ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > ズーラシアの森と謎のクラシック鉄橋
  • 2019年(平成31年)07月10日(水曜日)
 JR横浜線の中山なんていう駅で降りるのは初めてだ。駅前(南口)はマクドナルドや横浜銀行やデニーズやカラオケ屋の看板が見える、よくある横浜の郊外駅らしい景色といえるが、ちょっと先の横道にはアトリエ風の洋館を改造したような、なかなかシブい純喫茶があったりする。帰路に立ち寄ったけれど、ひとクセありそうな芸術家風の中年や美大生っぽい客が溜まっていた。
 そんな中山駅前のバス乗り場からアプローチする目的地はズーラシア。首都圏ではこのズーラシアの呼び名がかなり浸透しているが、これは“愛称”のようで、バスの停留所名は「よこはま動物園」となっている。90年代の終わり(20年前の99年)にオープンした、横浜市立の動物園なのだ。ちなみにズーラシアのニックネームは、動物園のZOOにユーラシア大陸をひっかけたものらしい。
 駅前の狭い道をぬけて中原街道に出ると、ドライブインレストランなんかが並ぶ右手の車窓に緑の丘が見えてきた。横浜市の緑区と旭区の境界に広がる大規模な緑地帯、ズーラシアもその一角に存在する。
 車中の乗客は、どこかで買ってきたポリバケツをぶらさげたおじいさんが途中のバス停でひょこひょこと降りていって、残った5、6人の男女学生はズーラシアの見物客と思い込んでいたら、手前の高校(旭陵高校)近くのバス停でぞろぞろと降車。そう、本日は平日の午前10時過ぎ(通常の登校時間にしては遅いから、試験期間かもしれない)。梅雨のさなかだが、この取材にしては珍しく朝からピーカンに晴れている。風も割合と涼やかで、アウトドアーの取材には申し分ない。
  • 深聞1

    横浜線中山駅に集合し、バスに乗ってよこはま動物園へいざ、出発。

  • 深聞2

    中山駅近く路地裏にある純喫茶。自家焙煎珈琲を愉しめ、昔ながらのスイーツも必見。

  • 深聞3

    よこはま動物園到着!! 天気もよく、取材日和でした。さっ、これから入場します。

横浜の人気スポット“よこはま動物園ズーラシア”。
令和元年に誕生「アマナツ」ちゃんの魅力!!
 土日祝日は北門まで行くバスもあるようだが、平日は1つ手前の正門のところが終点。ゲートをくぐると、まず<アジアの熱帯林>というエリアが設けられている。インドゾウのスペースから始まるこのエリアには、ボルネオオランウータン、ボウシテナガザル、シシオザル…といったアジアに生息するサルの仲間が多い。なかでも目を見張るのは、フランソワルトンという、麻布あたりの洋菓子屋みたいな名前のサル。オナガザル科のこのサル、黒毛をパンキッシュにおっ立てた親の風貌はともかく、生まれてまもない(なんと令和初日の5月1日誕生という)「アマナツ」と名付けられた赤ん坊ザルがなんとも可愛らしい。こちらはまんまるい顔にクリクリのカンロ飴みたいな目をつけて、毛色も鮮やかなだいだい色を帯びている。冴えない感じの親ザルが、このアマナツちゃんを抱っこして、人目を気にするように動き回っている様子に目を奪われる。
 おそらく、土日はたいへんな人垣ができるような人気コーナーなのだろう。ところで「アマナツ」の名前、一般公募でキンカン、イヨカン、などの候補を押しのけて決まったとネットで読んだ。何故カンキツ類の名前ばかりなのか…と思ったら、どうやら母ザルの愛称が「ユズ」というから、由来はここかもしれない。
 アジアの熱帯林ーーの先には<亜寒帯の森><オセアニアの草原>といったエリアが続く。つまり、世界の動物分布に基づいたテーマパークの仕立てになっているのだ。森の中の道はくねくねと湾曲し、地形の起伏にも富んでいる。亜寒帯の森の一角には小川が流れる谷知地もあったが、おそらくもとの里山時代の地形をうまくいかしているのだろう。動物の展示場の周囲も山林に覆われているので、柵はあるものの、放し飼いの動物を眺めているような気分になる。そして、飼育員の人がインカムを付けてアンバサダー調に動物の解説をしている。この辺いかにも東京ディズニーランド以降の動物園だ。
 オセアニアの草原エリアに設けられた、<オージーヒル>というレストランでオージービーフのステーキを腹に入れて、<日本の山里>のエリアへ入っていくと、往年の武蔵野らしいコナラの林の道端に野地蔵がぽつんと置かれているあたり、なかなか芸が細かい。
 その先の<アマゾンの密林>エリアにいるヤブイヌというのはスタッフのTのお気に入りらしい。南アメリカ北部の森林、草原に生息する動物で、プロフィール写真を見るとイヌというよりコグマに近いが、どこかに潜りこんでしまったのか、残念ながら姿は見えない。その奥の<アフリカの熱帯雨林>エリアでズーラシアの看板役者・オカピのセクシーなシマシマのお尻を眺め、園北端のエリア<アフリカのサバンナ>でライオン、キリン、チーター、といった大物を見物、ここからだと北門が近いのだが、平日は閉まっている。

 オカピを象ったとおぼしき園内バス(ズッピ号)に幼児の集団と一緒に乗って、正門のところまで戻ってきた。当初、ささっと半分くらい眺めりゃいいか…と思っていたが、足早ながらも結局全エリアを巡ってしまった。動物の見物はもちろん、ちょっとした山歩きをした心地である。
  • 深聞4

    令和に生まれたフランソワルトン「アマナツ」ちゃん。とても愛くるしくよこはま動物園の人気モノ。

  • 深聞5

    オセアニアの草原ゾーン内にある「オージーヒル グリルレストラン」にて昼食。

  • 深聞6

    園内はとてつもなく広いので、このズッピ号に乗って正門へ戻ります。

ズーラシア北門から北方の三保町、
梅田谷戸水路橋へ往く
 しかし、いつものとおり、目的地1つでは終わらない。これから北方の三保町、梅田谷戸の集落をめざす。
 正門の横から北門の方へ整備された道をしばらく行くと、やがて広い道は途絶えて、右手に山の方へ入っていく狭い横道が口を開けている。近頃すっかりなれてきたスマホのグーグルマップを拠りどころに、くねっとした古道に進路をとると路面は土の杣道になって、傍らの山林の斜面に小さな赤鳥居と祠が置かれていたりする。ああいうのは崖崩れ除けを祈願して祀られたものなのかもしれないが、多摩の古道に入るとよく見掛ける。
 ヒカゲチョウがチラチラ舞い飛ぶ道を下っていくと民家がぽつぽつと見えてきた。梅田谷戸の集落だ。谷戸というのは、田んぼが丘に入りこんだような地形を表す言葉で、多摩の丘陵地には多い。以前、旧鎌倉街道について書かれた本(『旧鎌倉街道探索の旅』芳賀善次郎・著)を読んでいて、この梅田谷戸の集落にちょっと興味をもった。
 「三叉路から旧街道を行く。周囲は古い集落の梅田谷戸である。今は宿駅の面影はないが、室町期ごろからここに宿駅ができ、旅人は宿泊したり休息したという。古くは四十戸の人家があったというが、今は山奥の隠れ家といった集落である」  さらに、こんな解説が続く。
 「この集落には岩本姓が多いのでそれぞれ屋号で呼んでいる。鉄砲屋というのは、この岩本家の祖先がここで鉄砲の製造をしたからという。戦国のころであろうか。またこの集落には『かなくそ屋』という屋号もあり、昔この地から金くそ(鉛の鉄砲玉)が掘り出されたので名付けられた」
 もっとも、この本が書かれたのはズーラシアができるよりもずっと前の80年代初めであり、もはや“古集落”の雰囲気はあまりない。この数年のうちに拡幅されたと思われるバス通りにはコンビニもあって、ここでノドを潤すドリンクを買った。「岩本」の表札を掲げた“鉄砲屋”や“かなくそ屋”らしき古い屋敷も探したのだが、見つけられなかった。
  • 深聞10

    取材当日は北門が閉まっていたため、正門から北門へ続く道のりをのらりくらり。

  • 深聞11

    北門駐車場から狭い道のりを進み、いつもの取材らしい山道を歩きます。

  • 深聞12

    崖崩れ除けを祈願して祀られたのか? 多摩の古道に行くとよく見られるもの。

横浜市内に残る“三保市民の森“で、自然を堪能
 ところで、戦国時代とまでは遡らない歴史遺産が近くに存在する。バス停の梅田谷戸の1つ南隣りの三保市民の森というバス停の向こうに道路の上を横断する細長い鉄橋が見える。両側の山の間に渡されたこの橋は、水道橋なのだ。
 明治20年外国人居留地への水供給と流行するコレラ予防などを目的に、現在の津久井湖近くの道志川から取水して野毛山の浄水場まで至る本格的な水道・横浜水道が開通した。鶴ヶ峰ルートの1区間として、この梅田谷戸の水道橋が竣工したのは明治よりはずっと後、戦後昭和27年のことだというが、それでももう半世紀余り、クラシックな構造物の趣きを漂わせている。
 横手の森林(三保市民の森)のなかへと薄緑の鉄橋が消えていく景色などは、山間の謎めいた廃線を想像させる。その下をくぐってやってきた中山駅行きのバスに乗って、帰路につくことにした。
  • 深聞10

    梅田谷戸水路橋(うめだやとすいろきょう)。約31mの高さで迫力たっぷりの水路橋。

  • 深聞11

    横浜最古の排水処理施設とのこと。中山駅からバスで約20分ほどの場所です。

  • 深聞12

    鉄橋の下を走るバスに乗って、中山駅へ向かい、一行は帰路につきます。

イラスト2
「泉麻人絶対責任編集 東京深聞」が待望の書籍化!
「東京深聞」過去2年分(第1話~第24話)が東京新聞の書籍「大東京のらりくらりバス遊覧」として、全国書店にて販売中!
▼▼▼
PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

上へ戻る