は残念ながら休館日、住吉神社の門前のバスの待合小屋には、マリリン・モンローの<バス停留所>の映画看板が掲示されているあたり、芸が細かい。
(ここからのバス旅・都バス<梅74甲>の模様は「散歩の達人」4月号に掲載されます)
深聞5

「青梅」という地名の由来となった金剛寺の老梅。今年は寒いせいか、まだ梅は2、3りんしか開いていない。


深聞4

バスの停留所に名画『バスストップ』の看板。随所に映画看板を掲げられているが、よくみると半分くらいはジョークネタなのは赤塚不二夫氏の影響でしょう。

  • 深聞4

    青梅は赤塚不二夫氏所縁の地として、昭和レトロな雰囲気をウリとしています。

  • 深聞6

    ランチは、西多摩の銘柄豚・東京X(エックス)を使った肉うどん。

  • 深聞7

    青梅車庫では、雑誌『散歩の達人』の撮影を開始。この続きもお見逃しなく!

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PRESENT
散歩の達人
東京深聞 初のコラボ企画を記念して、今回のバス旅の続きが掲載される『散歩の達人』4月号を抽選で5名さまにプレゼントします。
※応募締切:2018年3月28日(水)
PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。