ようこそマイホームタウン FILE 30 又吉直樹 × 吉祥寺


今月の街先案内人

今回のゲストはお笑いコンビ"ピース"として活躍する傍ら、デビュー小説「火花」で芥川賞を受賞されるなど作家としても活動されている又吉直樹さん。そのルーツともいえる吉祥寺の街を紹介していただきました。

半人前の芸人は、社会的には「なんでもない存在」。
誰もが楽しめる充実した街で、自分の存在について考えさせられました。

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 人気お笑いコンビ"ピース"として人気絶頂のなか、小説「火花」を発表して、文壇においても一躍時の人となった又吉直樹さん。「火花」が芥川賞を受賞すると、累計部数も240 万部を突破する異例の大ヒットとなりました。そんな話題の「火花」でも度々登場している吉祥寺の街について伺いました。


「この街で暮らしていた頃の僕は、20 代で芸人としてもまだまだ売れていない時期。若手の芸人やミュージシャンって、高円寺や中野あたりに住んでいることが多いと思うんですけど、それは自分と似た状況の人が多くて住みやすいからなんですよ。でもそれは居心地が良すぎる環境ともいえます。誰かが売れれば『よし!俺も続くぞ!』とスイッチが入るんですけど、しばらくするとダメな仲間たちに引きずられて、気づけば元の状態に戻ってしまうという罠が待ち受けています。
 ところが、吉祥寺は似ているようで異なるんです。 ここはファミリーでもカップルでも充実した毎日を送っている人ばかりで、みんなが幸せそうな笑顔ですよね? なんか輝いているじゃないですか? それを見ていると、芸人としても半人前、社会人にもなりきれない「なんでもない存在」である自分が、とてつもなく惨めに思えてくるんです。打ちのめされるというのかな? だからこそ、絶対売れてやる!という気持ちを持ち続けることができたんだと思います。」

ライブこそが自分のホームグランドと語る又吉さん
ライブこそが自分のホームグランドと語る又吉さん。「好きなことを能動的に発表できるのって、やっぱりライブなんです」
ステージに立たせていただいたことで、自分の甘さを認識できました。
"毎日何かしら考える"を日課にされているそう。「ネタだったり、ライブの構成だったりと何でもいいからお笑いについて考えています」

 吉祥寺での思い出や特別なエピソードがあれば教えていただけますか?
「下積み時代に過ごした街ですから、毎日が苦しかったし、楽しかったですけど、反対にエピソードがありすぎてどれを話せばいいのかわからないくらいです(笑)。
 でも吉祥寺って、個人的には個性豊かな人が多いと思うんです。例えば駅前でよく歌っているおじさんがいたんですけど、何語で歌っているのかよくわからないんですよ。あるとき気になったので、近づいて聞いてみたんです。そしたら『ニャーニャー♪』と猫語で歌っていました(笑)。それから僕の中では、そのおじさんの名前は"猫ブルースのおじさん" で決定です。しかも、しばらくたってから気づいたのですが、実は僕と同じアパートの住人でした…。
 他にもファミレスで注文するときに必ず『コーヒープリーズ!』と叫ぶおじさん。僕の中では"プリーズ"というあだ名をつけていたんですけど、やっぱりその人も同じアパートに住んでいました(笑)。
 あれ?吉祥寺ではなく、僕のアパートに個性的な人が集まっていただけですかね? まぁ、良くも悪くもとても刺激を受ける街だと思います。駅を挟んで北側には大きな商店街がありますし、南側にはデパートの丸井や井の頭公園がある。それぞれのライフスタイルに合わせた暮らしや遊びができる街なので、いろんな人が集まってくるんでしょうね。 だからこそ、自分にはない感性にも触れる機会がたくさんありました。」

ライブが僕のホームグラウンド。
来年にはちょっと規模の大きいライブを予定しています。

あいにくの雨にも関わらず、久しぶりに訪れた故郷の地でややハイテンション気味な柴田さん。「撮影とは反対ですけど、あっちも覗いてみたい!」
苦くても充実した毎日を過ごした吉祥寺の街を探索する又吉さん。「当時は本当に"打ちのめされた"という気持ちが強くて、相当焦ってました」

 そもそも、お笑いを目指したきっかけというものはありますか?
「小学生の頃から吉本の新喜劇などを観て育ってきたので、お笑いが大好きだったんです。本格的にネタ帳なんかを作り始めたのが中学生の頃。当時ダウンタウンさんが全国的に売れ始めていて、「2丁目劇場」という深夜番組ではジュニュアさんや中川家さん、桂三度さんらが活躍されていました。いま考えれば皆さん20代なんですけど、当時の僕には大人に見えました。そんな大人が、アホなことやってすごく楽しそうに働いている。それを観て、自分もやろう!と決意したのは覚えています。高校へはサッカーで推薦入学しましたけど、サッカーの合間にネタを作ったり、仲間とお笑いの同好会を作ったりと、準備は進めていたんです(笑)。」


 執筆活動をされたりバラエティ番組以外にも月イチでライブをされたりと、多岐にわたって活動されていますが、一番楽しいと思うことはどれですか?
「楽しいのはやっぱりライブですね。ライブは本当に好きなことをやれる場所ですから。そこで培ったことをテレビ番組や小説とかでお披露目するというか、自分の血肉として盛っていくようなイメージです。だからライブが僕にとってのホームグランドといえるかと。テレビの仕事って、求められることに応じるというパターンなので、基本的に受け身なんです。ただ、今までやったこともないことを求められることもあるので、新しいことにチャレンジするきっかけはテレビが多いかもしれません。
 小説というか文章を書くことももちろん楽しいですよ。

繁華街でありながら暮らしにも密着しているのが吉祥寺の魅力。
オシャレなカフェやセレクトショップに並んで、現役の八百屋さんも。繁華街でありながら暮らしにも密着しているのが吉祥寺の魅力。

世間には突然小説を書いたように思われていますけど、実はそうでもないんです。芸人として売れる前の2008年から「新潮」でエッセイを書かせていただいたり「小説すばる」で連載を持たせていただいたりと、執筆活動は行っていたんです。当時、芸人が文芸誌に執筆するというのは珍しかったので、ずいぶん可愛がっていただきました。その頃から小説を書くよう勧められてはいたんです。とはいえ、自信もないですから断りますよね? 芸人として成功するという目標をおろそかにしたくなかったですし。だから2010年に芸人としてテレビにも出れるようになったら、みなさんとても喜んでくれましたね。
 ありがたいことに、出版社の方々は『落ち着くまでは時間がとれないだろうから』と気を使ってくれていました。それで、芸人としての仕事がある程度回るようになった頃に「そろそろ、あの話はどう?」みたいに催促されたんですよね。さすがに断るわけにいかなくなって…。だから、実は芸人としてのテレビデビューよりも、文壇デビューの方が早いんですよ(笑)。」


 最後に今後の展望を教えてください。
「来年あたりに、ちょっと大きめなライブを計画しています。その頃には相方は渡米していると思いますけど(笑)。別に相方のことがきっかけではなくて、前々からやりたいと思っていたことです。いろんなゲストを迎えて、これまでのライブで積み重ねた研究成果を発表したいなぁ、と考えています。
 それから、小説の第2弾も書き上げたいですね。なかなか難産だと思いますけど、どちらも楽しみにお待ちください。」

品揃えが豊富でオシャレなお花屋さんがあるのは、生活が充実して心にゆとりがある住民が多い証
品揃えが豊富でオシャレなお花屋さんがあるのは、生活が充実して心にゆとりがある住民が多い証? さすが吉祥寺!

写真:加藤峰暁

又吉さん
又吉直樹
Myprofile
又吉直樹( またよし なおき)

1980 年生まれ。大阪府出身。高校卒業後、NSC 東京校の5 期生として入学。
同期の綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成し、人気を博す。コントや舞台の脚本も手がけるなど早くからマルチな活動を続け、芸人活動の傍ら執筆した「火花」が第153 回芥川賞を受賞。