ほっとWebHOME > 泉麻人の東京深聞 > 江戸川おもしろバス巡礼 棒茅場・三角・雷・名主屋敷
  • 2019年(平成31年)08月07日(水曜日)
 江戸川区には昔ながらのおもしろい名前のバス停が集まっている。路線バスをいくつか乗り継いで巡ってみたい。
 出発点に選んだのは新小岩の駅前。南口のバスターミナルから出る都バスの<新小21>西葛西駅前行きに乗車する。多くのバスが走る平和橋通りを南下、区役所の前を通り過ぎて東小松川の交差点に差しかかると、前に今井の方へ行ったとき(江戸川を渡って行徳街道を進んだ回)にも車窓越しに見掛けた宝くじセンターの派手な看板(当店より7億出たー!なんてコピー)が垣間見えた。バスは船堀街道を直進、船堀の駅前を過ぎて、新川を越えた先から右手の旧道に入っていく。
 ここから、七軒町、棒茅場、六軒町と、今の町名(北葛西)にはないバス停が続く。六軒町でバスを降りて、来た道をゆっくりと引き返す。弓形に湾曲した、いかにも昔の江戸川らしい道筋に小さな鳥居や祠を庭に置いた、古い家がぽつりぽつりと見あたる。
 明治、大正時代あたりの古地図を見ると、この弓状の道の筋に沿うように宇喜田川という小川が流れていて、七軒、六軒、さらに十軒、十八軒などと字(あざ)の名が記されている。地図に描かれた集落の様子から察して、おそらく農村時代の家屋の数に由来する地名なのだろう。
 七軒町と六軒町の間の棒茅場(ぼうしば)も、古地図に字名として記されているが、バス停の真ん前に、いかにも集落のシンボルという感じで八雲神社(江戸川の川際に多い。民家の鳥居と同じく水難除けの守り神なのだろう)が建っている。この棒茅場の名は、茅(かや)が繁る湿地から付いたものらしい。そう、10年ほど前にこの辺を歩いたとき、民家の庭先にいたおじさんに、庭のゴミ捨て場の穴底にしっかりと根を張った、茅場の名残りを見せてもらったことがあった。
  • 深聞1

    今回のルートは江戸川区。都営バスに乗って、変わった名称のバス停留所を目指します。

  • 深聞2

    以前、今井方面のバスに乗車したときにも見た宝くじ看板。車窓越しからパシャッっと。

  • 深聞3

    ちょうどバス停の真ん前にある「八雲神社」。水難除けの守り神だそう。時期的にも夏祭りのイベントが予定されています。

江戸川区の穴場スポット
“船堀タワー”から眺める東京の街。
 船堀の駅前まで歩いて、駅横のビルの上部にすっくと聳え立つ“船堀タワー”に昇ってみることにした。映画館やレストランを収容したタワーホール船堀という区の施設。一角に設置された塔楼の展望台は高さ115メートルというから、けっこう本格的なタワーといっていいだろう。
 僕はもう何度か来ているが、展望台が入場無料ってのがなんといってもいい。さらにエレベーターガールが2名も待機していて、昇っていくときにちょっとしたガイドまでしてくれるのだ。ここに来るたびに「江戸川区ってのは豊かな区なのだなぁ…」と思う。
 梅雨もまだ明けないこの日は、朝からどんよりとした曇天だったが、空の下層は割と澄んでいて荒川の向こうの東京スカイツリーはもちろん、はるか東方の海際に東京ディズニーリゾートのビッグサンダーマウンテンらしき山も発見した。
  • 深聞4

    街中に聳え立つ「船堀タワー」。防災目的のために建てられたと言われています。

  • 深聞5

    あいにくの曇り空ですが、天気が良い日は、富士山も見えるそう。

  • 深聞6

    ディズニーランドの人気アトラクション“ビッグサンダーマウンテン”の山が…!!

次世代型バス“燃料電池バス”に乗って、
珍名バス遊覧!!
 タワーホールの目の前のバス停から、都バス<錦25>の葛西駅前行きに乗って、次の目的地・三角へと向かう(葛西駅行きは複数あるので、系統番号にご注意!)。
 黄緑色の都バスをイメージしていたら、やってきたのはブラックミラーの窓とブルーカラーが目につく近未来っぽい車両で、一瞬「どこかの私バス? 」と思ったら、これは最近都バスが数両ばかり導入したトヨタ製の<SORA>という燃料電池バスなのだ。
 予定もしてなかったので、実にラッキー。ウキウキしながら乗り込むと、天井のモニターに動画広告や進路案内が映し出され、スマートなシートやブザーのレイアウトはテーマパークやリゾートホテルのトラムを思わせる。先日、都バスのフルフラットバス(スウェーデン・スカニア社製)に乗る機会があったけれど、令和の時代に入って路線バスのスタイルも大きく変貌しようとしている。
 車窓風景よりも車内の装飾に目を向けているうちに三角のバス停に着いた。
 三角(サンカク)とそのままベタに読む。バス停のすぐ横に<三角手洗所>と名付けて、三角のデザインにこだわったような公衆トイレが置かれているのが微笑ましい。もしやなかの便器も三角形だったりして…と覗いてみたが、さすがにこれはノーマルだった。
 三角バス停周辺は、道も二又に分かれて、いわゆる三角地帯っぽいブロックが見受けられるが、すぐ先に新川が流れていて、その地名はどうやら昔の川を往来していた“三角の渡し”という渡舟がもとだという。近頃の川岸は桜が植えこまれ、新川千本桜という花見の名所になっているようだが、新川橋のところからもう1本、古川というのが暗渠化(先の方は親水公園)されて枝分かれしている。
 かつて(大正時代くらいまで)この川の分岐点の岸辺に、三角形を描くようなコースで渡し舟が運航していたらしい。新川の岸に繁った笹で器用なT君が小舟をササッと作って川に投げたが、流れはほとんどなく、笹舟は川淵で滞っていた。
  • 深聞10

    国内初の取り組み! トヨタ自動車が販売する「トヨタFC(燃料電池)バス」。環境にもよく騒音も低減。

  • 深聞11

    珍名バス停留所の一つ“三角”にある「三角手洗所」。揃って同じポーズを!!

  • 深聞12

    手先が器用なスタッフTが作成した“笹船”。残念ながら、流れがなく止まってしまいました。

インド料理の聖地“葛西”で“ビリヤニ”を食し、
異国風情を堪能。
 さて、そろそろお昼どき。三角から再び葛西駅前行きのバスに乗って、駅の北方のレストランでランチタイムとしよう。
 葛西といえば“インド料理の聖地”だが、ネットで見つけて予約した「スパイスカフェ フンザ」という店もその1つ。マトンやバターチキンのカレーもいいけれど、以前神田の方の店で味わった“ピラニア”みたいな名前のインド風炊き込みライスがここにはある。
 ピラニアではなくピリヤニが正解、と原稿を書くまでそう思いこんでいたら、ピではなく、ビリヤニと濁るのが本当の名称らしい。細長い、いわゆるインド米をクミンやコリアンダー…などのスパイスで炊いた、ドライカレーのパエリア版みたいな料理。ここのはタンドリーチキンが2切ればかりあしらわれ、辛目のソースとヨーグルト風のソースが付いてくる。
 インド系の従業員ばかりが目につく、現地インドや東南アジアのインディーズ街にあるようなレストランだが、ビデオモニターからはマハラジャっぽいインド歌謡映画ではなく、なぜかアイドルグループ・Jのパフォーマンス映像が延々と流れていた。何かの取材できたのだろう(ちなみにこの日の夜、ジャニー喜多川氏の訃報を聞いて、奇妙な気分になった)。
  • 深聞10

    環七通り沿い走るバスに乗って、“インド料理の聖地”葛西でランチに向かいます。

  • 深聞11

    ビリヤニが食べられるという「スパイスカフェ フンザ」にて。

  • 深聞12

    インドで食べられる炊き込みご飯“ビリヤニ”。長粒米“バスマティライス”は独特の香りが…!

旧江戸川沿い近辺に存在する
珍名所“雷”のバスルートを辿る。
 食後、葛西駅から<葛西22>一之江駅前行き(都バス)というのに乗る。環七を直進して一之江方面へ行く系統もあるけれど、これは旧江戸川沿いを迂回するように進んでいくルートで、途中に雷(いかずち)という珍しい読みの1文字停留所が存在する。
 このバスが通る道は、環七なんかができるよりずっと前からある古道で、昭和30年代頃までは湿田の間の水路をノリ漁の小舟が往き来するような地域だった。道が大きくカーブする地点にある雷バス停、その名の由来とされるお不動様が急カーブを曲がって、少し北上したところの真蔵院に祀られている。
 「葛西沖でしけにあった漁師が、この寺の松にいた竜の発する光で助けられ、残された剣を不動にそなえたことから波切り不動、その不動が大雷雨のときに雷を退治したことから雷不動と呼ばれた…」
 SF特撮時代劇のシーンが想像されるような説が記されているが、このあたりが夏の雷雲の通り道だった…という一説を気象の本で読んだこともある。
 雷の次は雷上組(いかずちかみぐみ)という、字面的にもインパクトのあるバス停が立っているが、10年くらい前に歩いたときにはすぐ横に「いかづち堂」という古びたせんべい屋があって、雷に縁の深いアラレを買ったおぼえがある(もはやその店もない)。
 来るたびに減ってはいるようだが、このバス通り沿いには漁農村時代を思わせる古い家がまだぽつぽつと残っている。東西線(高架線)と葛西橋通りの下をくぐって、渋い町中華の店の脇の浦安橋停留所からバスで一之江駅へと向かった。
  • 深聞10

    今回のメインテーマである“おもしろバス停巡礼”。葛西駅前から雷へ向かいます。

  • 深聞11

    “雷”「かみなり」でなく、「いかずち」と読みます。江戸川区らしい名前の由来です。

  • 深聞12

    「雷不動」に行くための道しるべで建立されたそう。新川の曳船のとも綱をかけた後が残っています。

江戸時代の情緒あふれた古民家
“一之江名主屋敷”を訪ねて
 一之江の駅前から、本日初めての私バス・京成バスの<小76>小岩駅行きに乗車する。だいたいいつもバス乗車より歩いている時間の方が長いこの連載、今回はよくバスに乗っている。明和橋通りを進んで、瑞江の斎場(この火葬場も古い)の横をぬけ、首都高小松川線の交差点を過ぎると、名主屋敷(なぬしやしき)という停留所がある。降車すると、バス通りの1本裏手にこんもりと森に囲まれて、一之江の名主・田島家の屋敷が建っている。
 一之江村の新田開発を指揮し、江戸の時代初期から名主を務めた田島一族。こういう保存古民家は各地で眺めてきたが、東北地方の曲がり屋を思わせるこの田島家の主屋の規模は大したものだ。囲炉裏にくべられたマキから漂う、焦げた木の匂いが郷愁を誘うが、これは単なるノスタルジー演出ではなく、「虫よけの効果があるんですよ」と管理人から伺った。
 縁側や裏戸越しに竹林、シイやエノキの繁る豊かな屋敷林が広がるこの家は、庭歩きも楽しい。
  • 深聞10

    江戸時代そのままの佇まいを残す古民家“一之江名主屋敷”。(江戸川区登録史跡)

  • 深聞11

    風情ある囲炉裏でまったり。江戸時代の生活の雰囲気を堪能できる場所です。

  • 深聞12

    庭園(南庭)は昭和になって整備されたそう。池には鯉がいます。

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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

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