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3冊の本棚

文章のプロが毎回テーマに沿って、3冊の本をセレクト。
作家という書き手の視線で選ばれた本の魅力をご紹介いたします。

詩人

平田俊子さん
(ひらた・としこ)

平田俊子

力を抜いて コーヒー

  「コーヒー」よりも「珈琲」と書くほうが美味(おい)しそうに見える。丁寧に淹(い)れた、コクと香りが豊かな飲み物のように思える。
 〔1〕黒井千次『珈琲記』(紀伊國屋書店=品切れ)は、コーヒーにまつわるエッセー集だ。漢字の「珈琲」が多く使われ、見るたびに珈琲が欲しくなる。
 自宅で淹れる目覚めの珈琲のこと、旅先で飲んだ珈琲や飲まなかった珈琲のこと、飲むまでに三時間かかる珈琲のこと…。熱弁を振るうのではなく、蘊蓄(うんちく)を傾けるのでもない。傍らにいる人に話しかけるようにさりげなく書かれているから、肩の力を抜いて楽しむことができる。
 「珈琲は好きだが、こちらは決して通でもなければマニアでもない。飲みたい時に飲みたい味のものがあればそれで充分(じゅうぶん)だ」と著者。二十年以上前の本だから今とやや事情が違うところもあるが、それもまたいい味になっている。
 北村太郎さんにはコーヒーの出てくる詩が何篇かある。わたしが知る限りでは、漢字ではなくカタカナの「コーヒー」が常に使われている。
 北村さんにお目にかかったことはほんの数回しかないが、年下の者にも決していばらず、あたたかく接して下さった。もっとお会いしておけばよかったと今頃になって悔やまれる。
 〔2〕橋口幸子『珈琲とエクレアと詩人 スケッチ・北村太郎』(港の人・一三二〇円)は、一九八〇年から九二年に六十九歳で亡くなるまでの普段着の北村さんが描かれている。
 五十代の終わり頃、家族と暮らす家を出た北村さん。著者たちは縁あって、鎌倉の同じ家で北村さんとしばらく暮らすことになる。
 北村さんは行きつけの喫茶店でコーヒーを飲み、エクレアを食べることを好んだという。身辺が揺れ動く日々、くつろいで飲むコーヒーばかりではなかっただろう。寂寥(せきりょう)の味も混じった苦いコーヒーだっただろう。人がいつも満たされた気分でコーヒーを口にするとは限らない。
 〔3〕『作家の珈琲』(平凡社コロナ・ブックス・一七六〇円)は、松本清張が笑顔でカップを持ち上げている表紙の写真に目を奪われる。清張サンも笑うことがあったんだな。
 この本は池波正太郎、安西水丸、鴨居(かもい)羊子、高倉健などいろいろなジャンルのコーヒー好きの人たちの写真と文章、お気に入りだった喫茶店の紹介などで構成されている。登場する二十五人はすでにこの世を去っており、その人たちをしのぶ家族や知人の文章も寄せられている。ページをめくりつつ、亡くなった人たちや過ぎた時代を懐かしんでいる自分に気づく。 (詩人)
  • 『珈琲記』
    黒井千次
    (紀伊國屋書店=品切れ)

  • 『珈琲とエクレアと詩人 スケッチ・北村太郎』
    橋口幸子
    (港の人・1,320円)

  • 『作家の珈琲』
    (平凡社コロナ・ブックス・1,760円)

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