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  • 川合俊一×六本木

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六本木が私のホームタウン
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今月の水先案内人⽚桐はいり
今月の街先案内人
今回のゲストは長らく日本のバレーボール界を率いたレジェンドプレイヤーである川合俊一さん。ご自身にとって、もっとも居心地のいい街だという"六本木"で、当時のエピソードも含めてお話を伺いました。
現役時代に広がった交友関係が、今の自分に大きく影響しているんです。
 長い間、日本男子バレーを牽引してきたレジェンドプレイヤー川合俊一さん。当時のスポーツ選手には珍しいお洒落な出で立ちや甘いマスクで、またたく間にお茶の間の人気者に。引退後もスポーツキャスターとして活躍され、バラエティ番組への出演や、日本バレーボール協会理事の肩書をもって活動されています。

そもそも、この業界を目指したきっかけは何だったのでしょうか?

「どの業界のこと?(笑)。芸能界とビーチバレーのことなら簡単ですよ。
 現役時代に広がった交友関係は業界の方が多かったので、当時から出演依頼はいただいていました。ただ、芸能界に興味はなかったのですべて断り続けていたんです。
 それが現役を引退して、断りづらくなったというわけ。とはいえ、90年の3月末日で富士フイルムを退社して4月1日からテレビに出演するとなると、なんかタレントに転身するために引退したって思われそうでしょ? だから、ほとぼりが冷めるまでしばらく海外に脱出することにしたんです。
 ところが、そこで運命のビーチバレーと出会ってしまった。『こんなにも楽しいスポーツ、日本でも広めたいなぁ』という気持ちが湧いてきてしまいました。

 それで『ビーチバレーの宣伝をさせてもらえるなら番組にも出ます』というスタンスでテレビのお仕事もお受けするようになったんです。
 実は当時話題にしていただいていた、自分のファッションにしても、お付き合いのある方のなかにコシノジュンコさんとか、デザイナーの方がいらしたので、ショーで使用したものをいただいていたんです。僕くらいの身長になると、まず既成品ではサイズが合わない(笑)。でも、パリコレで発表したものって、いわゆる普通のデザインやカラーのものはないでしょ?
 もうね肩パッドはすごいし、色も紫とか黄色といったイケイケ系のものばかり。そりゃ目立ちますよね。でも、それが話題となって、バレーボール以外でも注目されるようになった理由のひとつですから、今の僕は当時の交友関係がつながった結果とも言えます。」

当時のエピソードを思い出し、思わず笑みが漏れる川合さん。



東京五輪に向けて、ビーチバレーの普及と人気拡大が第一の目標。

かつて防衛庁があった付近も、今はミッドタウンとして新しい街に。川合さんの古巣「富士フイルム」さんの本社も入っています。

バレー選手としての現役を退いてから、充実した第2の人生を送られていますが、今後の展望は?

「ビーチバレーは、まだまだ国内での認知度は低いもの。でも海外での人気は絶大なんです。現に世界大会の会場はどこも有名な観光スポットに設営されます。例えばフランスはパリならエッフェル塔の前に砂を運んできて会場にしたり、五輪でもロンドンの時はバッキンガム宮殿の前だし、前回のリオは当然コパカバーナでした。
 過去の五輪では、集客率もトップクラスだといいます。ビーチでアルコールを飲みながら観戦できるというのも人気の要因なのでしょうね。
 だから、世界のビーチバレーファンは、東京で五輪を迎えるにあたり、会場は皇居の前だとか東京タワーの前なんて場所を想像していたんです。ところがお台場の"潮風公園"と伝えられて『どこそれ?』となっちゃった…。
 実際には東京湾沿いで行われる競技が多いので、メイン会場同士も近く、決して悪い場所ではないのですけど、海外の人からすれば知らない場所なんです。
 それに、ビーチバレーという競技はエンターテイメント性が高いものなのですが、日本はそういったイベントを仕切るのがお世辞にも上手いとはいえませんよね。実際に競技を観たことのある方ならご存知だと思いますけど、ビーチバレーと音楽は切っても切り離せない要素のひとつです。その選曲や、いわゆるハーフタイムショーの演出にも不安は残るんです。

 僕は日本ビーチバレーボール連盟の会長ではありますけど、五輪の組織委員ではないので、自分で仕切ることができません。
 もしも僕が責任者だったら、サザンオールスターズの桑田佳祐さんみたいに、夏のイメージにマッチして、なおかつ場を盛り上げることに長けている著名な方に丸ごとお願いしちゃいます。
 開閉会式は野村萬斎さんが総合演出されることになったじゃないですか。 僕は各競技毎に演出をお願いするというのもアリだと思うんですよね。どうでしょう?桑田さん、組織委員の方々。」
  • 川合俊一

    六本木にくると『帰ってきた』というような安心感に包まれるとのこと。「もはや"自宅の庭"的な存在です。」

  • 川合俊一

    3丁目付坂の起伏が大きく、裏路地には面白いお店がたくさん。「この辺だけで、4軒はハシゴできますよ!」

  • 川合俊一

    六本木に来て、信号を渡るのは来た時と帰るときの2回だけなのだそう。その理由は2P目に掲載してあります!

写真:ボクダ茂
PROFILE
  • ⽚桐はいりプロフィール
  • 川合俊一

    1963年2月3日生まれ。新潟県出身。

    日本体育大学在学中にバレーボール全日本男子のメンバーに選出され、83年のアジア選手権での活躍から一躍時の人となる。日体大卒業後は富士フイルムに入社し、日本バレーボール界を牽引する存在に。富士フイルムを退社し、日本初のプロビーチバレーボール選手として活躍。現在は、日本ビーチバレーボール連盟会長の他、トヨタ自動車ビーチバレーボール部のゼネラルマネージャーも務める。

    ★毎週土曜日 9時25分~  読売テレビ 「あさパラ!」