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  • 小松政夫 × 芦花公園

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芦花公園が私のホームタウン
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今月の水先案内人木根尚登
今月の街先案内人
今回のゲストはコメディアンで役者の小松政夫さん。植木等さんの付き人を経て、昭和を代表するコメディアンへと上り詰めた小松さんに、40年以上住まれている芦花公園でお話を伺いました。
香具師(やし)の口上を覚えて、
みんなに披露したのが小学生の時。
 昭和、平成を股にかけた、コメディー界の大スター小松政夫さん。今なお現役で舞台へ立ち続けるパワーの源を探るため、ご自身ゆかりの地である“芦花公園”で独占インタビューをさせていただきました。

そもそも、この業界を目指したきっかけは
何だったのでしょうか?


 「博多弁で『ひょうげもん』という言葉がありまして、意味は『ひょうきん者』という言葉なんです。私は、まさに自他共に認める『ひょうげもん』でした。事の始まりは家の前で行われていた大道芸をそらんじた事。小学校の5年生時には、すでに『マサ坊演芸会』といって、仲間を集めていましたから。私自身は覚えていないんですけど、当時の通信簿に『あなたの息子さんは、将来役者になりたいと、思想が大変不健全である』なんて書かれていたようなので、かなり小さい頃から目指していたようですね。まぁ、詳しくは今月発売になった書籍『ひょうげもん』に書いてありますから、興味のある方はぜひ(笑)。」

これまでキャリアを重ねてきたなかで、
心がけてきたことはありますか?


「私は今の“お笑い”とは違って“喜劇”、コメディアンという立ち位置ですから、そこはかなり意識していますね。
 例えば5分間のコントにしても、本来は1時間半の劇をギュッと圧縮したものです。5分の中で笑って泣かせる。短い時間であっても、ちゃんとストーリーやドラマを持たせてコントに仕立て上げる。そういうことを伊東四朗さんと目指していました。
 だから“親子コント”でも小学生の伊東さんと白髪のオトータマの間柄には設定がありました。舞台上では明言していませんけど、白髪のオトータマは実は祖父で、止ん事無き理由から孫を引き取り、息子として育てている。でも孫は、それを知らずに本当の父親だと思っているわけです。そんな裏の設定があることで、演じる私たちもしっくりくるし、二人の関係にどこか哀愁が漂うようになります。笑いの中に悲しみが混在する。これが本当の意味でのシリアスなのではないかと。」
  • 関根麻里

    懐かしエピソードのひとつひとつが、笑いに包まれつつもジーンとくる人情噺として成立するほどの完成度です。

  • 小日向文世

    インタビュー中も終始笑顔で、場の雰囲気をご自分で作り上げていく手腕は、まさに現役バリバリな証です。

滑稽なだけでなく、お涙頂戴でもない。
笑って泣けるのが喜劇。

“お笑いタレント”と“コメディアン”の違いはどこにあるのでしょう?

「前述のコントを例に挙げると、最近のコントの主流って“シチュエーションコント”が多いですよね? 狭いシチュエーションの中でのチグハグなやり取りを面白おかしく見せるというスタイル。でも、そこにはドラマやストーリーは存在していないでしょ?
 ただ、どちらが良くて、どちらが悪いということではないんです。
 ただ単にテレビ番組という媒体の環境が違うんですよ。昔は一家のお茶の間に一台テレビがあって、チャンネル権は家長の父親が持っているものでした。それが今は、一家に一台どころかスマホも含めて一人に一台の時代です。
 私たちの頃は、お茶の間で人気を取るためには広い世代に受けること。中でも親御さんたちに面白いと受け入れてもらわないといけなかった時代です。
 それが今は、それぞれの世代に受ければ良い時代になってきたということでしょうね。だから狭いシチュエーションの中だけでも笑いが取れるのだと思います。


今後の“お笑い界”について、
どうあるべきだと考えられますか?


 アメリカでは一つのネタが当たれば、そのネタで全国を巡って死ぬまで続けることができます。観客はその人の、その芸を観たくてお金を払ってきてくれるわけですから、他の芸をすると失礼にあたる。まさに一芸に秀でた“芸人”という立ち位置ですよね。
 でも、日本では観客自体がそれを許してくれないことが多いでしょ?『またソレか…。いつまでソレにしがみついてるんだ…』なんて言われてしまいますから。本来、同じ芸をずっと続けていると、どんどん洗練されていくわけですから完成度は高まるんです。そういう芸人が生き残る土台というものがあっても良いんじゃないか?とは思います。
 私には喜劇人としての誇りがありますから、自分のスタイルを変えようとは思わないですけど、そもそも時代にあった“お笑い”のスタイルというものは常に変化していくもの。そこに良し悪しを決めることは無粋なことだと思います。ただ、せめて“正しい日本語を使う”とか“礼節を守る”といった、文化的なものは継承していって欲しいと思います。」
  • 小松政夫

    もはや、ご自分の家の延長線とまでいわれる居酒屋さんの前でご主人と。店内はまさに昭和の雰囲気。

  • 小松政夫

    馴染みの人から声をかけられれば、気さくに立ち話。まさにマイホームタウンらしい一コマです。

PROFILE
  • 木根尚登プロフィール
  • 小松政夫(こまつ まさお)


    1942年1月10日生まれ。福岡市出身。
    高校卒業後、俳優を志して上京。
    様々な職業を経て、植木等の付き人兼運転手として芸能界入り。伝説のバラエティ番組「シャボン玉ホリデー」でデビュー。
    その後は、コメディアンとして様々なテレビ番組で活躍。俳優としても、数多くのドラマや映画、舞台に出演。
    2011年、日本喜劇人協会の第10代会長に就任。
    半世紀を超す芸歴を重ねた現在も、俳優・コメディアンとして精力的に活躍中。

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