東京新聞ほっとWeb > 泉麻人の東京深聞 > ウルトラの町から烏山の寺町へ
  • 2019年(平成31年)01月16日(水曜日)
 小田急線の祖師ヶ谷大蔵の駅前にはウルトラマンの像が立っている。ここにウルトラマン像が存在するのは、駅の南方に制作元の円谷プロダクション本社があったからだ。ゆかりの円谷プロは引っ越してしまったけれど、駅のホームでは電車が着くたびにウルトラマンのテーマジングルが流れ、また駅周辺を囲む3つの商店街の総称として"ウルトラマン商店街"と名付けられている。
 そんなウルトラマン通りの商店街を小さな小田急バスが走っている。今回最初に乗るのは<くるりん>の愛称が付いたこの路線。祖師谷通りを北上して、成城学園の方をぐるりと巡回してくるルートだ。
 ウルトラマン像のすぐ前に乗り場があるのだが、1つ先の祖師谷商店街の停留所でバスを待つ。やがて狭い一通路を駅の方からバスがゆっくりとやってきた。いまでも道幅ぎりぎりの感じだけれど、昔はこの道で車がすれ違っていた。手元にある「写真で見る高度成長期の世田谷」(世田谷区立郷土資料館・刊)という写真集に、「烏山」とか「岩崎学生寮」とかの方向幕を掲げた小田急のボンネットバスが小型トラックなんかとすれ違っている昭和36年のスナップが載っている。この2年後にバスは廃止されたようだが、ある意味高度成長期のエネルギーを感じる写真である。ちなみに「岩崎学生寮」というのは鹿児島の岩崎産業の創始者が上京した学生を対象に始めた奨学制の学生寮で、いまも北烏山に存在する。
 乗車した小型バスは年配の客で混み合っていた。車窓右側に見える「木梨サイクル」は、ご存知・とんねるず木梨憲武の御実家。そういう個人商店がまだぽつぽつと見受けられるので、「昔からあまり変わってないんだろうね…」なんて雑談を僕らが交わしていたところ、「それが最近けっこう変わるのよ」と、すぐ横席のおばあちゃんがボソッと茶々を入れた。
  • 深聞1

    ウルトラマンの聖地! 祖師ヶ谷大蔵駅からスタートです!!

  • 深聞2

    平日にも関わらず、ウルトラマン商店街はたくさんの人で賑わっています。

  • 深聞3

    世田谷区を運行するコミュニティバスの愛称「せたがやくるりん」接近。

住宅街の中にひっそりとある“つりがね公園”から、
由緒正しきお屋敷街“成城”へ。
 バスは塚戸南の先で左手の一段と狭い路地に入っていく。あたりはもはや住宅街だが、昔の納屋などを残した農家の面影のある家も見える。つりがね池公園のバス停で降車すると、南方に細長い池を中心にした緑地公園がある。池畔に弁財天が祀られているが、昭和30年代頃までは田端の一角の窪地に湧いた、ただの草深い池沼だったようだ。昔の地図には「鐘池」と表記されているが、一応こんな伝説があるらしい。 「日照りに苦しむ村民のために僧侶が釣鐘とともにこの池に身を沈め雨を乞うた」
 古池によくあるタイプの伝説ともいえるが、実際戦前の頃はここで雨乞いの神事が行われていたという。しかし、いまどきは公園入口に掲げられた注意書きが目にとまる。
「犬の放し飼い、ブラッシングは禁止」
“放し飼い”禁止の警告はよく見るけれど、“ブラッシング”というのは珍しい。なんだかいかにも世田谷の高級犬を思わせる。
 西方に歩いていくと、やがて仙川に行きあたる。川の向こう岸の町名は成城で、とくに下流側には由緒正しきお屋敷街が形成されている。今回、そちらの5、6丁目の方までは足を伸ばさないけれど、この辺の7丁目、8丁目あたりはハイソなマンションとカジュアルなファミレスなんかが混合している。デニーズもあれば、サクラビア成城というバブル期に鳴りもの入りで誕生した高級高齢者向け住宅もある。僕らは、成城らしい名前を付けた「ゴルフ練習場前」なる停留所で次のバスを待った。成城ゴルフクラブという、いかにもリッチ感漂うゴルフ練習場の前だが、ここもすぐ隣に百円ショップのダイソーがあって、しかも駐車場を共有している。
 乗車したバスは千歳烏山駅南口行。先の<くるりん>よりは大きな“中型バス”のクラスだが、この路線も仙川を渡ったあたりから昔の世田谷らしい狭隘(きょうあい)なくねくね道を進む。榎、榎北なんていう田舎じみたバス停を通過して、千歳烏山駅の南口に到着した。時刻は11時半近く。来たバスルートを少し後戻りした、南烏山のバス停先にある四川中華「広味坊」でランチをいただくことにしよう。
 この店、行きがけにスマホでササッとチェックして決めたところなのだが、アタリだった。5タイプほど用意されたランチ定食(もちろん単品のメンやメシもある)のうち、僕が味わった「梨の肉巻き酢豚」というのは、スティック状の梨を豚バラ肉で巻いた、黒酢系の酢豚…といった風のもので、シャキッとした梨の食感といい、味といい、ちょっと経った頃にまた食べたくなるような魅力がある。おそらくここの“看板メニュー”の1つなのだろう。
深聞4

つりがね池は湧水がたまってできた池で、昔はこどもたちが小魚をとり、水遊びを楽しんでいたとのこと。

  • 深聞5

    ブラッシングも禁止!! きっちりとしたルールが設けられています。

  • 深聞6

    自然がいっぱいの祖師谷公園。当日は、園児やご家族の方で賑わっていました。

  • 深聞7

    上品さが漂う四川料理“広味坊”。何とも珍しい“梨の肉巻き酢豚”。

京都らしさが漂う街並み。
お寺が一帯に集まった寺町周辺を散策!!
 駅南口横の“開かずの踏切”的な踏切を渡って(すぐ脇に地下道もある)北口へ出ると、まもなく旧甲州街道と交差する。これから乗る寺町の方へ行くバス(久我山病院行)はこの旧甲州街道ぞいのバス停にやってくるのだが、まだ少し余裕がある。あたりをちょっと行ったり来たりしてみたが、甲州街道の旧道とはいえ、趣のある昔の建物がほとんど見られないのが残念だ。ただし、芦花公園の方から、烏山下宿、中宿、なんていう名がバスの停留所に残されているあたりが唯一の古街道風情といえるかもしれない。
 今回、ずっと小田急バスに乗ってきたが、ここから乗車するのは関東バス。幼児座席付買物自転車ばかりがぎっしり停まった料理屋(どうやらなかで若いママさんグループの忘年ランチ会が催されていたよう)前の停留所(千歳烏山駅)から、目当ての久我山病院行のバスに乗ると、このバスは僕らが南口の方から歩いてきた道の続き、“烏山交番横通り”のアーチ看板を掲げた通りを一直線に進んでいく。甲州街道の新道(烏山バイパス)を突っ切った先から道幅は狭まって、一通路となって、寺町の領域に入る。寺院通り一番、寺院通り二番、寺院通り三番…と、独特の名前の停留所が続く。車窓両側にほぼお寺とその木立ちしか見えない感じは、東京のバスルートでは珍しい。京都の路線バスに乗っているようだ。寺名義バス停の最後、寺院通り五番で降車して、後戻りするように沿道の寺を散策した。
 北島山のこの一帯にお寺が集まったのは関東大震災の後のことで、昭和10年代にかけて寺町が形成された。いまは周囲に住宅地が押し寄せているが、昭和30年代くらいまでの地図(地形図)を眺めると、田畑のなかにぽつんと島のように卍の記号が集まっている。 
 いくつかの寺に立ち寄ったが、まず建物で目にとまったのは妙寿寺の門から近いところにある客殿(庫裡)。これは麻布の狸穴にあった鍋島邸(渋谷・松濤の地主で知られるが)の屋敷を譲り受けたもので、堂宇とはまた違った趣を漂わせている。
 この界隈の寺はほとんどが震災で焼けて下町方面から移ってきた経緯をもっているのだが、浅草から移動してきた専光寺には浮世絵師、喜多川歌麿の墓がある。「北川」と本名の字が刻まれた墓石は、指示板がなければ見落としてしまうような質素なものだが、小中学生時代に切手を集めていた僕は、歌麿というと“お宝”の1枚だった「ビードロを吹く娘」の切手を思い出す。
 烏山寺町で随一の景勝を誇っているのは、寺院通り五番のバス停からも近い高源院だろう。この寺にはもう何度か立ち寄っているけれど、境内の広々とした池の真ん中に朱塗りの弁財天堂が出島のように突き出した景色が素晴らしい。池は弁天池、あるいは各種の鴨が飛来するので鴨池とも呼ばれているが、弁財天が祀られた出島のところから池辺をよく見ると、カモよりもカメが目につく。それと、ドバト。
 僕らが出島の橋を渡り歩いているとき、弁財天堂の屋根上に1羽のドバトがまるで鳳凰のポーズを意識したように止まっていた。
深聞08

どこか風情のある鴨池。季節によって、景観を楽しめる場所です。

  • 深聞09

    赤い橋が目印。弁天堂の屋根の上に、ドバトがいます。

  • 深聞10

    寺院通り五番で降り、お寺を散策。

  • 深聞11

    たどり着いたのは、浮世絵師の喜多川歌麿の墓。

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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日』(文藝春秋)がある。
    https://tsumamu.tumblr.com/

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