ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 代官山、洗足、東急お屋敷街めぐり
  • 2019年(平成31年)04月10日(水曜日)
 前に渋谷の駅前からハチ公バスに乗ったことがあったけれど、渋谷の西口からはもう1つ「東急トランセ」というコミュニティバスが出ている。代官山に仕事場があった頃に何度か利用したが、上品なワインレッドカラーのバスの運転士がほとんど女性だったのが印象に残っている。今回はこのバスに乗って、まず代官山界隈を探訪したい。
 西口南方の246を渡る歩道橋のたもとに乗り場がある。向かい側の旧東急プラザの工事現場(FUKURASというビルがもうすぐ建つようだ)を眺めながらバスを待っていると、おや?運転士はさっきのも僕らが乗ろうとしているのも男性だ。システムが変わったのかもしれない。
 代官山方面へ向かうこのバスのルートはなかなか込み入っていて、“バス乗り好き”にはおもしろい。発車してすぐに246を西進すると、道玄坂上の手前から左手の南平台の方へ入っていく。鉢山町交番の横の一通の路地を抜けると、旧山手通り手前の急坂に建つ「伊太利屋本社」なんてコアな停留所に止まる。その先で素直に旧山手通りを左折していくわけではなく、向こう側の青葉台の崖道を下って、西郷山公園脇のガード(西郷山トンネル)をくぐり、またさっきの伊太利屋本社前のところを通過してようやく旧山手通りに入った。渋谷台地端っこの起伏に富んだ地形を体感するには絶妙のバス路線といえる。
 代官山Tサイトの停留所で降りて、すぐ横の蔦屋書店をちょっと覗いていこう。ここもオープンしてもう7、8年になるが、初見したときは実に興奮した。3棟仕立ての2階建の建物に書籍を中心にCD(アナログレコードも)やDVDのコーナーが独特のジャンル分けで配置されている。そして、いくつかのカフェスペースから漂ってくる、シアトル系の珈琲の香り。漢字書きの「蔦屋」特有の世界を造り出した。
 代官山に仕事場があった当時、ちょっとした調べものをするのによく利用していたのだが、2階の真ん中あたりにあるカフェラウンジ(三浦按針をオマージュして“Anjin”の名が付いていたはずだ)。そう、ここは壁際の広大な棚にアンアンやポパイ、平凡パンチ、フォーカス…主にシティー系の雑誌のバックナンバーが図書館ばりに陳列されているのだ。雑誌コレクションは社長の趣味、と伺ったが、僕のような“近過去モノ”を扱う書き手に実に重宝な場所だった。
 ヒルサイドテラスの先の歩道橋を渡ろうとしたら、あらまっ! 階段がない。信号機が設置されている架橋の部分はまだ残されているが、この歩道橋、まもなく撤去(新築されるのかも? )されてしまうようだ。
 歩道橋の向こうの坂道の入り口に門を開けた「旧朝倉家住宅」は、10年ほど前から一般公開が始まったこの一帯の地主さんの旧居。門の向こうに見える、趣きのある日本家屋は大正8年建築のもので、都心部で関東大震災やB29空襲の被害を免れた大正前期の木造建築は珍しい。
 持ち主の朝倉家は明治時代より精米業を営んでいた家だが、そもそも江戸の享保~元文年間の頃からの大地主で、いまも管理下にあるヒルサイドテラスの一帯はおろか、さっきバスでトンネルをくぐった西郷山(西郷従道の邸宅跡)あたりも朝倉家の土地だったという。
 凝った襖絵、墹間、長押などがみられる家の内を見物してから、向こうの坂際の斜面へと広がる庭に出ると、木立ちの外れに精米屋時代の道具…とも推理できる錆びた金属の容器が置きざりにされていた。そのそばに認められる朽ちた溝の筋は、かつて旧山手通り側を流れていた三田用水から引きこんだ小川跡らしい。
 朝倉家横の坂(目切坂、の名がある)を巻くように下っていくと、左側に見える真新しい建物はこの春新設(4月開校)された東京音大の代官山キャンパス。坂下のもうすぐ先は桜名所の目黒川だが、3月なかばのこの日はまだ開花にはちょっと早い。山手通り(環6)を渡って中目黒の駅裏から目黒銀座に入った。
  • 深聞1

    渋谷駅西口から、東急トランセに乗って代官山方面へ。

  • 深聞2

    都心に残る、関東大震災以前の数少ない大正期の貴重な和風住宅です。

  • 深聞3

    代官山から中目黒に向かう途中。東京音大の代官山キャンパス近くの桜。

今も昔も変わらないとこが魅力の一つ“目黒銀座商店街”へ。
 目黒銀座の商店街の途中に「目黒馬頭観音」の堤灯を出した、ネコ道のような狭い参道がある。そのどんづまりにある馬頭観音は代官山に仕事場があった時代、なんとなく吸い寄せられるように立ち寄った。久しぶりにここを覗いて、表の目黒銀座で人溜まりのできていた四川系中華の店で酸辣湯麺(スーラータンメン)の昼食。しかし、この酸辣湯麺ってやつ、いつも“字面”を目にするだけで舌の奥脇のあたりからヨダレが滲み出てくるような感覚になる。
 さて、目黒銀座の通りの電柱に着目すると、こちらの方には広告下に<蛇崩・伊勢脇通り>の表示がある。蛇崩、というのはこの道をずっと行った先の古地名で、傍らを流れる川が蛇のごとくクネクネ崩れたような筋を描いていたのが由来という。伊勢脇はこの目黒銀座中心地あたりの昔の小字名で、伊勢の由来は駒沢通りの方へ行った先にある天祖神社。まぁ天祖の祭神は伊勢神宮の天照大御神だから、お伊勢様の脇ってことなのだろう。
天祖神社の参道口は駒沢通りに面していて、すぐ目の前にこれから乗る洗足駅行きのバス停がある。このバス停の名がおもしろい。けこぼ坂上、というのだ。
 「けこぼ」というのは、ザラザラした荒れた状態をいう目黒の古い方言らしい。山手通りの側から上ってくる、昔の駒沢通りの坂道が赤土の玉がゴロゴロザラザラした悪路だったことからそんな俗称が根着いたという。
 ところで、この原稿を書きながら「けこぼ坂上」と検索すると、横にEXILEの岩田剛典の名を添えたものが表出される。何か? と思ったら、岩田剛典(ともう1人メンバーのNAOTO)がバス停すぐ横の人気のカレー店(CURRY UP)のナレーションをする広告アナウンス(次は「けこぼ坂上」の案内も込みで)が洗足駅行きの東急バスの車内で一時期流れていたらしい。そうだ、先に歩いた中目の目黒川界隈はEXILE関連スポットの密集地でもある。
  • 深聞4

    大正時代から交通安全や安産祈願にと、地元の人たちの間で親しまれていた。

  • 深聞5

    「三宝亭」酸辣湯麺。パイコー入りで。寒い日だったので、ほっこり体温まるランチ。

  • 深聞6

    洗足の閑静な住宅街に現るユニークな看板発見!!

最古の木造建築“円融寺”と
最初の木造洋館“洗足会館”へ往く!!
 渋谷駅から洗足駅に向かう東急バスはかなり古い路線だが、これも東急トランセと同じくマニア好みの“いい道”を走る。祐天寺の先から、昔の区役所があった中央町の横道に入っていって、狭い一通路から目黒通りに出たと思ったら、清水の営業所の脇から洗足方面へ続く旧道風情の通りを進んでいく。
 月光原小学校前なんていう、マンガに出てくる小学校みたいな停留所(月光町、原町という旧町名に由来する)を過ぎて、円融寺前でバスを降りた。
 横道の奥に見える碑小学校(イシブミと読む。碑文谷の碑が元だろう)裏手に広がる円融寺は平安時代の853年創建とされる天台宗の古刹だ。日蓮宗の法華寺だった江戸時代中期は蓮華往生のアトラクションめいたことをやったり、日附という女性に人気の美男僧侶がいたりで、けっこう派手な観光寺として知られていたらしい。都区内最古の木造建築とされる釈迦堂も目を見張るが、南側の正門両側に建立された仁王像も見逃せない。黒漆塗りの2体の金剛力士像は、「碑文谷の黒仁王さん」として江戸の寛政年間から市民に親しまれてきた。おそらく、前回行った牛久大仏的な観光物件だったのだろう。
 お寺の傍らに竹林が残されていたが、この辺は昭和初め頃までタケノコの名産地だった(「すずめのお宿緑地公園」という竹林を保存した緑地もある)。
 もはや学校自体は移転してしまった洗足学園前の停留所から再乗車して終点の洗足駅へ。地下駅になって東急目黒線の電車は見えないが、駅の真上のところにスポッと収まるようにバス乗り場が設置されている。
 この駅前、10年くらい前まで古渋い本屋とシマシマの看板灯を置いた昔ながらの床屋があったのだが、どちらもなくなってしまった。しかし、洗足いちょう通りの表示が出た駅前の並木道は、どことなく昔の郊外駅前通りの雰囲気が感じられる。
 とくに「目黒信用金庫」というローカル風情の信用金庫が建つロータリーっぽい辻のところから、品川区側の小山七丁目にかけてのマス目状の区画は大正の震災直前、五島慶太率いる田園都市株式会社が宅地分譲を始めた当初の面影が残っているエリアだ。洗足は東急電鉄の前身である目黒蒲田電鉄(現・目黒線)の敷設とともに、田園調布より先行して開発された、東急沿線高級住宅街の元祖なのである。
 目黒区洗足と品川区小山の区境の道を歩いていくと、目黒線の際の角地に「洗足会館」の入ったビルがある。この洗足会館こそ、まさに洗足住宅街が誕生した当初からの住民組織で、ほんの数年前まで最初の木造洋館の建物が残されていたが、老朽化でいたしかたなく取り壊されてしまった。
 ところで、日本のバレエ団の草分け「小牧バレエ団」は終戦直後、洗足会館の部屋から立ち上がったという。なるほど、郊外のお屋敷街・洗足とバレエの光景というのはよく似合う。
  • 深聞10

    碑文谷にある「円融寺本堂」23区内では最も古い木造建築物とされています。

  • 深聞11

    歴史的にも重要建築物と惜しまれつつ、解体されてしまったが、今も残されている“洗足会館”の表札は、趣がある。

  • 深聞12

    昭和6年(1931年)施工当時の旧洗足会館の外観。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

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