東京新聞ほっとWeb > 泉麻人の東京深聞 > 川崎、京浜工業地帯の新旧風景
  • 2020年(令和2年)1月15日(水曜日)
 バスに乗って山へ行ったり、下町を巡ったり、美術館や動物園を訪れたこともあったけれど、今回は工場街の景色を眺めに行こうと思う。
 川崎駅の東口16番乗り場から出る「浮島バスターミナル」<川03>行というのに乗車した。白地に赤と青の帯を入れたボディーカラーの<臨港バス>というのはこの連載でも初めて乗る路線バスだ。取材で乗るのは初めてだけれど、川崎市街を走るこの臨港バス、録画して何度も観た「仲間たち」という映画(昭和39年・日活)に登場する。舟木一夫のヒット曲をもとにした、前のオリンピックの頃の映画だが、ヒロインの松原智恵子が臨港バスの車掌さん役をやっているのだ。
 バスはその映画の浜田光夫と松原智恵子のデートシーンにも出てくる銀柳街の横を通り過ぎ、川崎競輪場を右に見て、塩浜の交差点から産業道路に入っていく。首都高大師インターの交差点を右折して浮島通りを進んでいくと、やがてあたりは工業地帯の雰囲気になってくる。近代的な工場も見えるが、昭和の京浜工業地帯らしい錆びたタンクやクレーンなどもぽつぽつと残っている。そんな工場街の道端にいつしか貨物線の線路が並走するようになってきた。正確にいうと、JRの神奈川臨海鉄道の軌道である。
 終点のちょっと手前、浮島町十番地というハードボイルド気分の停留所で降車して、来た道を引き返すように歩きはじめた。浮島の地名は、アクアラインを使って木更津の方へ行くときの首都高ジャンクションの名として認識している人が多いのだろうが、京浜工業地帯を広げるために昭和30年代の高度成長期に埋立てられた人工島のエリアだ。
 道の上には首都高の2層仕立ての高架線が続き、周囲は石油タンクや倉庫や何やらよくわからない金属の管や塔…という、言ってみれば殺風景な場所だが、そういうところを寒風吹きすさぶ季節に黙々と歩くのもわるくない。
 傍らの貨物線が二又に分岐する地点に<浮島町駅>という表示板が立っている。もう少し川崎市街寄りに<末広町駅>というのもあるが、これらはいわゆる貨物駅なのだ。今回は、昼の1時過ぎに川崎駅を出発したので、時刻は2時半近く。予めネットで調べてきたこの臨海鉄道の時刻表によると、2時30分近くと50分近くに浮島町駅を貨物列車が出入りするようだ。おそらく、塩浜の大きな貨物駅の方からやってきて、分岐線の奥の工場で荷を積み下ろして、また戻っていくのだろう…ルートを想像しながら分岐点のあたりでしばらく待機していたが、すぐ向こうの踏切警報器も鳴らず、貨物列車は一向に来る気配がない。僕がネットで見つけた時刻表が古いものだったのか、あるいは貨物線の運行タイムテーブルというのは、工場の操業状況に合わせて日々変更になるのかもしれない。
 貨物列車込みの工場の写真は撮れなかったが、貨物線の分岐線に沿うように延びていく道の先にもバスの終点(JXTGエネルギー浮島前)があって、そちらから工場街を背にしてやってくる京浜工業地帯らしいナイスなバスのショットを撮影することができた。
  • 深聞1

    川崎駅から浮島町十番地へ向かい、浮島町あたりの工場地帯が見えてきました。川崎工場地帯の夜景スポットとしても人気のエリアです。

  • 深聞2

    工場を背景に、京浜工業地帯に囲まれたバスと一緒に撮影しました。

  • 深聞3

    浮島橋交番前まで歩いていると、このあたりの工場で働いる人たちとよくすれ違いました。

殿町国際戦略拠点と言われる『キングスカイフロント』の今。
 浮島町五番地の停留所を通り過ぎて、浮島橋交番前からバスに乗って工場街を後にした。来るときにも通った、キングスカイフロント入口の停留所で降車、黒塗りのカフェ(ネイルサロンの表示もある)が建つ道の角を曲がると、その向こうにも“Casa BRUTUS”なんかに出てきそうなスタイリッシュな建築物が並んでいる。この一帯、ほんの10年かそこら前の地図を見ると、いすゞ自動車の大きな工場が広がっているが、再開発されて「キングスカイフロント」という職住融合型のニュータウンに生まれ変わったのだ。
 浮島通りから入ってきた道の正面に、シンボリックに建っているのが東急REIホテル。<The WAREHOUSE>と外壁に大きく掲げられているが、これはホテルのニックネームのようなもので、ひと頃まで川崎駅前に建っていた大型ゲームセンター(電脳九龍城と呼ばれた)とは関係がない(※)。
 灰茶色の外壁と淡いピンクやブルーのカーテンで配色された窓とのコントラストがシャレている。重厚な木の扉を開けて(もちろん自動だが)入ったロビーの装飾も凝っている。天井はパイプや金具が剥き出しになったポストモダン調で、アンティークの調度品が所々に見受けられる。時期によって入れ替えられるのだろうが、この日はカフェの傍らのちょっとしたスペースにカナダの旗を付けたキャンプテントとハンモックが置かれて、アウトドアなムードが演出されていた。
※編注:電脳九龍城ウェアハウス川崎店は2019年11月17日に閉店しました。
 このすぐ裏側は多摩川の河川敷で、エスカレータで昇った5階(最上階)のレストラン前からの眺望がいい。浮島の工場街を歩いていたときから、時折低空を飛ぶ旅客機が垣間見えたが、川の向こう岸が羽田空港なのだ。右方に旅客機が停まる滑走路、左方に漁師町の面影が残る羽田の元町、ちょうど正面のあたりに弁天橋の脇の赤鳥居がぽつんと見える。うーん、このホテル、羽田のエアポート景色を眺めるには格好のポイントといえる。
 そうか、おもえば昔の羽田東急ホテルはこの対岸に建っていたわけだから、ここに新しい東急系のホテルが建設されたのも、そういう土地の縁が関係しているのかもしれない。
 ロビーの裏側の戸を開けると、そのまま庭のような気分で多摩川の堤に出ることができる。この辺、いかにもリゾートホテルの感覚だ。堤を少し歩いて、新興住宅の横の公園を通り抜けて、次に乗るバスの殿町の停留所までやってきた。そう、キングスカイフロントのネーミング、スカイは羽田にちなんだ“空”と聞いたが、頭のキングは地名の“殿”(との)にあやかったらしい。
 殿町から乗った臨港バスも川崎駅前行だが、この<川02>という系統は、来るときに乗った<川03>とは微妙に違ったコースを走る。産業道路の日ノ出町の先から片道1車線の横道に入っていって、川崎大師の裏方から川03バスが通った広い道(富士見通り)に合流する。もう外は暗くなってきて、車窓の景色はよく見えなかったが、こういう裏道を行くバスの方がやはりおもしろい。
  • 深聞4

    殿町国際戦略拠点キングスカイフロントの一帯に、建てられた“川崎キングスカイフロント東急REIホテル”。

  • 深聞5

    ホテルからは、羽田のエアポートが眺められ、夜景も楽しめるスポット。2020年内には川崎と羽田空港を結ぶ羽田連絡道路もできる予定です。

  • 深聞6

    ホテル内には、テントやハンモックが展示されていて、遊び心が満載です。コワーキングスペースが設けられており、ビジネスとしても利用することも可能です。

川崎コリアタウン『セメント通り』近くで、老舗の焼肉を堪能。
 藤崎一丁目で降りて、また別の系統の川崎駅前行<川23>に乗りかえた。桜本を過ぎて、次の四ツ角というバス停で降車。町の名を付ければ大島四ツ角となるのだが、バス停の名称はただ“四ツ角”ってのがなんだか潔い。つまり、四ツ角といえばココ、というほどに古くからその呼び名が定着していたポイントなのだろう。
 この四ツ角の交差点(もとは手前の旧道との交差点が“四ツ角”だったのかもしれない)から、バス停の1つ前の桜本にかけての裏筋に韓国食材の店や料理屋が密集するコリアタウンが広がっている。ディープな食材を並べた商店で“メンタイムンチ”と品札を付けたキムチ色の食品が目にとまって買ったが、このメンタイはメンタイコではなく、卵の大もとのタラを意味するもので、これは干しダラをトウバンジャンで和えた、キムチのタラヴァージョンなのだった。
 さて、今回はちょっと早い夕食をコリアタウンの焼き肉店で味わって、バス旅の締めにしようと行程を組んできた。予約した「桜苑」という店は、産業道路の側へ続く通称・セメント通りの入り口近くにあるこの界隈の老舗。ちなみに、焼肉好きの間では有名な“セメント通り”の名は、かつて産業道路の海側に存在した浅野セメントの大工場に由来する。いまも別称のセメント工場が残ってはいるけれど、桜本の界隈は大正の震災前から始まった浅野セメントの門前町として栄えたところなのである。
 そう、川崎の隣り町、鶴見にも“ゴム通り”の符丁で呼ばれる焼肉の名店街がある。こちらの名のもとは横浜ゴムの工場というが、やはりこのあたり、京浜工業地帯が町の歴史と密接に結びついているのだ。
  • 深聞7

    四ツ角のバス停留所を降りて、向かう先はコリアタウンを散策します。

  • 深聞89

    韓国食材のお店に立ち寄ったバリエーション豊富な“キムチ”を購入。

  • 深聞09

    川崎の老舗焼肉店として有名な「焼肉桜苑」。創業51年になり、様々な韓国料理も楽しめます。

イラスト2
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PROFILE
  • 泉プロフィール
  • 泉麻人(コラムニスト)

    1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。
    近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)など。

  • なかむらるみプロフィール
  • なかむらるみ(イラストレーター)

    1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。
    著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日』(文藝春秋)がある。
    https://tsumamu.tumblr.com/

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