東京新聞ほっとWeb > 泉麻人の東京深聞 > 奥多摩から行く山梨の秘境・丹波
  • 2019年(平成31年)09月11日(水曜日)
 JR青梅線の終点、奥多摩駅にやってきた。
 シャレた山小屋風の佇まいを見せたこの駅の前から3年前の夏に日原鍾乳洞へ行くバスに乗ったが、あのときはあいにくの雨降りだった。当初目当てにしていた虫採りをあきらめて、携帯してきたタブレットでポケモンGOのモンスター狩りをしながらバス旅をしたのを思い出すけれど、あれからもう3年も経つのだ…。8月のお盆前の取材日、今回は一応晴れの天気予報が出ているが、奥多摩の山地はにわか雨の多発地帯だから安心はできない。
 さて、バス旅の目的地は県境を越えて山梨県に入った丹波山村。これ“タンバ”ではなく“タバヤマ”と読むのだが、中心地の丹波(タバ)まで行く西東京バスが駅前から出ている。奥多摩発の路線バスにはプライベートも含めて何線か乗っているけれど、丹波行きのバスに乗るのは初めてだ。
 土曜日の午前11時発(平日はこういういい時間帯の便がない)のバスはやはり登山スタイルのお客さんが目につく。駅前を発車して青梅街道に入ると、3年前の夏にも立ち寄った川際の神社(奥氷川神社)がお祭りのようで、沿道に露店が並んでいる。先日新大久保で味わったチーズハットグ(韓国風チーズドック)とかタピオカとか、祭りの露店というのはなかなかトレンドに敏感なのだ。
 やがて車窓の左手に奥多摩湖が見えてきた。
 “社会科”的な呼び名としては小河内ダムがポピュラーなこの“東京都の水がめ”が完成したのは昭和32年、湖底に多くの集落が沈んだ話は有名だ。湖畔の道づたいに、熱海(あたみ)、湯場(ゆば)、女の湯(めのゆ)…なんてバス停が続くが、これらは湖底に存在した集落の名で、実際温泉が湧いていた地域らしい。
 小河内神社のバス停で若い女性グループやカップルがどっと降りていったが、この神社には湖底に沈んだ集落の9社11の祭神がまとめて祀られているらしく、近頃パワースポットとして人気があると聞く。
 留浦(とずら)という、これまた珍名のバス停を過ぎると山梨県に入る。左手にずっと見えてきた奥多摩湖の水辺もかなり狭まってきて、もう“川”と呼んだ方がいいだろう。脇に連れそう道(青海街道)も上り勾配がきつくなって、山道めいてきた。
 珍名バス停が多い奥多摩湖周辺、山梨県内入って数キロのあたりにも“お祭”(おまつり)というのがある。雲取山登山ルートの入り口にあたるところで、登山姿のグループが降車していったが、丹波山村は獅子舞の祭礼が盛んな地域というから、そういう民俗伝承系のネタモトでもあるのかもしれない。
 丹波山村の役場がある丹波役場前、中宿、と通過して終点の丹波に到着。奥多摩駅前からほぼ1時間だ。この青梅街道をさらに西進すれば、中央本線の塩山あたりに出るようだが、現在の公共交通のルートはこの奥多摩からのバスしかないようだ。
 丹波の停留所はバス1台が収まる古びた三角屋根の車庫があり、すぐ脇に井戸水が勢いよく噴き出す手洗い場が置かれ、いかにも山間集落のバス駅風情が漂っている。向かい側に見える寺の先は川際の崖地で、川を挟んだ南東方の山上に小さな城が見える。はて? こんな村に城などあったのか…。
  • 深聞1

    お盆期間中の取材日ということもあり、駅回りは登山客や行楽客で賑わっています。

  • 深聞2

    バスに乗って、いざ出発!! 目的地は県境を超えて、山梨県北都留郡にある“丹波山村”。

  • 深聞3

    終点の丹波停留所を降りると、井戸水が目の前に。暑い日だったので、冷たい水に癒されます。

大自然の中にある丹波山村の景観を眺め、
川原に面する食堂にて昼食。
 崖下に架けられたつり橋を渡って、川の向こう岸に行ってみよう。この橋のフェンスに「多摩川(丹波川)」と表示されていたが、多摩川上流域にあたる丹波川は、その語感からも察せられるとおり、多摩の語源という一説がある。もっとも、多摩(たま)がすでに存在していたところに、それが訛って丹波(たば)の地名ができあがった、とも考えられるようで、正確にどちらが先なのか、よくわからないが、音の出所は同じと思われる。もしや、この辺で風邪がハヤって、村人の鼻がつまってタバとなったのかもしれない。
 つり橋を渡った先はキャンプ場で、子供たちが川遊びをしている。その一角の食堂(やまびこ食堂)で昼食をとることにした。
 <丹波川鮎 食べたことありますか?>なんて張り紙が出ていて、売店で鮎の絵柄のTシャツまで売っているので、てっきり鮎料理を出すのか…と思ったら、村の名物に謳っているものの、メニューにはないという。冷たいとろろそば、さしみこんにゃく、わかさぎ天ぷら…などを頼んだが、どれもおいしい。しかし、おかみさんに尋ねた“わかさぎの産地”はぼかされたから、地場のものではないのだろう。
 昼めしを食べているとき、オニヤンマと思しき大きなトンボが店内に紛れ込んできた。雷も鳴っていたから、雨を察知したのかもしれない。これから、村自慢の“ローラーすべり台”というのにトライするつもりなのだが、大丈夫だろうか…。
 一応今回は携帯式の補虫網(昨夏の石神井公園の回で使用)を持参してきたので、サオをネットにセットして昆虫を探しながら歩いた。途中、グリーンロードと名づけられた山斜面の道に入ったが、雨がぽつりぽつりと降り出してセミの声も聞こえてこない。ローラーすべり台の入り口に到着する頃は雨足も強くなってきた。
  • 深聞4

    多摩川(丹波川)の吊り橋を渡って、丹波山村へ向かいます。緑豊かな自然を満喫できます。

  • 深聞5

    売店で販売されていた“丹波川鮎 Tシャツ”。この村の丹波川で育つ鮎は美味しいと評判です。

  • 深聞6

    「やまびこ食堂」の冷たいとろろそば。キャンプ客や川遊びしているファミリーの方で賑わっていました。

丹波山村の目玉としても知られている
“日本一のローラーすべり台”を体験!!
 「日本一のローラーすべり台」と謳い文句が掲げられたこの装置、山の斜面を利用して、長さ・247メートル・高低差・42メートルをすべり降りる。ローラー状の路面をビニールボードに座って滑走していく簡素なしくみなので、雨でローラーが水びたしになるとスリップ事故を危惧して休止になってしまう。
 「オープンして29年、ほら、DAIGOのおじいちゃんの“ふるさと再生事業”ってのがあったでしょ。あのオカネで作ったんですよ」
 冗談好きそうな係員の男から、唐突に“DAIGOのおじいちゃん”といわれて、一瞬ダレ?と思ったが、そう竹下総理の話である。あのバブル期に支給された約1億6千万円の資金で整備されたものらしい。
 「村のシンボルにしようってことで、上の乗り場の所に“お城”を建てた。まぁ、がらんどうのハリボテみたいな作りだけどね」
 そう、遠方から見えていた気になる城はコレだったのだ。
 スマホの気象サイトで強雨の雲が切れる時間をチェックして、石段を上って、“ローラーすべり台”の出発地点に行った。城が置かれたここは、丹波山村を見晴らかす展望スポットでもあるのだが、すぐに次の雨雲がやってきそうなのでのんびりしてはいられない。
 先頭のなかむら画伯に続いて、スキージャンプ選手になったような心地でボードにヒザを曲げて座り、軍手をはめた手で両脇の安全棒に時折ふれながら下へとすべっていく。横幅のない単線トロッコ軌道のようなルートは、けっこうな急カーブがあったり、身が浮きそうな急勾配のポイントがあったり、こりゃ予想以上にスリリングでおもしろい。どうにか無事にゴールしたけれど、どこかでヘタに身をねじったのか、翌日右の腰上あたりがイタかった。
  • 深聞10

    バスの車窓から見ていた村のシンボル“お城”はローラーすべり台の出発地点にありました。

  • 深聞11

    ここに到着してから降り出した雨。これからローラーすべり台をする予定でしたが、雨がやむまで、一時待機します。

  • 深聞12

    長さもスピードもある「日本一のローラーすべり台」。大人から子供まで楽しめるスポットです。

多摩川源流の名湯とされている
「のめこい湯」にて、休息。
 坂を下って、丹波川際を少し下流に行ったあたりに「のめこい湯」という温泉施設がある。露天風呂やサウナ、水風呂…複数の浴槽が設けられた温泉リゾート的なスポット、「のめこい」ってのは、“ツルツル、スベスベ”感を形容する方言というが、湯質は単純硫黄泉で、仄かにキナくさい本格温泉の香りがする。地理的にみて、奥多摩湖底の集落に湧出していた温泉の質もこんな感じだったのだろう。
 丹波の「のめこい湯」を浴びて外へ出る頃、にわか雨も上がって晴れ間が見えてきた。丹波のバス終点の方に向かって歩いていくと、中宿のバス停の周辺は1本裏の路地にかけて、“旅館”や“民宿”の看板を出した家がぽつぽつと見受けられる。
 釣り客を相手にしたような宿なのだろうが、中宿の地名からして昔の青梅街道の宿場として、古くから商人宿なんかをやっていた家もあるのかもしれない。
 そんな、どことなく懐かしい田舎町の路地のような一角で、ひらひらと飛んできた黒いアゲハチョウをネットに収めた。一瞬、山間に多い、光沢の美しいカラスアゲハか…と期待したが、残念ながら都会でもよく見るクロアゲハだった。
  • 深聞10

    ローラーすべり台を終え、次は「のめこい湯」という温泉へ。ローマ風呂や露店風呂など楽しめる施設です。丹波山村を散策した後はこちらで。

  • 深聞11

    温泉ですっきりした後は、丹波のバス停留所へ向かい、中宿の周辺を散策します。

  • 深聞12

    クロアゲハを一発で捕獲!! その後、丹波停留所から奥多摩駅へ向かい帰路。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん酒場』(亜紀書房)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。『クレア』『翼の王国』『ビックコミックオリジナル』でも連載を持つ。泉麻人さんとは『東京ふつうの喫茶店』(平凡社)などでダッグを組んだ。

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