ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 軍都・王子から旧古河庭園へ
  • 2018年(平成30年)11月14日(水曜日)
 近頃の東京には、ほぼ区や市町村単位でコミュニティーバスが走っているものだが、北区にも「Kバス」というのがあって区内を巡回している。今回は王子からコレに乗ってみたい。
  王子駅東口の北側、「北とぴあ」の玄関先あたりに乗り場がある。JR線路下の狭いガードをくぐったバスは本郷通りを北上、十条台小学校の手前を左折して中央図書館の前にやってきた。ここでまず降車。といっても僕の目当ては図書館で調べ物をするわけではなく、僕の目当ては館の半分ほどに利用されている赤レンガの建物。横浜の赤レンガ倉庫にも似た佇まいのこの建物は、戦時中の陸軍造兵廠(りくぐんぞうへいしょう)の薬莢(やっきょう)工場に使われていたらしい。現在内部はリニューアルされて図書館とカフェになっているが、見上げると天井部には昔の金属製の梁なんかがそのまま保存されていて、歴史を感じさせる。
  図書館のすぐ向こうには、いまも陸上自衛隊の駐屯地が置かれているが、この辺から埼京線の線路端にかけては、明治時代の後半から軍の広大な鉄砲工場が設置されていた一帯で、ちょっと南寄りの中央公園の一角には陸軍造兵廠の本部が入っていた白亜のコンクリート建築が保存されている。
  現在は区の文化センター(様々なセミナーなどが催される)に使われているこの建物、終戦後は米軍に接収されて、ベトナム戦争の当時は野戦病院に利用されて、ちょっとした社会問題になっていた。僕が小学5、6年生の頃、全共闘の学生たちが押し寄せて「米軍は出て行け~」とシュプレヒコールをあげていた光景がニュースで流れていたのを思い出す。
深聞1

ユニークな標識を発見。マナーを守りましょう。

  • 深聞2

    北区のコミュニティバスである、≪愛称名「Kバス」≫に乗車!!

  • 深聞3

    赤レンガが目立つおしゃれな「北区立中央図書館」。カフェも併設されています。

  • 深聞4

    中央公園文化センター。特徴ある建物なので、ドラマや映画ロケなどにも利用されています。

“Kバス”に乗って、江戸の紅葉名所~西ヶ原名物グルメを堪能!!
 中央公園の前の通りを少し王子駅の方へ行くと、紅葉橋という橋がある。橋の傍らに通称・紅葉寺(もみじでら)と呼ばれる金剛寺が建っているが、この寺を含めて石神井川の渓谷ぞいに徳川吉宗が「カエデを植えよ」と命を出し、以来あたりは江戸の紅葉名所になったという。そう、吉宗は飛鳥山の桜のプロデュースばかりではなかったのである。取材当日(10月中旬)、紅葉寺境内のカエデはまだ色づいていなかったが、この原稿がアップされる頃にはそろそろ良い色を帯びはじめているかもしれない。
 紅葉橋の停留所から再び先のバスに乗車、音無橋のところで都電と合流、飛鳥山の緑を車窓越しに眺めながら次の目的地、旧古河庭園へと向かう。旧古河庭園のバス停で降りようと思っていたら、1つ手前に気になる停留所がある。花と森の東京病院――いったい、どういう病院なのだろう?
 降りてみると、すぐの目の前の病院は、お花畑に囲まれたメルヘンムード満点のホスピタル…というわけではなく、一見どうってことない、シンプルな総合病院だ。ただし、ロビーをちょっと覗いてみると、裏窓の向こうに滝野川公園の緑が望めて、この借景が“花と森”のキーワードになっているのかもしれない。調べてみると、前身は隣接する国立印刷局の職域病院として立ち上がったようだ。
 ところで、この「花と森の東京病院」でバスを降りようとする寸前、車内の広告アナウンスで「ハンバーグの専門店 榎本ハンバーグ研究所」なんて店が近くにある、という情報を得た。時刻は11時半、ランチの店も固まっていなかったので、ここでハンバーグを味わうことにした。デミグラス、焦がしチーズ、煮こみ、「しるばーぐ」なんていう雑炊風の変わり種まで含めて、ハンバーグ料理ばかりがメニューに並んだこの店、肉もデミグラスソースの味もさすがにおいしかった。花と森の東京病院でバスを降りた甲斐があった。
深聞5

紅葉橋から見える金剛寺。紅葉が楽しめる景勝地としても人気です。

  • 深聞6

    バス車内のアナウンスに興味をそそられて向かった「榎本ハンバーグ研究所」。

  • 深聞7

    西ヶ原名物“しるばーぐ”。ラーメンのスープのような汁にハンバーグを浸しながらいただきます。

  • 深聞8

    デミグラスビーフシチューの煮込みハンバーグ。歯ごたえの異なるお肉のハーモニー。

和と洋が調和された旧古河庭園~レトロな洋館“古河邸”を訪ねて。
 西ヶ原の二股交差点右手に広がる旧古河庭園は、清澄庭園や六義園と並ぶ東京の本格庭園の1つであり、庭と合わせて古河邸の洋館の佇まいも素晴らしい。
  まずは庭の方から眺めてみよう。当日は、“秋のバラフェスティバル”の最中で、盛大な種類のバラの花が洋風庭園一帯を飾っていた。この庭園はもう何度か訪れているけれど、武蔵野台地の端っこの高低差のある地形を見事にいかした構成につくづく感心させられる。
 洋館と同じくジョサイア・コンドルが設計したという洋風庭園を下ると、低地には京都の庭師・小川治兵衛(通称・植治)が手掛けた日本庭園が配置されている。畔に雪見灯籠を置いた心字池や茶屋のある日本庭園を散歩して、下からまた洋館の見える洋風庭園の方へ上っていく感じはテーマパーク調のおもしろさがある。
もとは陸奥宗光の邸宅のあった(宗光の次男が古河家に養子に入った)この地に、コンドルの設計による古河虎之助の邸宅と洋風庭園が完成したのは大正6年、日本庭園も含めて、現在の姿に整備されたのは大正8年、西暦の1919年というから、ほぼ100年の歴史になるのだ。
 ちなみに、古河虎之助の家族がこの家で生活していたのは大正時代の10年足らずの間で、その後は古河財閥の迎賓館に利用され、戦時中は陸軍、終戦後はGHQに接収され、占領期の後は長らく閉鎖されていた。
 今回、ガイドさんに導かれて、はじめて洋館内をじっくり見学させてもらったが、へーっと驚かされることがいくつかあった。たとえば、玄関を入ってすぐ横のビリヤード室。ビリヤード台の8本の脚にあたる部分の床にいちいち補強用の大理石が埋め込まれていたり、浴槽がコンパクトなローマ風呂を思わせるシャレた円型のものだったり、洋風の扉で隠されるように畳敷きの和室がいくつか設けられていたり…。館の端の方には使用人たちが使った部屋も残されている。僕は、1920年代頃のイングランド貴族の館を舞台にしたイギリスのTVドラマ「ダウントン・アビー」を最初のシーズンからずっと観ているファンなのだが、ガイドさんの話では、ああいう複数のメイドや料理人たちを常駐させた、和製ダウントン・アビー的な世界が大正時代の数年間ながら展開されていたようだ。
  • 深聞09

    今年で100年の時を迎えた旧古河庭園。

  • 深聞10

    庭師・小川治兵衛が手掛けた日本庭園が堪能できます。

  • 深聞13

    2階は、寝室を除いたすべての部屋が、和室のお部屋となっています。

田端周辺を散策~病気治癒の御利益「赤紙仁王尊」を訪ねて。
 旧古河庭園をあとにして、すぐ先の滝野川会館の停留所から、こんどは田端方面へ行くKバスに乗車する。
どういうわけかこのバスは7、80代くらいの老婦人ばかり乗っている。本郷通りを南下して、駒込駅の南口からバスは込み入った裏道をクネクネと進んでいく。駒込一丁目で降車して、100メートルほど歩くと「田端銀座」という昔ながらの商店街が忽然と出現する(次の田端三丁目で降りても近い)。
 路端に野菜を出した八百屋やら花屋やらが狭い筋に並んだこの田端銀座、田端の駅からはかなり離れた住宅街の一角に孤立して存在する感じが散歩者の興をそそる。「濃い豆乳」と手書きの品礼を出した豆腐屋の店先で、文字どおり、ねっとりした濃い豆腐感のある豆乳(200cc:120円)を立ち飲みして谷田川通りを田端の方へと歩く。その名のとおり、谷田川という昔の川の暗渠道(旧古河庭園のあたりも1つの水源とされる)で、藍染川と名づけられた谷中の谷を通って不忍池に注いでいた水流なのだ。
 そして、この谷田川通りの周辺には“田端文士村”を形成した作家や画家の住居が多かったようだが、もはや面影のある建物1つ残されていない。馬込文士村で立ち寄った川端龍子邸のような、有形の史跡でもあれば訪ねてみたいところだが、地味な謂れ書きを見つけてもおもしろくない(田端駅前に田端文士村記念館というミュージアムはある。)。
谷田川通りから、ちょっと北寄りの広い新道に出ると、東覚寺という寺がある。赤紙仁王の俗称の方で知られる寺なのだが、門前に鮮やかな朱赤の紙をべたべた貼り付けられた仁王像が2体置かれている。
 「しばられ地蔵」なんかのシステムと同じく、参詣者は己の身体の具合の悪い部位にあたる仁王像の箇所に赤札を貼りつけて、治癒の願掛けをする。僕となかむら画伯も寺務所で赤札(ノリ付きで1枚20円)を買って、仁王像のおもいおもいの箇所に貼りつけた。
僕は、最近妙にかゆい右目のあたりともう1つ股間部に貼ってみたが、後者はとくに深刻な悩みなどがあるわけではない。
  • 深聞15

    谷田川通り周辺に多くの文士や芸術家が集まってたと記されている地図。

  • 深聞16

    地元の豆腐屋さんの名物“濃い豆乳”は、汲み上げ豆腐をそのまま飲んでいるよう。

  • 深聞17

    田端のパワースポット! 身体の悪い部分に赤札を張って治癒祈願。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。