ようこそマイホームタウン FILE 27 志垣太郎 × 有楽町


今月の街先案内人

今回のゲストは俳優の志垣太郎さん。
役者デビューを果たした街だけでなく、人生の多くを共にしてきた有楽町を紹介していただきます。

TVの世界よりも華やかで煌びやかな街。それが有楽町と銀座なんです。

「母と月に1回デートする場所が有楽町だったんです」 やさしい表情で母親との思い出を語る志垣さん。
「母と月に1回デートする場所が有楽町だったんです」 やさしい表情で母親との思い出を語る志垣さん。

 「僕にとって有楽町と銀座というのは、おおげさでなく人生を共に過ごしてきた街なんです。」 そう語るのは俳優の志垣太郎さん。年配の人には時代劇のイメージが強く、40代の人には『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』での“デビル志垣”のイメージが強烈でした。最近の若者には『踊る!さんま御殿!!』や『有吉反省会』での個性的なおじ様キャラとして知られています。そんなすべての世代に愛される志垣さんに、俳優を目指すきっかけや有楽町との関係を伺いました。

 「僕は東京生まれなんですけど子供の頃、月に1回母親と訪れる街が銀座だったんです。当時の銀座というのはそれはもう華やかな場所で、日本の最高峰といっても過言ではないステータスがありました。母は働いていたたため、子供をかまってあげる時間が取れていないことを気にしていたんでしょうね。だから月に1回の贅沢として、銀座で買い物をして有楽町にあった日本劇場で観劇するというのが恒例のデートコース。
 当時の日劇は春・夏・秋の三大おどりが有名で、その煌びやかな世界に僕はすっかり夢中になりました。いつかはその煌びやかな世界に入りたいという気持ちは、この頃に持ち始めたんです。

有楽町の魅力を語り始めると、堰を切ったように数々のエピソードを披露してくれる志垣さん。まさにマシンガントーク。
有楽町の魅力を語り始めると、堰を切ったように数々のエピソードを披露してくれる志垣さん。まさにマシンガントーク。

 そのあと巷ではロカビリー旋風が巻き起こり、日劇もウエスタンカーニバルで盛り上がります。そこでバンドを組んで歌手になることも目指したんですけど、それはすぐに才能がないことに気づいてあきらめました。そんな時に「巨人の星」のオーディションがあって、試しに受けてみたら、まさかの主役として合格。これが一つ目のターニングポイントです。

 単なるアニメの劇化ではなく中村吉右衛門さんが星一徹役でしたし、テレビで王・長嶋両選手と出演したりと、かなり東宝が力を入れた作品だったんです。そこに素人の僕が抜擢されて、正直『スター街道に乗った!』という気持ちに舞い上がりましたね。
 この劇は今は無き『芸術座』で公演されたので、僕のデビューは有楽町なんです。ところが憧れの街でデビューできたものの、そのあとが続かなかった。1年以上どこからも声がかからないし、さらに彼女と別れたりと正に失意のどん底みたいな時期が続いて……この時期の有楽町は、僕にとって悲しみの街だね(笑)

 そしてNHKのドラマ「男は度胸」の大石主税役で出演したのが第2のターニングポイント。
 ようやく掴んだこの役は歴史上ではそれなりに知られた人物ですけど、ドラマの本編とはあまり関係がなくて『一方その頃?』といってカットインされるだけのシーン。切腹へ向かうまでの数秒程度の出演でした。ところがそのシーンを観ていた視聴者の方からNHKに問い合わせが多数あったらしいんです。そこで僕の再出演が決まったんですけど、同一番組で同じ役者が違う役で出演するわけにも行かず、別名義で再登場ということになりました。その時につけた芸名が志垣太郎なんです。
 志垣は母方の性で、ちょっと複雑な性ですから名はシンプルにしようということで太郎になりました。
 これが呼び水となって、そのあと立て続けにお仕事をいただけるようになり、なんとか今まで役者としてやらせていただいています。」

誰かの記憶に残ることが役者としての本望ですから、
未だに役名で呼ばれるとすごく嬉しいですね。

有楽町の駅前を探索中。「再開発で馴染みのお店がどんどん無くなっちゃったけど、綺麗になったし歩道が歩きやすくなったよね」
有楽町の駅前を探索中。「再開発で馴染みのお店がどんどん無くなっちゃったけど、綺麗になったし歩道が歩きやすくなったよね」

 「若くして演劇の世界に入ったから、有楽町・銀座界隈ではずいぶん可愛がってもらえましたね。先輩が連れて行ってくれるお店には山口淑子さんやカルーセル麻紀さんらがいらしていましたし、舞台の仲間とは有楽町のガード下でホッピー片手に演技論に花を咲かせる毎日。
 当時の銀座界隈は、演劇界にしろ文壇にしろ本物が集まっていて気品のある大人の街でした。それでいて荒削りな若者が新しい文化を作り出そうとしている活気もある。円熟した文化とそれにアンチテーゼをぶつける未熟な若者。清濁併せ呑む懐の深さがあったと思いますね。

 それに当時の娯楽は映画が一番人気で、次にテレビ。スクリーンやブラウン管のなかの華やかな世界に憧れた人が多いと思うんだけど、銀座や有楽町はそれ以上に華やかな世界でした。
 だから地元の人たちだって、銀座に行くときはおめかしをするのが当たり前で、それが楽しみでもあったんです。

道行く人にも気さくに応える志垣さん。飾らない人柄は、老若男女問わずに支持される魅力の一つです。
道行く人にも気さくに応える志垣さん。飾らない人柄は、老若男女問わずに支持される魅力の一つです。

 できれば、これからも銀座、有楽町にはそんなステータスの象徴であって欲しいとも思います。だって、何かに憧れることって、人ががんばるための原動力だと思いませんか? 僕はこの街に似合う大人になりたいと思ってがんばってきました。そんな人がこれからも出てきてくれると嬉しいんですけどね。」
 これからの世代といえば、ご子息の匠さんが同じ事務所で役者として活動されていますね。 「そうなんです。でも正直、どうやって対応するのが正解なのか今も手探りな状態です。
 不安定な芸能界の厳しさを考えると、もっと安定した道を歩んでもらいたい気持ちもあるし、自分と同じ道を選んでくれたことへの嬉しさみたいなものもあります。
 それに、親としてだけでなく同業者の先輩として伝えられるものは何なのか?
 教えることは簡単ですけど、自分で経験しなければわからないこともたくさんありますから、どこまで見守るべきなのか。そういったことの境界線をどこで引こうかと悩み中ですね。

 ただ、役者というのは観てくれた人の記憶に残ることが本望ですから、そういう意味では少なくとも役者である息子は僕の演技を覚えていてくれる。それだけで、僕の役者としての本懐は遂げたといえるかもしれませんね。そういう安心感をもてたことは息子と妻のおかげだと思います。

 もちろんこれからも、もっと多くの人たちの記憶に残るような演技を続けていくつもりですよ。
 未だに地方へ行くとご年配の方から、役名で声をかけていただいたりします。僕の演技を覚えていてくれているわけですから、とても嬉しいですよね。
 そういった人たちにもっといろんな役を覚えてもらうためにも、日々精進していこうと思います。」

写真:ボクダ茂

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志垣太郎
Myprofile
志垣太郎(しがき たろう)

オスカープロモーション所属。昭和44年、芸術座から「巨人の星」で主役デビュー。主演代表作品に「青い山脈」「あかんたれ」「氷山のごとく」「狼の紋章」等多数。現在はバラエティー番組への出演他、ドラマや時代劇ではコミカルな役からシリアスな役まで幅広くこなす。
『徹子の部屋』より
Information
■テレビ朝日系
 『徹子の部屋』

 2016年8月12日(金)12:00?

 溺愛パパが噂の愛息とテレビ初共演!

 『徹子の部屋』公式ホームページ

■テレビ朝日系ドラマスペシャル
 『瀬戸内少年球団』

 倉持昌義役
 今秋放送
 『瀬戸内少年球団』公式ホームページ