ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 稀勢と大仏と落花生の里、牛久へ
  • 2019年(平成31年)03月13日(水曜日)
 常磐線に乗って牛久にやってきた。この連載、東京周辺の県も何度か訪ねてきたが、茨城は初めてだろう。
 牛久のバスに乗ろう、と思いたった1つのきっかけは、先頃引退したこの町出身の横綱・稀勢の里。改札を出た先にさっそく「郷土の誇り ありがとう横綱稀勢の里」と幕が掲げられ、銅像こそまだなかったけれど、東口の駅前ロータリーの一角には手形のレリーフが置かれていた。ぽちゃっとした形がいかにも稀勢の里らしい。
 さらに、牛久といえばやはり大仏の見物だ。ここでは以前、板橋の東京大仏を訪ねているが、牛久大仏は高さ120メートルというギネスにも認定された“世界最大”を誇っている。
 東口ロータリーの「牛久浄苑」行のバス乗り場には“大仏の顔写真”が掲示されていた。われわれ以外の乗客は中高年の夫婦風が2、3組で、僕のすぐ後席の男女は関西弁で東京名所の話題をやりとりしている感じからして、西から来た観光客と思われる。僕はにぎやかな関西人の会話を聞き流しながら車窓風景に目を向けていた。
 市街地が途切れた先に<金は農協>なんて看板を掲げた大谷石の蔵が垣間見え、やがて黒瓦屋根の立派な屋敷が並ぶ農村集落の景色になった。岡見下宿、なんてバス停からして、旧街道の古集落なのだろう。そうかと思うと、「小坂団地」なんていう集合住宅もあり、そのうちまた延々と田園風景が広がるようになって、木立ちの向こうに忽然と牛久大仏がその姿を現わした。
「ふぁ~やっぱり大っきいわぁ」
「そりゃ、世界一やもんな」
 後ろの関西カップルが盛んに感動の声をあげている。
 牛久大仏のバス停で降りると、停留所のプレートと停車したバスを手前にして、ちょうど向こうに正面を向いた大仏が聳えたっている。おもわずカメラを向けたが、あいにくの曇天で、灰黒の大仏が空にぼんやり霞んでいるのが残念だ。
 両側に植えこみや池が配置された、直線の参道を進んで、正面のたもとから大仏を仰ぎ見る。裏側に設けられた出入り口から仏像内に入場した。下層にもいくつかのコーナーが設けられているようだが、まずエレベーターで最上の5階に昇ると、ここが高さ85メートル地点の展望フロアー。大仏の胸の高さにあたる。もう少しがんばって、目のあたりまで行きたい気がしないでもないけれど、いろいろ安全上の問題などあるのかもしれない。
 タワーのように広い窓を設けるわけにはいかないから、狭い視界からの展望ということになるが、天気の良い日には筑波山、霞ヶ浦、東京スカイツリーや富士山まで眺望できるという。
 本日は天候がすぐれないので、展望はほどほどにフロアーの壁に目を向けると、大仏完成までの建設工程が段階的な写真入りで解説されていて、これがなかなかおもしろい。その大きさを自由の女神や奈良の大仏、さらに国会議事堂とまで比較した図解が微笑ましかった。この大仏、私営のメモリアルパーク会社なんかが宣伝目的で建てたものではなく、歴とした浄土真宗東本願寺派が隣接する霊園(牛久浄苑)のシンボルとして設置したものなのだ。
 86年から建設が始まって、92年12月の完成というデータを見ると、つくば博とバブルの時代の勢いが想像される。
 下層階の3階には<蓮華蔵世界>と名付けられて、壇家個人の金色仏像(胎内仏、と呼ばれる)をずらりと配置した供養スペースがある。分骨を収納する場所もあるらしく、つまり、ここがお墓の役割も果たしているのだ(もちろん外に広大な浄苑はある)。
 当初乗る予定のバスを逃して、次のバスまで時間があるので、ミヤゲ物屋の筋で「バクダン焼」(たこ焼きとお好み焼きを合体したようなやつ)なんぞをつまみつつ時間を潰していると、こういう所にも稀勢の里の大きなポスターが張り出されていて、地元の人に深く愛されていたことがよくわかる。牛久大仏に稀勢関を重ねて眺める人もいるのかもしれない。

深聞2

世界一といわれ、ギネスブックにも登録された牛久大仏。巨大なパワーが漂います。

  • 深聞1

    “横綱・稀勢の里”のゆかりの街。昇進したことを記念した手形の礎。

  • 深聞3

    3階にある「蓮華層世界」。約3,400体の胎内仏が豪華に輝いています。

雨が降る中、田舎道をてくてく。
珍地名に遭遇しながら、
落花生の生産地へ往く!!
 来るときに乗ったバスの反対方向、牛久駅東口行に乗車して、奥野中央という停留所で降りた。この少し南方に正直町ーそのまま“ショウジキ”と読む――ってのがあって、以前クルマで通りがかって、そのおもしろい名のバス停写真を撮ったことがあった。いまもバスは通っているようなのだが、ともかく本数が少ないので歩いて行くことにした。
 しかし、ちょうど歩き始めた時に雨が本降りになってきた。コンビニで調達したビニール傘をさして、林間の坂道を1キロほど行くと正直町の道路表示板が出た交差点に差しかかった。いまはコミュニティバスだけになった、可愛らしい正直町の停留所をカメラに収めて、先刻バスで通りがかった小坂町へ向かって歩くことにする。「正直さんぽ」ってタイトルのTV番組があったはずだが、まさに正直散歩である。あたりは、数軒ばかりの集落(どんな正直者が暮らしているのだろう)が見えるだけで、林と田んぼ、荒れた湿地が遠方まで続いている。しかし、歩いているこの道は昔の鎌倉街道にあたる幹線道路のようで、トラックがけっこう頻繁にやってくる。
 牛久大仏の「バクダン焼」の店で入手したリーフレットの絵地図を見て、せいぜい30分かそこら歩けば目的のバス停に着く…と高をくくっていたら、大きな誤りだった。
「あと2キロちょっとあるみたいですよ」
 かなり歩いてきたところで、スマホで確認したスタッフにいわれてガクッときた。ようやく小坂団地入口のバス停に着いたときには案の定バスは出て、次のバスまでまた1時間余り待たなくてはならない。ランチを予定している目当ての場所まで後2キロくらいのようだから、もうひとがんばり歩いてしまった方が早いだろう。
 ここから乗る予定だった<かっぱ号>というコミュニティバスのルートをなぞるように田舎道を歩く。途中、電線鉄塔が立つ畑地の一角に出くわしたとき、向こうの山陰から巨大な牛久大仏がゴジラのようにずしずしと進んでくる光景をふと思い浮かべた。
 さて、めざしていた地は「女化」という。女(おんな)の「ん」をぬいて読みは「オナバケ」だが、これも「正直」とはまた毛色の違う印象的な地名だ。女化の地の源は「女化神社」というお稲荷さんのようだが、もう2時を過ぎて腹がぺこぺこなので、神社参詣は後まわしにして、広いバイパスぞいにあるレストラン「そば茶屋 楽花亭」へ。
 楽花亭、というくらいにここは落花生(ピーナッツ)を生産している「いしじま」という食品会社(畑で元の落花生から栽培している)がやっている蕎麦屋さんで、玄関先に大きな落花生の立体看板が掲げられている。
 これも自家生産しているという蕎麦もうまかったが、大きな実の落花生をふんだんに使った炊き込みごはんが格別だった。なんともいえない甘味がある。落花生というと千葉の八街(やちまた)あたりが名産地と聞いていたが、茨城のこの辺も生産農家が多いらしい(なかむら画伯の友人も、すぐこの近くで落花生を作っているという)。
  • 深聞4

    珍地名!「ショウジキチョウ」。バスには乗らず、看板前で撮影。

  • 深聞5

    落花生の看板が目立つ「そば茶屋 落下亭」。

  • 深聞6

    ここのお店ならではの“落花生炊き込みご飯”。

珍しい神社の名前“女化神社”には、キツネの伝説が…。
 食後、4、500メートル南方の女化神社に立ち寄った。野原の中の参道口に「女化神社」と記した素朴な看板がぽつんと立ち、薄暗い木立ちの狭間に鳥居がいくつも続くアプローチからして妖しい雰囲気が漂っている。そして、社殿手前のキツネの石像は3匹の子を抱えこんでいる。
 女化というのは、やはり娘や妻に化けたキツネの伝説に由来(恩返しネタの他、諸説ある)する地名のようだ。そして、周辺の女化の町は牛久市の領域なのだが、この神社の敷地だけは隣の龍ケ崎市馴馬(なれうま)町の飛び地になるらしい。馴馬というのも昔の城の名に付けられた物語めいた地名だ。
「女装趣味の人にも御利益あるかもしれないね」
 なんて冗談をひとつ言ってから、社殿の前で手を合わせた。
 神社からは少し離れた女化東の停留所で牛久駅へ戻る帰路のバスを待つ。鬱蒼とした林に囲まれたこのバス停は、トトロの猫バスがやってきそうな環境だ。ちなみに、ここに来るバスはさっき乗りそこねた<かっぱ号>というコミュニティバス。そう。牛久は西方の牛久沼(ここも地図上は龍ケ崎市の領域なのだが)にカッパ伝説があって、夏に盛大なカッパ祭りが催される。巨大仏に女化の狐、カッパ…実にファンタスティックな土地なのだ。
  • 深聞10

    「女化神社」にて参拝。平成14年に再建され、伝説が受け継がれています。

  • 深聞11

    参道の入り口。取材時は悪天候というのもあり、不思議な雰囲気が漂っています。

  • 深聞12

    牛久の自然や歴史が堪能できるコミュニティバス“かっぱ号”。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

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