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  • モーリー・ロバートソン × 御徒町

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御徒町が私のホームタウン
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今月の水先案内人木根尚登
今月の街先案内人
今回のゲストはミュージシャンでありタレントであり、国際ジャーナリストでもあるモーリー・ロバートソンさん。2019年度東京新聞の広告キャラクターも務めるモーリーさんに、思い出の街“御徒町”で、その多岐にわたる活動の原点を伺いました。
アメリカと日本の文化の違いに
翻弄され続けた少年時代。
 ニューヨーク生まれの広島育ち。東大、ハーバード大学に加え、MIT、スタンフォード大学など、名だたる世界的難関校に軒並み合格した過去をもつモーリーさんは、いったいどんな風景が見えているのか?気になる質問を投げてみました。

そもそも、モーリーさんの肩書は
何が主軸なのでしょうか?


「私のキャリアのスタートは、ミュージシャンなんです。その活動の延長線上にジャーナリストがついてきたという感じですね。
 なぜミュージシャンが報道につながるのか?という疑問をもたれる方もいるかもしれませんが、そこには日本とアメリカの文化の違いがあります。
 僕が高校生の頃、日本のミュージシャンは、純粋にファンのことを思い、音楽だけにのめり込んで活動することが許された時代です。
 1978年の映画「サタデーナイトフィーバー」によって空前のディスコブームが到来。僕も足繁く通っていたのですが、日本では同時に暴走族や非行が問題となった頃です。当然、高校生がディスコに行くのは問題視されます。アメリカでは15〜16歳の男女が手をつないで歩くのは普通のことですけど、日本では不純異性交遊なんていわれる時代ですから。それでもディスコに通っていた僕は、結局その翌年に富山の高校に転校することになりました。
 ところが当時の富山にはディスコがない! 仕方がないのでディスコに似ているであろうという理由から、ライブハウスに足を運びます。
 すると、そこには大手資本のついていない、インディペンデントなパンクバンドなんかがツアーでまわってきていました。パンクですから、愛だの恋だのではなく社会への憤りなんかを歌うわけです。その姿勢に感銘を受けて、自分も音楽の世界で生きていこう!という指針がもてたのは大きなことでしたね。
  • モーリー・ロバートソン

    生粋の日本人よりも日本文化に詳しいモーリー氏。インタビューでは、しばしば日本の歴史に脱線することも(笑)。

  • モーリー・ロバートソン

    日本文化とアメリカ文化のどちらにも属しきれないという、マイノリティーだからこそ気づくことも多いそうです。

海外のアーティスト活動は、
政治や思想と密に絡み合うもの。

 前述の通り、日本のミュージシャンは音楽だけにのめり込んで活動することを良しとしていましたが、僕がハーバードに進学してみると、アメリカのアーティストは、すべからく社会にコミットしていることに気付かされます。
 当時のレーガン政権は、ビジネス優先の保守派です。それによって貧富の差が大きくなった時代。特に若者への経済的圧迫が大きく、ハーバード大でも、何かと議論が錯綜していました。話題が音楽であっても、そのアーティストのポリシーに関して議論になってしまうんです。いろいろ反論しているうちに、僕もポリティサイズされていました。
 音楽だけでなく、絵画や芸術なんかは、だいたい時代の状況によって生み出されているんです。フランス革命やロシア革命、ナチスなんかに迫害を受けたアーティストってとても多いことからもわかります。
 アメリカひとつとっても、音楽シーンの移り変わりは政治と直結しているんです。 
 比較的緩かったカーター政権時代には、実は一時的に黒人やヒスパニック系の人たちの所得があがっていて、ハーレムやスラムも解消され始めていました。
 経済的に余裕ができた黒人の人たちがレコードを購入することができるようになっていたため、音楽シーンのなかでソウル系が盛り上がります。ところが、レーガン政権になったとたんに、迫害されてしまうんです。再び所得が少なくなった黒人はレコードを買う余裕がありません。そこでソウル系のミュージシャンは、白人に買ってもらえるように路線を変更するわけです。その代表がマイケル・ジャクソン。 
 つまり70年台は純粋に黒人の黒人によるソウルが盛り上がり、80年台は黒人による白人向けのソウルが全盛期を迎えるんです。その反面、白人のロックが衰退してしまう。アメリカの音楽史を大雑把にまとめるとこういう流れです。
 何が言いたいのか?というと、音楽は社会的状況によって変化するし、音楽が社会に影響も与えているということなんです。
 なぜそのテーマなのか?なぜその表現方法なのか? その“なぜ?”というものは、当時の社会的背景を知らなければ理解することはできないんです。
 だから僕は音楽のために、社会を学んでいる。その結果が国際ジャーナリストという肩書につながったというわけです。」
  • モーリー・ロバートソン

    御徒町は騎乗を許されない下級武士“御徒”が多く住んだことを由来とし、長屋文化が色濃くのこる街なのだそう。

  • モーリー・ロバートソン

    アメヤ横丁や宝石の問屋街など、安売りの街として知られるとおり、常に街全体が活気に溢れています。

PROFILE
  • Morley Robertson(モーリー・ロバートソン)
  • Morley Robertson
    (モーリー・ロバートソン)


    1963年1月12日 生まれ。ニューヨーク州出身。
    日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学とハーバード大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。卒業制作は音と映像のモンタージュ作品。現在はタレント、ミュージシャンから国際ジャーナリストまで幅広く活躍中。

    ■ レギュラー出演
    -日本テレビ「スッキリ」(木曜 08:00)
    -NHK総合「所さん!大変ですよ」(木曜 20:15)
    -フジテレビ「林修のニッポンドリル」(水曜20:00)
    -関西テレビ「報道ランナー」(月曜16:47)
    -BSスカパー!「水曜日のニュース・ロバートソン」(水曜 22:00)

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