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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

酒井順子さん
(さかい・じゅんこ)

常に恐怖と緊張を強いられながらも、未来へつながる自分の可能性を信じた、アンネ。限られた空間の中で、彼女に「可能性」をもたらした一つの現象が生理だったのであり、毎月それが訪れる度に彼女の胸には希望の灯(ひ)がともったのではないかと、私は思います。(エッセイスト)
栗原裕一郎

天皇という存在

 伝統にのっとって行われたという、即位の礼。それは、天皇家の古い歴史を印象づける行事でした。 しかし天皇は、常に安定した存在であったわけではありません。天皇の立場は、時代によって変化を続けてきたのです。
 坂口安吾は敗戦後、〔1〕『堕落論』(新潮文庫・572円)の中で、「天皇の尊厳というものは常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった」と書いています。藤原氏や将軍家は、「自分の欲するところを天皇の名に於(おい)て行い、自分が先(ま)ずまっさきにその号令に服してみせる」ことによって、自身の号令を人民に響かせた、と。天皇が神から人になった直後の日本人は、天皇の近くにいる人が誰かということに、意識的にならざるを得なかったことでしょう。
 〔2〕倉本一宏『平安朝 皇位継承の闇』(角川選書・1,870円)では、平安時代、常軌を逸した行動があったとして皇位を追われた天皇たちの真実の姿を探ります。宮中で人を殺したとされる陽成(ようぜい)天皇、数々の異常な行動をとったと言われる冷泉(れいぜい)天皇など、平安時代には狂気と共に語られた天皇たちがいました。 しかしその背景を見ると、天皇に皇位を継がせたくなかった勢力が狂気の説話を作り出したという疑惑が生じます。権力を欲する人々が邪魔な天皇を追いやり、自分たちにとって都合のよい皇統を立てようとしていたのです。
 平安時代に天皇の近くに存在し、その運命を左右したのは摂関家(せっかんけ)すなわち藤原家でしたが、天皇の命運を握る存在は時代によって変化します。〔3〕原武史『皇后考』(講談社学術文庫・2,035円)を読んでいて、天皇に影響を与えるのは摂関家や将軍だけではなく、皇室というイエの内部にも存在し得るのでは、という気がしてきました。
 本書で主に取り上げられるのは、大正天皇の妻である貞明(ていめい)皇后。皇室に入り、強い信念と共に独特な存在感を持ち続けた貞明皇后が夫や息子に及ぼそうとした影響を、ひもといていきます。
 皇室の外から入ってきた人である、皇后。一般家庭でも、婚家(こんか)に同化すべくヨメがもがくうちに、時に夫以上にそのイエに力を及ぼす存在になっていることがありますが、貞明皇后もまたそのような存在であろうとしていました。
 テレビが普及し視覚の時代となって以降、さらに皇后の力は強まっているとする著者。令和の天皇には、誰からどのような力が及ぼされるのかと、昔ながらの装束に身を包んだ新天皇を眺めつつ、考えたことでした。  (エッセイスト)
  • 『堕落論』
    坂口安吾
    (新潮文庫・572円)

  • 『平安朝 皇位継承の闇』
    倉本一宏
    (角川選書・1,870円)

  • 『皇后考』
    原武史
    (講談社学術文庫・2,035円)

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