/*-- パンくず --*/
東京新聞ほっとWeb > 3冊の本棚 > 同時代の作家に浸る

3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

山崎ナオコーラさん
(やまざき・なおこーら)

作家。リアルな登山や旅行は2歳児との暮らしの中ではなかなか行けず、遠出はもっぱら本の中でだけ。
山崎ナオコーラ

同時代の作家に浸る

 読書は、時代や土地から離れられる行為だが、それでも、その本のいい読者は作家と同時代の近い場所にたくさんいることが多い。

 そういうわけで、現代日本で生きているからには、遠い時代や離れた国の本だけでなく、今のこの国で書いている作家の本も存分に楽しみたい。

 私には何人か「新作が出たらすぐに買う」という現代日本作家がいる。江國(えくに)香織さんはそのひとりだ。〔1〕『彼女たちの場合は』(集英社・1,944円)は、十代の少女二人組が、アメリカを「見る」ために旅をする物語だ。英語が堪能な作者らしい設定で、少女たちの繊細な心が綴(つづ)られる。ただ、読者である私は英語は苦手だし、アメリカの土地勘はないし、少女から遠い年齢だ。でも、がっつりと言葉の海に浸れる。この作者の言葉のグルーヴ感を理解できるのは、今の時代に日本語話者として生きているから、という理由もある気がする。

 〔2〕井上荒野(あれの)『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版・1,728円)は、瀬戸内寂聴さんと、作者の父親の井上光晴さんとの間に実際にあった恋愛関係、いわゆる「不倫」の関係を、フィクションに昇華させた作品だ。寂聴さんをモデルにしたと思われる女性と、作者の母親をモデルにしたと思われる女性のダブルヒロインによる一人称の物語が、交互に進む。寂聴さんは露出の多い作家なので日本の読者の多くがすでに人物イメージを持っているし、寂聴さん本人も読むに違いないのに、作者は構わずに、ただ自分が思う通りに、ひたすら文章を綴る。これが作家というものなんだ、と思った。

 〔3〕梨木香歩(なしきかほ)『椿宿(つばきしゅく)の辺(あた)りに』(朝日新聞出版・1,620円)は「痛み」の物語だ。三十肩と鬱(うつ)に悩む主人公が、自分のルーツがある椿宿という土地を訪れる。『古事記』が元になっていたり、稲荷の祠(ほこら)が出てきたりするので、日本育ちの読者は深く楽しめる。

 書店の現代日本文学の棚に面白そうな本が並んでいると、「ここで生きていける」という気持ちになれる。私の場合は、自分も小説を書いているため、先輩作家が続々と素敵(すてき)な作品を発表しているのを見ると、「今の日本文学シーンは、すごくいい場所なんだ」と仕事の意欲も湧いてくる。(作家、エッセイスト)
  • 『彼女たちの場合は』
    江國香織 著
    (集英社・1,944円)

  • 『あちらにいる鬼』
    井上 荒野 著
    (朝日新聞出版・1,728円)

  • 『椿宿の辺りに』
    梨木香歩 作
    (朝日新聞出版・1,620円)

上へ戻る