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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

酒井順子さん
(さかい・じゅんこ)

常に恐怖と緊張を強いられながらも、未来へつながる自分の可能性を信じた、アンネ。限られた空間の中で、彼女に「可能性」をもたらした一つの現象が生理だったのであり、毎月それが訪れる度に彼女の胸には希望の灯(ひ)がともったのではないかと、私は思います。(エッセイスト)
酒井順子

アンネの「甘美な秘密」

 女性の生理、すなわち月経についてカジュアルに語られる機会が増えてきたのは、マンガ〔1〕小山健『生理ちゃん』(KADOKAWA・1,296円)の功績が大きいでしょう。月に一度の現象を「生理ちゃん」というキャラ化する手法は、作者が生理の当事者ではない(=男)からこそ編み出すことができたのではないか。
 『生理ちゃん2日目』(同)でも、生理ちゃんはヌーっと顔を出し、中学生やアイドルやらに生理パンチ(=生理痛)をお見舞いしたり、悩みを聞いてあげたり。やがてほろりとさせられるストーリーは、女性たちには生理に対する愛着を、男性に対しては生理に対する理解をもたらします。  「生理ちゃん、来た!」と言えば、生理に漂いがちな湿っぽさも軽減されようというもの。同じように、かつてそれが「アンネの日」と呼ばれた時代がありました。
 〔2〕田中ひかる『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫・1,037円)は、日本女性が古来、生理をどのように扱ってきたかをひもとく書。古い布や脱脂綿などを使用し、不便で不快で不潔な生理期間を過ごさなくてはならなかった日本女性に転機をもたらしたのは、1961年に「アンネナプキン」を開発した一人の若い女性でした。それは、女性自身が生理を「自分のこと」として扱う第一歩となったのです。
 その女性、坂井泰子(よしこ)がいかにして生理用ナプキンを世に送り出したかが、本書には詳しく描かれます。生理に対する暗いイメージを払拭(ふっしょく)するべく、「アンネ」というネーミングを提案したのも、泰子でした。当初はその名前に反対した周囲の男性たちは、泰子から渡された『アンネの日記』を読み、アンネが生理をどう捉えていたかを知って一転、賛成に回るのです。
 ナチスの目から逃れるため、オランダ・アムステルダムの隠れ家で生活を始めたのは、アンネが13歳の時。〔3〕アンネ・フランク著『アンネの日記 増補新訂版』(深町眞理子訳、文芸春秋・2,052円)では、初潮について「始まるのが待ち遠しくてなりません」と書いています。  初潮を迎えた後は、それが「面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶(うっとう)しいのにもかかわらず、甘美な秘密を持っているような気がします」と書くアンネ。彼女は自分の身体(からだ)と心が変わることを恐れません。
 常に恐怖と緊張を強いられながらも、未来へつながる自分の可能性を信じた、アンネ。限られた空間の中で、彼女に「可能性」をもたらした一つの現象が生理だったのであり、毎月それが訪れる度に彼女の胸には希望の灯(ひ)がともったのではないかと、私は思います。(エッセイスト)
  • 『生理ちゃん』
    小山健 著
    (KADOKAWA・1,296円)

  • 『生理用品の社会史』
    田中ひかる 著
    (角川ソフィア文庫・1,037円)

  • 『アンネの日記 増補新訂版』
    アンネ・フランク 著
    (文芸春秋・2,052円)

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