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    台風の中心で

    編集局文化部 樋口 薫

記者のつぶやき
樋口 薫

台風の中心で

編集局文化部 樋口 薫

 「樋口さん、映り込んでたよ」。何度も言われた。
 昨年(2017年)の初夏、将棋の藤井聡太四段(当時)が列島中に旋風を巻き起こしていたころ。中学生棋士を追いかけるテレビや写真の片隅に、記者の姿をよく見かけたらしい。将棋担当記者といえば普段は地味な印象だが、昨年ばかりは例外だった。
 はじめのうちは「前評判通り強いねぇ」と、のんきに眺めていた担当記者たちも連勝記録が積み上がっていくうちにあわて始めた。

 ワイドショーやニュースが連日報道。
 「出待ち」「追っかけ」の人々も出て、将棋会館の周辺が物々しくなった。「将棋を打つ」と連呼する、にわかリポーターもよく見かけた(将棋は「指す」ものです)。
 新記録がかかった対局の取材は、詰め掛けた記者で満員電車さながら。ふすまが外れ、怒号が飛び交い、身の危険すら覚えた。
 その台風の中心にいる藤井四段だけが落ち着き払っていた。将棋の強さはもちろん、取材の対応ぶりも中学生離れしていた。
 特に印象に残っている話がある。

 歴代最多タイの28連勝を達成したインタビューで、記者は「今の心境を熟語で言うと」と尋ねた。
 藤井四段が使った「望外」「僥倖(ぎょうこう)」といった難しい熟語が話題になったことを踏まえた「むちゃぶり」の質問だ。
 面白い答えが出ればもうけ物。十中八九、つれなく流されるだろうと覚悟していた。

 だが、少し考えた藤井四段の返しは「なかなか短い言葉では凝縮できません」。
 なるほど、「思い付かない」のではなく「凝縮できない」のか。微妙な違いだが、印象は全然違う。
 頭の回転の速さに脱帽するとともに、今後も多くの人に愛される棋士になるだろうと確信した。
※執筆記者の所属は2018年1月24日時点のものです。