東京新聞ほっとWeb > 泉麻人の東京深聞 > 新大久保コリアン街から夏目漱石地帯へ
  • 2019年(平成31年)06月12日(水曜日)
 新宿駅の南口の景色のなかに「バスタ新宿」もすっかり定着してきた。このビル型のバスターミナルに出入りするのは、ほとんどが高速道を走る遠距離バスだが、ひとつ「新宿WEバス」という新宿界隈を巡回するコミュニティバスが入りこんでいる。このバスを使って、新大久保方面へアプローチしてみよう。
 バスタ3階の乗り場から乗車したWEバスは、よくあるコミュニティバスよりひと回り大きい中型バスの車体で、車内の座席もゆったりとしている。僕が座った1人掛け(おそらく)のイスは、小型のお相撲さんならかなりゆうゆうと座れるようなサイズだ。
 甲州街道に出たバスは、東進して緑豊かな新宿御苑の脇をぬけて、新宿二丁目から三丁目へと戻るようにして靖国通りから区役所通りに入っていく。確か、ひと頃まではこの道を通って鬼王神社の方から職安通りに進んでいく都バスがあったはずだが、いつしか消えた。そして、WEバスは風林会館の前から左手の一方通行路に進入、車窓にホストクラブの看板を見せながら、ホテルグレイスリー新宿の玄関口の停留所に停まる。
 グレイスリー新宿とは、東宝の映画館が入ったタワービルだ。こちらの裏側からは望めないが、屋上にはゴジラのガン首オブジェがのっかっている。ところで、新大久保へのアプローチ…とは書いたけれど、バスはこの後、新宿駅の方へ行ってしまうので、ここで降車、職安通りの方へと歩いていくことにする。<天然果汁ヲ作ル店>という昔ながらの幌看板を掲げたフルーツパーラーのマルスの横を通過すると、ラブホテル街の一角にバッティングセンターのオスロ-が見える。最近の可愛らしいキャラクターの看板が並べられているが、このバッティングセンターももはや歌舞伎町の老舗。日中のなんとなくうら寂しいホテル街をぬけて職安通りに出た途端、ハングル文字の派手な看板が目に飛び込んできた。
 トイレを借りようと入った、エスプラザというスーパー風の店舗はどうやら免税店だったようで、韓国人と思しき観光客のグループであふれている。よくわからない話し声をきいていると、本当にソウル郊外あたりの見知らぬ町へやってきたような気分だ。
  • 深聞1

    あいにくの雨でした。バスタ新宿前にて集合です。

  • 深聞2

    バスタ新宿には、新宿近辺を走る“新宿WEバス”で出発!!

  • 深聞3

    昭和感のある看板が目印のバッティングセンター。

凄まじい勢いで変わった
コリアンタウン“新大久保”の今を知る。
 ドン・キホーテの横から、通称・イケメン通りと呼ばれているタテ筋の路地に入った。そう2002年のサッカーW杯のとき、このドンキの駐車場に設置された大型モニターで試合(韓国・イタリア戦だったか?)を観戦したおぼえがあるけれど、コリアン系の店が増えていったのはあの頃からだろう(尤も、その1年前の2001年に書いた著者「新・東京23区物語」で僕はすでに新大久保の韓国料理屋街について解説しているから、W杯前からその兆しはあったのだろう)。
その後、ヨン様ブームでオバ様の観光客が増えたり、タイやベトナムなど東南アジア勢に侵食されたり、店や客筋を多少変えながらコリアンタウンは定着してきた。そして、この数年のコリアンアイドルとスナック、スイーツを核にした若い女子中心の新大久保ブームは凄まじい。ちなみに、このイケメン通りの由来は、韓流イケメンアイドル(のグッズ)というより、イケメンの店員を揃えた店が集まっていたのが発端、と聞く。
 時刻は午前11時過ぎ。この辺で早目のランチを取ろうと思っているのだが、やはり最近ハヤリの韓流チーズモノにトライしたい。表面に刻んだフライドポテトをコーティングした奇妙なチーズドッグのオブジェを掲げた店が目につくけれど、チーズドッグはほとんど立食いなので、まずはちゃんと座れるレストランに入りたい。イケメン通りとはいえ、あまりイケてない店員がビラを配っていた鉄板料理の店に入った。ここは、袋小路の一角で、建て売り住宅を改造したような店ばかりが数軒並んでいる。
 チーズ鉄板トンタク―――というのがメニューの目につくところに掲げられているので、これをメインに数品注文した。鉄板の上に半羽サイズのローストチキンがドカンと置かれ、とろけたチーズがまぶされたチーズ鉄板トンタク―――トンタクとは、韓国語で“鶏の丸焼き”を意味するらしい。もっとも、ただ「とんたく」と検索すると、「忖度(そんたく)」の解説がずらりと出てくるから、まだ日本ではさほどポピュラーなメニューではないのだろう。
  • 深聞4

    以前はここの駐車場に設置された大型モニターがあった場所。

  • 深聞5

    若い女性に大人気の韓流。イケメンの定員がいるからイケメン通りのいう名に。

  • 深聞6

    これが噂の『トンタク』。最近の韓国グルメに外せないチーズがたっぷり。

話題沸騰の “タピオカミルクティーとチーズドッグ”を堪能!!
 食後、大久保通りを歩いたが、こちらも新大久保駅から東方にかけては韓国系の店ばかりだ。チーズドッグと黒糖タピオカという定番ファストフード2品を立ち食い(飲み)したけれど、東南アジアのタピオカより大粒でグミっぽい食感の韓式タピオカドリンクは、なるほど、「いつかもう1度くらい味わってもいい」というような、独特のクセがある。
 トライしなかったが、へーっと感心したのは、ビニールコップの上半分にトッポギ、仕切りを付けた下半分にコーラが入っていて、トッポギを食べながらストローで下のコーラを飲めるというもの。しかし、トッポギとコーラというのはナイスな食い合わせなのだろうか。  
「脂肪ちゃん、ってキャラグッズがハヤってんですよ」
 スタッフのTに指摘されて、グッズが並んだ店を覗いたが、BTS(防弾少年団)のキャラ人形が目につくばかりで「脂肪ちゃん」は見当たらない。
 「脂肪ちゃん、もうナイですよ」
 尋ねた店員に苦笑いされた。韓流グッズはハヤリスタリも早いのだ。
 ちょっとコリアン以外の新大久保名所にも立ち寄っていこう。駅横に門を開けた皆中稲荷神社は、このあたり百人町の語源になった江戸の「鉄砲組百人隊」ゆかりの神社。百人編成の鉄砲部隊の屋敷が並んでいた地域なのだが、皆中という社名も「皆、鉄砲のタマが中(あたる)」という掛け言葉なのだ。
 ひと頃まで山手線の車窓越しに見えたロッテの工場跡地まで行ってみたが、ここは住宅展示場になっていた。一時的な施設だろうから、近い将来、景色はまた変貌するのだろう。
 大久保通りの大久保二丁目から、こんどは都バス(新橋駅行き)に乗って、牛込方面へ向かう。明治通りの交差点を過ぎると左手は戸山ハイツの一帯。車窓から箱根山を探したが近頃の高いマンション棟に隠れてよく見えない。若松町を通過して、牛込柳町駅前でバスを降りた。
  • 深聞7

    日本初出店。黒花堂(フッカダン)のタピオカミルクティー。よく振って飲みます。

  • 深聞8

    話題の『チーズドッグ』。ガッツリいただきます。

  • 深聞9

    ロッテの工場跡地。現在は、駐車場や住宅展示場になっています。

夏目漱石が9年間過ごした街“早稲田南町”。
漱石山房記念館を訪ねて。
 つぎの目的地は早稲田南町の漱石山房記念館。ここで練馬駅行きの都バスに乗り換えると牛込保健センターの停留所が近いのだが、ま、歩いても大した距離ではない。
 漱石とはもちろん夏目漱石。生誕地は西隣りの喜久井町で、ここに「漱石山房」と呼ばれた晩年の家があった。ひと頃までは、胸像と小さな資料室が置かれただけの公園だったが、2年前に立派なミュージアムが誕生した。
 館内には、ベランダの付いた往年の漱石山房の一部分が再現され、蔵書を参考にして漱石が使っていた書斎をイメージしたコーナーも作られている。僕は漱石よりも弟子の寺田寅彦や内田百閒を愛読してきたが、「三四郎」の野々宮のモデルとされる寺田寅彦の家は先に歩いた新大久保近く(当時ツツジの名所だった)にあったと言われる。
 漱石山房を出て、生家のあった早稲田通りの方へ歩いていくと、道筋に美しいコンクリート建築の校舎が見える。昭和3年に竣工した早稲田小学校。関東大震災のいわゆる復興建築学校の1つで、区立の小学校とはいえ、設計者は銀座和光ビルや日劇を手掛けた渡辺仁という。
 一瞬、もしや漱石もこの小学校を見たのか…と思ったが、漱石の死は大正5年だから、小学校(明治33年創立)はあってもこれより前の建物だ。
  • 深聞10

    オープンしたばかりの「漱石山房記念館」。カフェも併設され、ゆったりとした空間を堪能できます。

  • 深聞11

    県立神奈川近代文学館と東北大学付属図書館の協力により再現。

  • 深聞12

    旧早稲田尋常小学校。今も近代建築のうちの一つとして残されています。

夏目漱石にまつわる街さんぽ~夏目坂通り~
 早稲田通りに出て、東西線の早稲田駅のある交差点を左折してすぐのところに“漱石誕生の地”の碑が立っている。目の前の坂は夏目坂というが、これは漱石が名を成してから命名されたものではなく、なんでも漱石の父親が自分ちの前の坂なのでそう言い回っていたのが由来らしい。
 そんな夏目坂の途中に猫のイラストの看板を出した、黒塗りのシックなカフェを見つけた。そうか…「吾輩は猫である」にあやかったのかもしれない…と思ったが、店名は猫ではなく「Where is a dog?」と記されている。グルテンフリーのメニューを中心にしたこの店、オーガニック感のある珈琲を飲みながら店内を見渡してみるとやはり犬ではなく、猫の絵画や写真ばかりが飾られている。
 「犬のものが1点だけあるんですよ、探してみてください」と女主人。
 そうか、店名の意味はそういうことだったのか。しかし、これがそう簡単には見つからない。漱石の生誕地らしい、なかなかシャレの効いた店だった。
深聞2

夏目坂通り沿いにある石碑。周りには漱石の名前にちなんだお店がいくつか存在。

  • 深聞11

    大地主であった漱石の父が名付けたもの。随筆「硝子戸の中」で記されています。

  • 深聞12

    夏目坂通り沿いにある黒い外壁が目印。グルテンフリーを中心のおしゃれなお店です。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日』(文藝春秋)がある。
    https://tsumamu.tumblr.com/

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