東京新聞ほっとWeb > 泉麻人の東京深聞 > 浅草、上野の裏町をぬけて谷根千へ
  • 2019年(平成31年)02月13日(水曜日)
 台東区内を走るコミュニティーバス「下町めぐりん」には、以前北部を循環する路線に乗って今戸や千束、根岸あたりを巡ったことがあったけれど、今回は「東西めぐりん」というルートにトライしてみようと思う。上野を中心に東は浅草、西は谷中の方へ行くルートなのだ、浅草の雷門前から出発することにした。
 雷門を背にした文化観光センターの横っちょに乗り場がある。前に今戸の方へ行くときに乗ったバス(北めぐりん)は赤と深緑のツートンカラーだったが、この東西めぐりんのバスのカラーはワインレッドとクリーム色のコンビネーションだ。
 一旦浅草通りに出たバスは、すぐに駒形から寿町の裏道へと入っていく。ビルの狭間にまだぽつぽつと古い2階屋の商店が見られるけれど、このあたりも近頃、小型のホテルが目につくようになった。それほど外国人観光客が増えているということだろう。
 三筋二丁目のバス停で途中下車、サブネームにも付いている。「台東デザイナーズビレッジ」を訪ねる。昔の小学校の校舎をデザイナーやクリエイターの創業支援施設として活用したもので、各教室が服やアクセサリーのアトリエなどに使われている。ひと頃のNHKの朝ドラ(半分青い)でも、ここをモデルにしたと思しき場所が登場した。この校舎(旧・小島小学校)、関東大震災後の昭和3年竣工という、いわゆる震災復興建築のモダンな建物で、円筒型の塔屋が付いた佇まいなどは“下町の銀座泰明小学校”といった感じだ。
 周辺にもアートな小物屋など見受けられるようになった小島の界隈を歩いて、次の停留所(小島社会教育館)からバスに乗ろうと思っていたら、道の公務側に馴染みのある佐竹商店街の入り口が見える。“日本で2番目に古い商店街”なんてキャッチフレーズを付けた、明治31年に誕生したという歴史ある商店街だ(ちなみに、1番古いのは金沢の片町商店街とのこと。ま、説はいろいろあるのだろうが…)。新御徒町駅の方までずっと続いているアーケード街なのだが、すぐそこの入り口にある「ベースキャンプ」って喫茶店(主体は珈琲豆屋)は贔屓の店。店先から覗いてマスターと婦人にあいさつすると、「珈琲でも一杯」となかに招き入れられた。
 テーブルの脇の壁に、この辺でロケをしたと思しきTVドラマ版「ど根性ガエル」の俳優陣のサイン色紙とともに、2006年3月の日付を記した僕の色紙も掲げられていたが、そうだ!13年前に本紙「東京どんぶらこ」欄の街歩きエッセーでこの店をぶらりと訪ねたときが最初だったのだ。
  • 深聞1

    浅草といえば、ココ。雷門前にて集合し、スタートです。

  • 深聞2

    台東区のコミュニティバス「東西めぐりん」。レトロな雰囲気が下町にマッチしています。

  • 深聞3

    馴染みのある喫茶店「ベースキャンプ」。現在は豆の販売のみで営業中。

歴史ある蕎麦屋「翁庵」にて、鴨せいろを食す。
戦前からの建物や変わりゆく街並みを堪能!!
 再乗車したバスを台東区役所で降車、散策は後回しにして上野駅東口の浅草通りの入り口に建つ「翁庵」で昼食を取っておこう。創業、明治32年という老舗の蕎麦屋。いまの建物は戦災後の建築というけれど、天井が高くて、仄暗い、昔ながらの正しいおそば屋さんだ。寄席の多かった町らしく、志ん生、志ん朝、小さん…壁に昭和の名噺家の趣きのある色紙が飾られている。ここに来ると、食べたくなるのが、「ねぎせいろ」。
 ねぎせいろ――っていっても、つゆにねぎの刻みをぶっかけただけのよくあるせいろそばではなく、鴨せいろで付くような温かいつゆにねぎばかりでなくイカゲソのかきあげが浸っている。かきあげせいろ、と銘打ってもいいような、800円の値にしてはかなりお得感のあるねぎせいろなのだ。
 翁庵を出て下谷神社へ向かった。由緒あるこの神社の周辺は年季の感じられる看板建築の家がよく残っている。手元に“戦災焼失区域”を赤い色付けで表示した東京の地図帳があるのだが、空襲がひどかった上野や浅草地区のなかで、当時「南稲荷町」の名が付いた下谷神社の周辺は赤色の焼失表示がないから戦前からの建物も多いのかもしれない。
 表通り(浅草通り)に出て、銀座線の稲荷町駅の入り口に残された、クラシックな上屋を眺めていこうと思っていたら、あれ? あのモザイクスタイルの渋い上屋、いつしか改築されてしまったのだ…この辺の散歩の楽しみが1つ消えてしまったが、その稲荷町駅入り口の北側に建つ永昌寺は、今の大河ドラマ「いだてん」の重要人物の1人・嘉納治五郎が講道館を立ち上げた場所。
 講道館発祥の碑を眺め、先の台東区役所の方へ歩いていくと、区役所北方の路地に“地下鉄銀座線の“踏切”がある。横の検車区に出入りするために設けられた踏切で、反対側のフェンスの奥には“地下鉄が出入りする穴”が確認できる。
 その先の昭和通りを横断していくと、上野駅の入谷口がある。これまで出入りしたことのない地味な駅の口だが、この前の停留所に谷中の方へ行く「東西めぐりん」がやってくる。待っていると、すぐ目の前にある岩倉高校の外壁に“柔道インターハイ優勝”とか“吹奏楽コンクール金賞”とか、スポーツや音楽の部員を讃える垂れ幕がいくつも掲示されている。ここ、昔は鉄道学校だったはずだが、手広い総合学園になったのかもしれない。



深聞5

老舗の蕎麦屋「翁庵」にて、看板メニューでもある“ねぎせいろ”に舌鼓を打つ取材班。

  • 深聞6

    都内最古の稲荷神社“下谷神社”歴史のある建造物です。

  • 深聞7

    通称“地下鉄が出入りする穴”。

  • 深聞8

    お決まりの看板前にて。上野にたったひとつだけ“銀座線の踏切”

下町の風情と生活じみた谷中の街並み散歩。
地元に愛された名店や今も観光客で賑わう商店街をてくてく。
 こちら方面のバスのコースもおもしろい。JRの線路端をぐぐっと後戻りするように坂道を上って両大師橋を渡り、上野公園の領域に入る。左手に国立科学博物館、右手に東京国立博物館を見て、このまま谷中の方までバスに乗っていこうと考えていたのだけれど、保存された京成の旧博物館動物園駅の上屋に何かのオブジェが展示されているのが、車窓越しにちらりと見えた。寛永寺の停留所で降りて引き返すと<アナウサギを追いかけて>という展覧会で、入り口に垣間見えたのは、逆さ吊りにしたウサギのオブジェだった。
 バスに再乗車して、谷中の町の玄関口、旧吉田屋酒店の所で降車。町のシンボルのような役割も果たしている吉田屋、はじめからここに建っていたわけではなく、現役時代はもう少し墓地の方へ入っていった谷中茶屋町で営業していたらしい。この吉田屋よりは少し後の時代の建物(大正3年築)になるが、向かいの喫茶「カヤバ珈琲」も谷中を代表する観光スポットになっている。いまは若い人が店をやっているけれど、15年かそこら前までは榧場(かやば)さんというおばあちゃん(もう1人、サポートの年配女性がいた)が店を仕切っていた。珈琲とココアをミックスした、「ルシアン」という名物メニューがあったはずだ。
 昔ながらの素朴な石屋や花やが並ぶ、谷中墓地の門前まで行って、谷中6丁目の寺町の路地に入りこんだ。パン屋の前にヒマラヤスギの老木が立ったY字路から塀の隙間のような細道を通って急な石段を下ると、傍らの草深い道端に古井戸がぽつんとあったりする。そうか…この井戸、何かの散歩番組で観たおぼえがあるけれど、こんな所にあったのか。
 その先の民家のフェンスに、ホオズキを小さくしたような赤い実をつけた草が巻きついている。
「フウセンカズラですね」
 以前、神代植物園でも活躍した植物通のT君が即座に解答した。千代の富士の像が建立された玉林寺という寺の境内をぬけて、藍染川の跡道に出てきた。
 巣鴨の染井墓地の方から流れてきて不忍池に注いでいた小川だが、この付近には藍染をする染物屋が多かったことからその名(藍染め町の町名もあった)が付いた。沿道にある「J字屋」は当時からの店なのだ。北上すると、道はやがて“へび道”の俗称をもつクネクネの湾曲路になる。大まかに数えていたが、S字カーブが20余り続いただろうか。
 三崎坂の道を横断すると、「よみせ通り」の掲示が現れて、にぎやかな商店街が始まる。ここまで歩いてきてしまったが、この通りは先の「東西めぐりん」のバスが走っている。「よみせ」の名のとおり、傍らにの宮の横丁も見受けられるが、さすがにまだその種の夜の店は開いていない。沿道にあるコシヅカ(腰塚)というハム(肉)屋は地場の名店。とりわけ、ここの“味の良い牛脂たっぷりのコンビーフ”は1度食べると病みつきになる。惜しくもコンビーフは売り切れだったが、それが入ったサンドウィッチとキッシュをみやげに買った。
深聞09

京成旧博物館動物園駅に現る“アナウサギ”。行った時には、すでに整理券が売り切れで、入れないほど人気でした。

  • 深聞10

    観光スポットとなっている旧吉田屋酒店。現在は下町風俗資料館として営業。

  • 深聞11

    樹齢90年の「ヒマラヤスギ」。多くの寺が建ち並ぶ街の一角にある谷中の散歩道。

  • 深聞12

    昭和24年創業、下町のお肉屋さん「千駄木 腰塚」。自家製のコンビーフはここならではのお味。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

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