ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 三浦半島 剱埼から三崎港へ
  • 2018年(平成30年)08月08日(水曜日)
 三浦半島のバスは、2年前の夏に逗子から葉山あたりの路線に乗った。ことしは半島の東の方を訪ねてみようと京急の三浦海岸駅までやってきた。ここからは剱崎や江奈、といった半島南端の鉄道空白地帯へ行くバスが出ている。
 前回と同じく、集合時間よりも少し早く着いたので珈琲でも飲もうと喫茶店を探すと、「ぽえむ」という店があった。懐かしい…ここの店、看板のロゴから察してひと頃まで東京でよく見掛けたチェーン系の喫茶店に違いない。都心から退去したこういう店が地方都市でしぶとくがんばっているケースはけっこうあるものだ。そして、これまた前回と同じく店内でスタッフのTと顔を合わせた。愛煙家の彼は、タバコを一服するために灰皿のありそうな渋目の喫茶店を探し歩いているようだ。
 剱崎行きの京急バス(遠方の三崎東岡行きでも可)に乗車。梅雨が早く明けた7月の中頃だが、平日の10時過ぎということもあってか、海水浴客で混み合っていることもない。駅前商店街をぬけてまもなくバスは海岸べりの道に出たが、車窓越しのビーチに水着の若者の姿はほとんど見受けられない。ウィークデーとはいえ、やはり噂のとおり、最近の若者は海で泳がなくなったのかもしれない。
 三浦海岸の砂浜エリアを過ぎると、○×丸なんて釣舟屋の看板が目につく漁港じみた景色になって、「鋒」と書いてトガリと読む、古地名らしいバス停があった。その先から右手の山間へ入っていって、小高い畑地のなかの終点・剱崎に到着した。ケンザキと読む人もいるが、これはツルギザキが正解。
 僕がこの辺に初めて来たのは80年代初頭、勤めていたテレビ情報誌編集部の新人社員の頃だ。夏の休みに上司たちが民宿を借りて遊んでいる…というので、御機嫌伺い気分で顔を出したのだが、酒豪の男の指揮のもと、日中からヘビーな酒盛りをやっていて、ウソの用を作ってすぐに引きあげた。剱埼という印象的なバス停の名が記憶に残っている。
  • 深聞1

    三浦海岸駅からいざ出発!!

  • 深聞2

    三浦海岸駅近くにあるレトロな喫茶店。

  • 深聞3

    バスの車窓から見える砂浜を見ながら、最初の到着地点は"剱崎"。

三浦半島の南端にあるどこか洋風な「剱埼灯台」へ。
 釣舟民宿らしき看板がぽつぽつ見える集落の先は広大な畑で、道端に小さなスイカの実が確認できる。海の方へ向かうくねくね道を歩いて、まずめざすのは灯台。7月の炎天下、夏の序盤のセミ・ニイニイゼミの金属質の鳴き声がニーニーーーと周囲の林から湧き出すように漂ってくる。
 しかしこの剱埼灯台(こちらはツルギサキと濁らないようだ)、三浦半島はおろか、東京湾の口に置かれた重要な灯台のはずだが、案内板ひとつ出ていない。時折前方に姿を現す灯台本体とグーグルマップの指示をたよりに目的地までやってきた。
 白い、円筒型の…まさに灯台のお手本的な格好をした灯台である。いまの灯台は関東大震災による倒壊後に新築された2代目というが、初代の竣工は明治4年(1871年)、その5年前の幕末・慶応2年にイギリス、アメリカ、フランス、オランダとの間に結んだ江戸条約に基づいて設置が決まった灯台の1つなのだ。
 由緒正しき剱埼灯台、ここに来るときの道すがら気になっていたのだが、灯台のすぐ手前に建設された鉄骨組みの電波塔がどうにも目に障る。無線の電波塔らしいが、どうにかならなかったものなのだろうか。観光都市として映画ロケ地の招致などに積極的な三浦市にしては、ちょっと惜しい物件である。
 灯台の内部に入ることはできないが、すぐ向こうの崖際からは東京湾が見渡せて、灯台の望楼からの景色を想像することができる。崖下には平ったい岩礁が広がっていて、傍らの道から下りていける。岩場に足を踏み入れた途端、無数のフナムシがまさにクモの子を散らすようにゾロゾロゾロと移動していった。
 と、気味のわるい描写を入れこんでしまったけれど、こういう光景も三浦半島の岩磯らしい。そして、この岩礁の隅の草むらに素朴な木組みの鳥居を置いた、なかなか味わい深い祠があった。おそらく、波除けを祈願するものだろう。謂れひとつ掲げられていなかったが、グーグルマップには「竜宮祠」と表示されていた。なるほど…それにしてもグーグルはこういうネタ、どこで仕入れてくるのだろう?
 この岩礁づたいに江奈湾の方まで歩けるようだが、2キロ近い岩場の行路はきびしそうなので元のバス道へと戻る。湾曲する坂道を下っていくと向こうに江奈湾が覗き見えてきた。バス停にもある海岸の名は松輪海岸。マツワ…と声に出すと、僕の世代はおもわずという80年代の"あみん"のヒット曲が思い浮かぶ。サバの産地で知られたところで、前に来たときミヤゲ物館みたいなところでウマいサバの一夜干しを買ったはずだが、あれはどの辺だったか? 見あたらない。魚の店は見つからなかったが、江奈のバス停近くに大きなスイカをゴロゴロ並べ売りする果物や野菜の直売店があった。ここは夏のスイカにメロン、ナス、トウモロコシ、冬はダイコン、キャベツ、港の魚介類…とにかく海のものも山のものを充実している土地なのだ。
  • 写真では見えないが、足元にはフナムシが大量発生…。

  • 海の側にある素朴な鳥居「竜宮祠」。波除けの祈願として。

  • 自然豊かな三浦半島には、こんなにたくさんのスイカが!!

漁師町としても知られている「三崎港」へ向かい、
マグロ料理を堪能!!
 江奈湾の西の端のあたりは干潟と水草の繁る湿地が広がっている。バスの時間に合わせるように再び山道を上っていくと、次のバス停は毘沙門天入口。もう毘沙門天本体までは行かないけれど、このバス停は道が挟まる古集落の入り口に、実にいい感じで立っている。こういうのどかな田舎のバス停の雰囲気が残る場所は三浦半島の一帯でも稀少になっているのだろう。
 三崎東岡行きのバスに乗って宮川町まで来ると、視界が開けた先に三浦市の市街地が垣間見える。城ヶ島大橋の下をくぐって、三崎港まわりの町の領域に入った。椿の御所、北条…この辺は鎌倉幕府ゆかりの地名を使ったバス停が多い(このバスは通らないが、頼朝が放った矢に由来する「通り矢」なんてバス停もある)。
 港町の中心地・三崎港のバス停で停車、目あての昼飯を味わうことにしよう。バス停のすぐ向こうに見える「咲乃家」は、昔から知られるマグロ料理の名店で、僕は先代がやっていた「天咲」の時代に何度か来たおぼえがある。初めて食べたマグロのカマのステーキやわかめのシャブシャブの味はいまも忘れられないが、残念ながら本日はシャッターを閉めている。もう一軒、80年代の頃に地元の人によく連れてきてもらった「ちりとてちん」という店に入ることにした。
 ここは、アオリイカの刺身をカワハギの肝であえて食べるネタが格別だったのだが、ランチタイムのメニューには見あたらない。暑い日だったのでガマンしきれず生ビールを1杯、マグロの腹皮をプルコギ風に味付けした肴に始まって、マグロを中心にした丼モノ各種で腹を満たした。
  • 深聞7

    田舎の雰囲気を感じながら、山道を歩き、毘沙門天入口のバス停へ到着。

  • 深聞8

    今回のお昼はこちら。昔ながらの料理店へ。

  • 深聞9

    贅沢にも3色のマグロが味わえる!! お昼時だったので満席でした。

三崎港は食べ物だけではない!!
古き良き建物が残されている魅力的な街並みだった!!
 さて、この三崎港、食べ物だけで満足してはもったいない。港町らしい古い建物がなかなかよく保存されているのだ。戦前の右読み屋号の看板を掲げた船具や漁具の店、昭和30年代からそのまま時が止まったような婦人洋品店、家具屋…そんな町並をうまく舞台に使った沢村一樹主演のドラマ「ユニバーサル広告社」の建物も、ドラマ上の看板を掲げたまま存在していた(僕はけっこう観ていたので懐かしい!)
 神社へ向かう参道の辻に「喫茶トエム」という"レトロモダン調"の店を発見、涼をとるべく入ってみると、マジンガーZをはじめとする超合金センスのフィギュアなどで装飾された店内のムードからして、僕より少し若い世代の人が古い建物を再利用して立ちあげた店だろう。ちなみに「トエム」の店名は、横須賀で漁師を営んでいた店主の御先祖・赤穂戸衛門(トエモン)の名にあやかったものらしい。しかし、初っ端に「ポエム」に入って、ここでまた「トエム」とは、何かの縁かもしれない。
 そう、ここでいただいた「珈琲寒天」、ちゃんとした寒天を使った珈琲ゼリーで、シロップも含めてとてもおいしかった。
 帰路の京急・三崎口まではバスが頻繁に出ている。珈琲寒天など味わって時間をつぶしていたのは、もう1本バスに乗って寄り道したいポイントがあったからだ。三崎港から北西の海際、油壺の手前の浜諸磯行きのバスに乗ると、4つ目に「海外」というバス停がある。京急バスの停留所には丁寧にふりがなが付けられて、これ「カイト」と読むのだが、まぁ細かいことはいいだろう。
 最後にここへ立ち寄って、「この夏、海外に行ってきました」というオチにしたかったのである。
  • 深聞6

    かのテレビドラマででてきた「ユニバーサル広告社」の建物がそのままに。

  • 深聞4

    どこが遊び心があり、風情のある喫茶店へ。バスが来るまで一息。

  • 深聞7

    猛暑の夏、海外へ!! サングラスに帽子はかかせません。

イラスト2
「泉麻人絶対責任編集 東京深聞」が待望の書籍化!
「東京深聞」過去2年分(第1話~第24話)が東京新聞の書籍「大東京のらりくらりバス遊覧」として、全国書店にて販売中!
▼▼▼
PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。