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  • 永井真理子 × 不動前

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不動前が私のホームタウン
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今月の水先案内人木根尚登
今月の街先案内人
今回のゲストはミュージシャンの永井真理子さん。約10年もの充電期間を経て、再びアーティストとしての活動を再開された永井さんに、デビュー当時から7年間過ごされていたという不動前で、お話を伺いました。
本当はバンドでデビューをしたかったあの頃。
 80年代後半から90年代にかけて活躍され、人気女性アーティストとして日本のミュージックシーンを牽引してきた永井真理子さん。10年に及ぶ休止期間を経て、2017年のデビュー30周年を機に再びアーティスト活動を再開された永井さんに、独占インタビューを敢行です!

そもそも、この業界を目指したきっかけは
何だったのでしょうか?


 「私には4つ年上の兄がいるんですけど、彼がアコースティックギターをやっていたんです。それで、兄の伴奏で私が歌う、というのが小学生時代の二人の遊びでした。
 元々引っ込み思案な性格である私が、歌っているときは開放感に浸れていたので、その頃からなんとなく“音楽をやりたい”という気持ちは芽生えていたと思いますね。
 とはいえ、中学・高校時代は環境的に音楽に触れる機会が少なかったんです。特に高校は全寮制だったので、音が出るものは全部禁止でしたし(笑)。
 直接的なきっかけとしては、短大で上京して、初めてサークルのバンドに参加したことでしょうね。このバンドでの活動が、プロとしての音楽業界への足がかりとなりましたから。ここでの出会いは、とても大きなものだったと思います。

 とても素敵なバンドだったので、本当はバンドでデビューしたかったんですよ!とはいえ、バンドはメンバーありきですし、当時は大学生でしたから、それぞれの将来への考え方も違います。結果として私はソロでデビューすることになったんです。でも、メンバーだった前田克樹さんには、その後も曲を書いてもらったりと、関係が切れたわけでもないんですよね。」
  • 永井真理子

    インタビュー中でも笑いの絶えない受け答えに、アーティスト“永井真理子”のイメージが蘇ります。

  • 永井真理子

    明るく活発なイメージであった永井さんですが、本人曰く「実は人見知りで、引っ込み思案な性格なんです…」。

目まぐるしい毎日のなか、
自分のやりたいことを見失ったあの頃。

これまでキャリアを重ねてきたなかで、
ターニングポイントはありましたか?


 「キャリアのなかといっても、人生のそれぞれの過程でありますね。
最初のターニングポイントは、ずばり23歳のとき。ファンの方ならビビッとくるかもしれませんね、このフレーズ(笑)。私はデビューしてから早い段階でヒット曲を得ることができたんですけど、2〜3年の間はとにかく走り抜けたという感じです。
 あまりの過密スケジュールに、自分がドコにいるのか? 次に何をするのかもわからないくらい忙しかった。そんな目まぐるしい毎日のなかで、本当に自分がやりたいことが描けているのか?という葛藤が始まります。自分の思いと、流される現実とのギャップに苦しんだ時期でした。そのときの気持ちを込めた曲が、まさに『23才』なんです。歌詞にある『23才の忙しい日々、何かが足りないんだね。』とは、まさに実体験から生まれたものです。
 次のターニングポイントは、やっぱり26歳ごろかな? この頃に体制を一新して、セルフプロデュースへと舵を切り出しました。
 そして29歳での出産、36歳での移住。家族との時間を重視するようになったことで、活動のスピードは極端に鈍化して、気づけば10年間も休止していたわけです。
 そして直近でいえば、30周年を機に活動を再開したことでしょうか?
 10年間止まっていたものを再び動かすには、とてつもないパワーが必要ですけど、音楽仲間やファンの方の後押しがあって、再開することができました。
 音楽って、やっぱり自分のバックボーンから表現するものなので、環境の変化や人としての成長度合いによって、表現することが変わってきます。ですから、今の“永井真理子”を聴いていただけたら嬉しいです。」

今後の展望や目標のようなものがあったら、
教えていただけますか?


 「特にゴールというものは考えていなくて、“今”自分がやりたいことが全てなんです。自分が感じていることを、嘘をつかずに描くこと。それだけを考えています。そもそもやりたいことって、毎年変わってしまいますよね? だからその都度、音楽で表現していけたらいいなぁと思います。
 一昨年、活動を再開する際に、大きなレコード会社や事務所に所属するのはやめようと決めました。これからは自分がやりたいことを、自分と仲間たちだけで手がけていこうかな?と。残りの人生は、自分のやりたいことだけで埋め尽くせたら最高だと思いませんか?」
  • 永井真理子

    ミュージシャンとしての出発地点であるという、不動前の駅前にてパチリ。まさに思い出の街です。

  • 永井真理子

    活動を再開されるにあたって、なるべく制限のない活動をするため、セルフプロデュースの道を選んだ永井さん。

PROFILE
  • 木根尚登プロフィール
  • 永井真理子(ながい まりこ)


    1966年12月4日生まれ。静岡県出身。
    1987年7月、1stシングル「OH!ムーンライト」でデビュー。
    デビュー後の1980年代後半から1990年代前半にかけ、ボーイッシュな雰囲気で人気を得て、「ミラクル・ガール」(1989年)、「ZUTTO」(1990年)など多くのヒット曲を生んだ。
    10年の活動休止を挟み、2017年のデビュー30周年を機にアーティスト活動を再開。
    現在はセルフプロデュースの体制で、新曲の制作やライブ活動など意欲的に展開している。

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